襲撃したアイノコ狩りはたったの3人。俺たちは相手に傷ひとつつけることなく早急に奴らを捕獲、拘束した。
笹川も俺たちの迅速な反応を、これはすぐに決着がつく、と見極めるや否や、すぐに警察に連絡を取ったようで、夜が明ける前にアイノコ狩りは連行されていった。
全員、本気で殺しにかかってくる者を相手にするのは初めてだった。俺や理一、祐はともかく、まだ若すぎる壱火が突然の実戦で腰が引けないか心配だったが、やはりそれなりの人生を送ってきているだけのことはある。彼は非常に肝が据わっており、いつもどおりの健闘を見せてくれた。
開け放しておいたドアを蹴破るように入ってきたアイノコ狩りの声と目は、まさに狂人そのもので、そのとき非常に気分が悪く息が切れて今にも倒れそうだった俺には心底恐ろしく見えた。いや、そんな状態でなくとも、誰にでも恐ろしく見えたかもしれない。彼らを見た感想については、誰にも尋ねていないので分からないが。
アイノコ狩りは血走った目で、なんだかわけの分からない、カルト宗教じみた文言を叫びながら刀を振り回していた。確かにアイノコの剣術を習得しているようだったが、やはりアイノコと人間では力量の点だけでもはるかにアイノコが上回っている。アイノコにしては体格のいい俺さえ貧相に見えるほど、がっしりした男3人だったが、剣術の段持ち4人にいっせいに攻め立てられて手も足も出ないという様子だった。
後ろ手に縛られてリビングの真ん中の木の柱にくくりつけられてもなお、彼らは何かわめいていた。それはすぐパトカーのサイレンにかき消されたのだが、聞いていて不快極まりないものだった。途中で理一がキレて、アイノコ狩りのひとりの腹を思い切り蹴り、
「今後の人生、全てかけて償え」
と凄んだ。両親を無残に殺したアイノコ狩りだ。もしかしたら俺たちのうち誰かの親を殺した人間が、この3人の中に混ざっているかもしれない。理一は今まで何度も俺たちに「復讐するな」と繰り返してきたが、実際目の前に奴らを見ると、誰一人として憤怒を沸きあがらせずにはいられなかった。だからこの一蹴り、この一言に助けられた。理一が全員を代表してそうしてくれなかったら、俺たちの中で沸騰しかけていた憎悪が収まらず、復讐していたかもしれない。
理一の声が一番恐ろしかった。アイノコ狩りの常軌を逸した振る舞いより、何より。低く地を這うようなその声に、場にいた全員が凍りついた。
アイノコ狩りが連行されていったあと、刑事らしき年配の男が、俺たちに向けて、
「お手柄だったな。また頼むよ。くれぐれも殺さないようにな……俺の世話になりたくないだろ」
と、笑った。
「ええ、任せてください」
理一は答えて彼に頭を下げた。警察の関係者も皆、俺たちをなんとなく怖がっている様子だったが、それとは別に、何か手ごたえのようなものも感じていた。
刑事が部屋から出て行くと、外からアイノコ狩りたちのわめく声がうっすら聞こえる以外は、まったく静かになった。
俺は放心で床に座り込んでいた。襲来前からのあの思想がまだ胸に巣食って、煩わしい。祐と壱火は並んでソファに座っていた。ふたりとも全身の力が抜けているようで、しばらくしたら壱火は祐の肩によりかかって寝ていた。
理一は刑事が去ったぐらいでリビングから姿を消していた。屋根裏の笹川に貸している客間に非難させていた涼子のところに行ったのだと思う。笹川は襲撃中もじっと部屋の隅に立っていたが、全て終わったあとも、黙って窓辺に立って、外の青い景色を眺めていた。
急に乱暴にドアが開いた。
「涼子をここに住まわせ続けるのは考えものだな。誰かに預かってもらおうか……サダ、大丈夫か?」
理一が喋りながら入ってきた。俺に声をかけるのも無理はない。俺はそのとき床にうずくまって、というより、腕を投げ出した土下座のような体勢で潰れていた。
「大丈夫」
「さっきから貞清くん具合悪そうだったけどね?」
と、祐。
「壱火くん、明日はお休みですか」
理一が尋ねると、祐は熟睡している壱火を背におぶりながら答えた。
「うん、そうじゃなきゃ連れてこないよ。じゃあ俺、帰るね。ふたりともお疲れ」
「お疲れ様でした」
理一はふたりを玄関まで送って行ってから、俺のところに戻ってきた。
「……涼子は?」
俺はやっと身体を起こしながら聞いた。
「寝かせた。怖くてずっと泣いてたって。そりゃそうだよな……俺の顔見たら、よかった、お兄ちゃん生きてた、って言ってまた泣いてたよ。今日は全員無傷だからいいけど、そうもいかなくなってきたら……これ以上涼子を心配させたくないからな。やっぱりどこかに預けたほうがいいだろう」
「誰に預ける? 涼子を預かった人がまた狙われて、殺されたら?」
「……何言ってるんだ、サダ」
確かそう言った。でも、自分が何を口走っているのか、そのときは感覚がおぼろげだった。顔をあげて目をこすると、理一が目の前にしゃがんでいた。
「お前、疲れてるんだよ」
「そうだな。少し休むよ」
「夕方から様子が変だ。俺と壱火の取り組み見てるときから」
「ああ、ちょっとぼんやりしてきちゃって。でも大丈夫だよ、寝れば治る」
俺はそう言って立ち上がった。そして、すぐに部屋を出ようと踵を返した。
「これがまた、何回続くかって考えると、ゾッとするな」
背中に、理一の声が響いた。
「俺たちの未来の為だろ。じきに慣れるし、お前ならきっと功績をあげられる。もう一踏ん張りだ」
適当に励ましておいたが、確かに理一の言うとおりだった。俺も、こんなに苦しいものだとは思ってもみなかった。
身体能力的には、俺たちが奴らを生身で捕獲することなど容易い。しかし、これはアイノコ狩りとの戦いではない。
自分自身の心に根を張った、憎悪と復讐願望との戦いだと、俺はその日初めて痛感した。


「坂上くん、あなたこそ酷い顔してる」
貞清がリビングを去ったあと、環は理一にそう声をかけた。
「俺の顔が酷いのは元からですよ」
「あら、笑えない皮肉」
「……どっちの意味で?」
理一がそう返したので、ふたりは目を合わせてクスッと一瞬笑いあった。
「この酷い赤痣は、どうにもダメらしくてね。皆目を伏せるんです、俺が冗談を言っても、誰も笑ってくれないんですよ」
「それは大変ね」
「どうぞ座ってください。……俺もサダみたいに明るくて面白ければなあ」
ふたりはダイニングテーブルに腰を下ろした。理一が電気のヒモを引っ張ると、薄暗い深夜のリビングにオレンジ色の暖かい灯りが燈った。
「誠実で影を帯びた坂上くんも素敵」
環の微笑みに、理一はうっと言葉に詰まって困惑の表情を浮かべた。
「私、あなたに会いたくてここへ」
その反応に、環は更に笑みを濃くする。理一は戸惑った。皆の前ではあれほど、自分が公的な立場であることを繰り返していた彼女が、手のひらを返したように私情を持ち込んできたからだ。
「え?」
「ホントだよ?」
彼女はテーブルに身を乗り出すようにして言った。
「源会長に連れ添って検定会場に行くときだけ、あなたに会えた。最初にあなたを見つけたのは会長だけれど、私は彼女に教えてもらってからあなたのことずっと目で追うようになったの。それが、この仕事であなたにこんなに近づけるなんて、そりゃ、彼氏と別れるのも当たり前だよね。殴られたけど」
「やっぱりその頬の絆創膏は前の彼氏に? そうだと思ったんです、いや、そんな男とは別れて正解だ」
理一は話題をそらそうと早口に言った。
「俺がその人と笹川さんを引き離す要因になれたというのは、間接的にでもお役に立てたような気がしてしまいますね。笹川さん、聞いてますか」
目の前にいながらうわの空だった環は、そう言われて急にしゅんとうなだれた。
「本当にそんな風にしか思っていないの?」
「困りますって、あなたは素敵な人だけれど、状況が状況なんだ。ここで俺が甘い決断をしてしまえば、あなたを苦しめることになる。俺がやっているのは革命です。あなたとはいえ、はっきり言わせてもらいますよ。生半可な覚悟ではないんです、見くびらないでいただきたい。正直言って、俺はいつ死ぬとも限らない、捨て身なんです。あなたに要らぬ傷を負わせたくないんです、分かってください」
理一は必死に言った。
彼はもちろんこの容姿にこの性格、この頭脳で、アイノコの女たちにもモテないはずがなかったが、半年前に自らの世界がひっくり返ってそれ以降、こんな風に女性から言われたのは初めてだった。純粋に気持ちは嬉しかったし、彼の目にも環は非常に魅力的に映っていたから、本当に状況が違えば二つ返事で彼女の気持ちを受け入れていたかもしれない。
加えて、まだ活動は始動したばかりで、今のところ順調であったというのも、彼が彼女を断った理由のひとつでもあった。要するに切羽詰っていないので、彼にも理性で丁重にお断りする余裕があったというわけだ。
「分かりました」
環は立ち上がりながら答えた。
この余裕の返答は、いつか彼が断りきれなくなる未来を見越してのものだったに違いはない。
「ごめんなさい、急に変な話を。でも、私言いたいことは全部言ったので、」
彼女はドアに向かって歩き出しながら続ける。
「どうか忘れないで。いつまでも待ってるから」
そう言い残して彼女はリビングから去った。理一は座ったまましばらく唖然としていたが、少し経ってから冷蔵庫へ向かい、缶ビールをひとつ取り出して、飲みながらソファへ移動してテレビをつけた。
まだ夜は明けない。

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