「あなたたちの結成を確認したときから、何かただならぬことをしでかしてくれる予感はしてたんだけどね。単純に、ホームページで段持ちのアイノコを募集してたからっていうのもあるけど、それだけじゃなくてね。私、あなたを知ってるわ、泉貞清くん」
俺は急に名前を呼ばれて、驚いて「えっ」などと素の反応をしてしまってから、
「どうしてですか?」
と尋ねた。
「あなたほど才能にも体格にもめぐまれた剣士を私が見逃すはずないわ。アイノコの剣術検定の主催は日本アイノコ協会よ? 初段以降の検定はほとんど見てるわ。あなたはセンスもいいし、手足が長くて有利だし、それに振り回されないだけの筋力もあるし、とても剣術に向いているわね。でもそれだけじゃなく、あなたが本気で剣術を愛しているのは戦いぶりを見ていて手に取るように分かった。それによってあなたは強い。私、ずっとあなたに目をつけていたのよ、この子は天才だ! って。私はもちろん坂上くんのことも知ってるわ、あなたはどちらかというと、見た目と戦い方がものすごく綺麗だったから印象に残ってるってかんじだけど、その坂上くんがよく知る泉くんを引き込んでこの団体を設立させたのには、それなりに武力を必要とする何かがあったからなのかなって思ったのよ」
「全くその通りです。というか、彼は俺の義理の弟なんです。彼の存在があったからこそ、この被害者の会発足に乗り出したといったほうが正しいです」
「そうなの。ふたりがいつも一緒に会場に来てたのは目にしてたけど、そういうことだったのね。そうやって出来るだけ強い人材をそろえて、自分たちを守ることを第一に考えたのはとってもいい考え方だと思うわ。死にたくも、殺したくもないわよね、そりゃそうだけど」
理一は黙って頷いた。
俺はただただ、話の分かる人で安心していた。しかも俺たちを知っている。それが分かって、俺は勝手にもう何もかも上手くいったような気分になっていた。
「でもここは日本だからね。銃刀法ってものがあるわ、残念ながら」
「そこをなんとか、会長のお力で」
「ええ、警察がもっとどうにかしてくれればいいんだけど、ダメだから、あれは。だからどうにかしてみるわ。っていうのも、あなたたちは十分分かっていると思うけれど、私の両親が改革をした頃……だからちょうど今から半世紀ぐらい昔ね。あの頃はまだまだ亡霊戦争における功績でアイノコの社会的地位が確立されてたし、人種差別もなくなってきた頃だったからもう少し大切にされていたの。アイノコ社会というもの自体が、国にしっかり守られていたの。でも最近の日本ときたら、あの改革を否定するかのように、増えすぎたアイノコをまるでゴキブリみたいに扱い始めたわね。確かにあの改革がまったく正しかったとは言い切れないわ。私も若い頃はバリバリのアイノコ至上主義派だったから猛烈に批判してた時期もあるぐらいだし。それにしたって、人間と同じ生活を営もうとする、一般の学校や会社に行っている人にも近頃は風当たりが強いでしょ。私が学生の頃も確かにいじめられたこともあったけど、こっちが頑張ればどうにかなるものだったわ、でも今はこちらが歩み寄ったところで、まるでダメじゃない……って、ごめんなさいね、年寄りが昔話ばっかりくどくどと聞かせちゃって」
「いえ、俺たちも昔のほうがよかったんだろうと思っています」
「それよりももっと昔……アイノコが山奥で隠れて生活してたような時代もひどかったみたいだけど、そのほうが今よりマシなぐらいよ。今は本当にひどい……命が命であるという相応の扱いなんでもはやどこにもない。アイノコはどうしてもそこに存在していて、共存していかなくてはいけないはずなのに、人間たちはそれを認めようという気が全くなくなってしまった。アイノコ狩りはその良い例よ。ゴキブリがそこにいるのが許せないから殺す、それと同じ気持ちで、アイノコを殺しているに違いないわ。そうでない普通の人間たちも、アイノコの存在と向き合う気なんてさらさらないの。アイノコなんて存在しないんだみたいな顔で生きてる。私がこんなに政治にも訴えかけているのよ? それすらも最近無視されてるわ。以前のような圧力は今かけられてない。政府も警察も同じよ。アイノコがどこで何人殺されてようが、知ったこっちゃないって思っているの」
源が言葉を切ると、重い沈黙が流れた。
「……許せない」
理一の低い声が、その静寂を裂いた。俺はその声に心底ぞっとした。顔は髪の毛でよく見えなかったが、その声が、聞いたこともないようなトーンだったからだ。国がそんなふうに俺たちをないがしろにしていることぐらい、前から分かっていたし、今源が聞かせてくれたような話も、何度も俺たちでしてきたはずだった。しかし、改めて、この激動の時代を生きてきた源の口から、生の言葉を聞いて、まざまざとそのやるせなさがここに現われてきたのだろう。今までより、鮮明に。
「そうよね、私も許せない。アイノコのトップに立っていながら、何もできなかった無力な私を恨むなら恨んで頂戴。でも報道されていないだけで結構頑張ったのよ、変わったのは私じゃなくて人間たちのほう。最初はちゃんと私の言葉に耳を傾けてくれていた人たちも、どんどん離れていったの……もう私にはどうすることもできないかもしれない。だからあなたたちの可能性を信じるわ」
彼女は、そう言って理一に手を差し出した。現時点でこれだけ評判を落としている彼女が、ついに武力保持集団頼みになるなど、かなり捨て身の判断と言える。しかし彼女はそれを簡単に承諾してみせた。いや、前々からそのつもりでいたのだろう。しかしこれは誠意だ。世間がどう批判しようと、俺はそれを誠意だと感じ、とても感激した。この人が日本のアイノコのトップなのだから、こんな暗黒時代でも救いはあるはずだ。
「私にできるだけのことは絶対にする。武装許可の申請、政府に話をつけてきます。国営の社員をひとり派遣して、武装したあなたたちの見張りをさせるっていう条件つきでね。かまわないでしょ? 絶対に殺さないと決めているなら」
「……ありがとうございます!」
源が微笑んだのを見て、理一も顔をあげて明るい声でそう返した。
「じゃあ決まり。私たち協力してやっていきましょ、会長さん同士、仲良くね。よろしく、坂上くん」
「よろしくお願いします」
理一と源会長は両手で固い握手を交わした。
交渉成立!
俺はそのときすぐにでも歓声をあげてガッツポーズしたいぐらいの気持ちだった。きっと源の力でこれはどうにかなる。そう確信した。


寝ぼけ眼で夕方の報道番組をぼんやりと見ていた彼の眉が、ぴくりと動いた。
ソファの背もたれに完全に身を預けていた身体すら、思わず前のめりになる。
「デモ行進? そんなことする連中やったっけ?」
「パフォーマンスだよ。アイノコ狩りを挑発してるんでしょ」
彼の後ろから黒髪の女が答えた。日が落ちて、宵闇に生きるアイノコたちのどんよりとした目覚めのときが訪れる。
「はーん……源会長もなんでこんなことし始めたかね。今に評判は地の底に落ちる」
「ココア飲まない?」
「んーおいといて」
「佐山くん。これは読めた展開だよ? だいたいあんたね、関心がなさすぎるの。源会長はずいぶん前からあの集団に目をつけていたし、革命軍いろはの発足前からそういう集団の台頭を期待してた。それなりの覚悟があるのよ、あの人にだって」
女はココアを飲みながら彼の横に座って言った。
「だって興味ないもんは仕方ないじゃんね」
「興味なくったって仕事は仕事でしょ。協会も会社もこれからますます被害者の会に加担することになるんだから、ちょっとぐらい頭に入れておきなさいね。あのね、被害者の会……今はもう革命軍「いろは」が浸透してきてるけど、あれの首謀者兄弟は源会長のお気に入り。検定の会場でもとりわけ目立ってたから私だって顔を知ってるぐらいだよ」
「ああ、この前俺が案内した、」
「そうだった、あなたこの前会ったんじゃないの。会長の坂上って人もなかなかの切れ者っぽいけどね、それより私、あの泉って人のことすごい印象に残ってる」
「待て、どっちがどっちだ」
「髪の長い綺麗な女の子みたいなほうが会長の坂上理一。背が高くて金髪で……目つきの悪い狐顔のほうが弟の泉貞清」
「苗字違うじゃん」
「泉は養子よ。しかも坂上家の殺された両親が、好意で引き取ったってだけのね。泉は小さい頃にアイノコ狩りに両親を殺されてる。坂上の両親が殺されたのはつい半年前ぐらいのことよ。坂上はまだ心神喪失から抜け出しきれてないらしいね。怖いのは泉のほう。あんな強い剣士は初めて見た。何から何まで、もう、本当に、強いのよ。べらぼうに。一言でどう、とか言い表せないけど、とにかく剣術に対する愛とか熱意がすごくて、剣さばきが尋常じゃなかった……3段取りに来たときなんか会場がどよめいたわ。敵に回すよりマシよ」
「詳しいんだな」
「当たり前ですこのくらい」
「そんな真面目なのに左遷されるんだらあ」
「関係ないのよ、そんなことは」
女はため息をつきながら笑った。
「環がおらんとまた俺は世間から置いていかれそうやんね」
「自分で頑張りなさい」
佐山はただ少し肩をすくめただけで答えず、そのあとすぐにソファから立ち上がった。
「まあこの騒ぎが収まるまでの辛抱ってこったな」
「それはそうと、佐山」
「ん?」
環が彼のほうに振り返りながら言った。いつもと変わらぬ、落ち着いた声で。
佐山もダイニングのうえのアイスココアを飲みながら普通に聞き返した。
「これを機にホントに別れない?」
派手な音を立ててグラスが床に落ちて割れた。
そんな彼の動揺っぷりにも、環は表情ひとつ変えない。

('12/08/27)

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