国営霊媒会社は古びた建物で、創設からずっと同じ佇まいを保っているらしい。創設されたのは今から100年ほど前だ。
対して、日本アイノコ協会の本部がこの建物に隣接して立てられたのは、確か5、6年ほど前のことで、まだそちらの外観は真新しく綺麗だった。
俺たちはこのあと、日本アイノコ協会の創設者であり現・会長である人物に面会しにいく。
その人物に関して誰でも知っていることを説明すれば、話は国営霊媒会社発足の立役者、初代社長のリンという人物のことにさかのぼる。
彼女は非常に利発な女性で、しばらくは個人霊媒師として働いていたが、51歳のときに仲間を集めて霊媒師の集団警備型のパトロールを実施した。最初はボランティアだったが、その仕事ぶりが人間にも好評で、やがて国が彼らを援助し、国営の対亡霊警備機関として国営霊媒会社が設立された。その、会社設立前の、ボランティア時代からの初期メンバーが在籍している時代に、亡霊戦争というものが勃発したのだという。
リンには、そんな彼女の熱意ある教育を一身に受けて育った二人の弟子がいた。彼女から数えて二代あとに国営霊媒会社の社長の座を継ぐサキと、のちに彼の妻になるシオンのふたり。彼らは若い頃から革命の思想を持っており、人間とアイノコがどうにかして分かり合い、認め合っていく国の実現を目標としていた。ふたりは実際に亡霊戦争の戦火を経験したことをきっかけに決意を固め、その後改革に乗り出し、見事憲法改正にこぎつけた。今、俺たちアイノコに姓名と戸籍があるのも彼らのおかげだ。
日本アイノコ協会の会長は、この革命夫婦の娘にあたる人物だった。いわば革命家のサラブレットと言える存在だ。
彼女は日本のアイノコの中で初めて、名門大学を卒業して大学院にまで進んだ博学で勤勉な人物で、自らを“亡霊戦争の申し子”と呼び、その悲惨な出来事に奪われた全ての命を背負って戦うと宣言した革命家である。若い頃は国営霊媒会社で働き、社長として数年勤務したあと、独立してこの協会を設立した。
目立って大きなことをしたわけではないが、彼女が政界にさえズケズケと正論で物申したおかげで、今協会は日本政府に多大な圧力をかけている。今までないがしろにされてきたアイノコの問題から、目をそらさせないように彼女は何度も何度も国を動かす重鎮たちに訴えかけてきた。
その勇敢さ、そして彼女の外見的特徴から、彼女は“氷雪の女将軍”の異名をとり、多くのアイノコから支持を受けている。しかし近頃のアイノコ狩りの犯行の過激化に対して、何も解決策を打ち出せずにいる彼女に対して批判の声もあがっており、会社、協会ともども評判がよくないというのが現状である。
「源会長に面会したいのですが」
理一が真面目くさった面持ちで受付に話しかけた。受付嬢もアイノコだった。彼女は、正装なのに何故か完全に怪しい俺たちふたりを怪訝そうな顔で見て、「どういったご用件で」と尋ねた。
「アイノコ狩り被害者の会代表が会長にお目にかかりたいとお伝えください」
彼女はその言葉にぴくりと反応し、「少々お待ちください」と言ってすぐに受話器をとった。やはり存在は知れ渡っている。そして、ただ名ばかりの集団ではないと警戒もされているのだろう。
「……もしもし、源さんはただいまいらっしゃいますでしょうか……はい、はい。面会の方が……ええ、それがその、アイノコ狩り被害者の会の代表の方だと……はい、分かりました。失礼いたします」
受付嬢は受話器を置き、俺たちに営業スマイルで微笑みかけ、
「すぐに案内の者を来させますので、ここでいましばらくお待ちください」
と言った。
「どうもありがとう」
理一は微笑み返した直後、俺に「歓迎されてないな」と耳打ちした。
「当たり前だろ、厄介者に違いないぜ」
受付から少し離れて、ロビーの隅でふたりでこそこそ喋っているうちに、エレベーターがこの階で止まって、中から国営霊媒会社の腕章をつけた男のアイノコが降りてきた。
「源会長にご面会の方ですね。ちょうど今本人に時間があるようなので、すぐご案内いたします。こちらへ」
男はダークレッドに染めた髪の毛を横わけにして前髪を垂らした美青年で、笑顔はいかにも気さくそうに見えた。彼とは後々また会うことになったが、そのときは俺も、おそらく理一も、彼のことなど気にも留めていなかった。
俺たちは3人でエレベーターに乗って最上階まであがった。その間、誰も口を利くことはなかった。男はこの厄介者と最低限関わりたくないと思っているのか、はたまたこの国のアイノコ業界の情勢になど全く興味がないのか、気さくそうな笑みを絶やさないままずっと黙っていた。
エレベーターを降りると、廊下の突き当たりがガラス張りになっていて青い空が綺麗に見えた。男に続いて廊下を進むと、奥の茶色い木のドアの前で彼は立ち止まり、2回続けてノックをした。
「面会の方をお連れいたしました」
「どうぞ」
女の声が答える。それはまさしくテレビで何度も聞いた源の声だった。
「失礼します」
男がドアを開ける。上品な臙脂の絨毯が一面に敷かれた部屋の真ん中に、大きな木のデスクがあり、その手前には応接用の低いテーブルとソファが並んでいた。デスクによりかかり、片手にコーヒーカップを持って、彼女はそこに立っていた。
「佐山くんありがとう、最後にもうひとつだけ。コーヒー淹れてきてくれる? ふたりのぶん」
「かしこまりました」
佐山と呼ばれた男は敬礼すると部屋を出て行き、ドアを静かに閉めた。部屋には源と俺たちだけが残される。
「こんなに早くお目にかかれると思ってなかった。私、あなたがたに会えるの楽しみにしていたのよ」
真っ白い髪の毛をバレッタで後ろにきっちりとまとめて、細身の上下そろった灰色のレディーススーツを身にまとった彼女は、まるで本物のティーンエイジャーであるかのように無邪気な笑顔でそう言った。テレビで見るイメージとはだいぶ違った。
確かに目つきは鋭く、170センチを超える身長に、男っぽいパンツスタイルと高いピンヒールの組み合わせで、幾分怖そうではあるが、口を開けばとても柔和そうな雰囲気がたちまち漂い始めた。
「私の自己紹介は必要ないかもしれないけど、一応ね。日本アイノコ協会会長、源里紗です。どうぞよろしく」
「本日はお目にかかれて光栄です。アイノコ狩り被害者の会代表で参りました、会長の坂上理一です。よろしくお願いします」
理一が差し出された手を握り返した。固い握手。俺はガチガチになっていたが、源会長の笑顔にだんだんと緊張がほぐれてきた。
「会長補佐の泉貞清です。よろしくお願いします」
「よろしく」
俺と彼女が握手したあと、彼女はすぐに「さあ、座って座って」と促し、俺たちは源会長と向かい合ってソファに座った。
「さて、私が喋ったところでどうしようもないわね。何か私に聞いてほしいことがあってきたんでしょ? どうぞ話して。長くなってもかまわないわ、どんな仕事よりも、今はこの問題が一番重要だと思ってるから」
「ありがとうございます」
理一は座ったまま深々と頭を下げて、話し始めた。
「ではさっそく用件をお話ししたいと思います。我々は、誰も助けてくれないのなら、自らの手で現状を変えるしかない、という決意のもとに立ち上がった団体です。要するにわれわれの目的はアイノコ狩りの逮捕と撲滅、人間たちの思想の中に確実に根付きつつある、そこに存在しているというだけで憎み、排除しようとする思想を取り除くことです。もう、これ以上アイノコ狩りによる死者を出すわけにはいきません。そこで源会長、あなたの許可がほしいのです、我々が身を挺してアイノコ狩りを捕らえる際に、自らの命を守るための武装を」
理一の説明はすらすらと簡潔だった。源会長は何度も頷きながら熱心に耳を傾けていた。
「なるほどね、どうするのかと思ってた」
彼女が話し始めたとき、ノックの音がして、外から「失礼します」と声が聞こえて、ふたりぶんのコーヒーを持った佐山が入ってきた。

('12/08/23)

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