翌日の夜、予定していたとおりに集会が開かれた。
深雪も来ていた。ストーカーは怖いけれど、家にずっとこもってるほうが辛い、と俺に話してくれた。
会員たちは集まってくると、いつものように思想を熱く語り合って盛り上がっていた。約束の時刻など関係なく早くから訪れているものがほとんどだったが、理一は時刻ギリギリになるまで部屋から出てくることはなかった。
俺も彼らに混ざって話し込んでいたが、急に背後でドアが勢いよく開く音がして、驚いて振り返った。理一だった。彼は凛とした表情でまっすぐ前を見つめて歩いてきた。自分の家のリビングにただ入ってきただけとは思えないほど、威厳と風格に満ち溢れた雰囲気を全身から発しており、俺を含めその場にいた全員がそれによって喋るのをやめ、彼に注目したのだった。
理一はダイニングテーブルの前にくると、立ち止まって会員たちのほうを向いた。
「諸君、今日集まってもらったのは他でもない。われわれアイノコ狩り被害者の会、最初の計画、武装を実行する日が近づいてきた」
彼は朗々と話し始めた。
「この会の創設者であるこの坂上理一、それから補佐役の泉貞清君で、日本アイノコ協会に直談判しに行く。どうやらわれわれの存在は既に国営霊媒会社、それから日本アイノコ協会にさえ知れ渡っているようだから、話は早いだろう。一応許可を取りに行ってはみるが、実際許可が下りるかどうかは分からない。というか、信頼などゼロに等しいのだから、許可が下りない確立のほうが高いと言えるだろう。もし許可が下りなかったらそのときは強行突破だ。誰がなんと言おうと武器を手にする。そしてアイノコ狩りに立ち向かえる万全を期すことにしよう」
会員たちは話を聞くうちに気分が高まり、その言葉尻には歓声と拍手が巻き起こった。
「ただし、何度も言っているように、われわれがこれから行うのは革命であり復讐ではないということをくれぐれも忘れないでほしい。武装して今までになかった力を手に入れても、それを刃と思ってはならない。それはただの盾だ。自分自身の命を守るためだけのものだ。だから殺そうとして挑んではならない。近頃の諸君の様子からは、どうもそのような復讐的な思想が垣間見えることがあるので、一応言っておくが、自分の最愛の人を殺した狂人と同じになりたくなければ、絶対に殺さないことだ」
この言葉の間は、また全員が押し黙っていた。
彼らの真剣な顔つきを見て、理一は一瞬微笑み、
「そして誰も死なないことだ」
と、一段と声を張って言った。その言葉に、しんとしていた部屋の空気が少しだけ柔らいだ気がした。その中で、理一はダイニングテーブルの椅子の上に突然立ち上がった。
「さて、そろそろ諸君も“アイノコ狩り被害者の会”という名目上のいい子ぶった名前に飽き飽きしてきた頃だろう。武装をしたらわれわれはもう被害者の会ではない。革命派としての誇りを持ってほしい」
話しながら、彼はさらにダイニングテーブルのうえに登った。全員の目線が一気にあがり、美しい、憂い深い瞳の指導者を仰ぎ見た。
「今ここに、“アイノコ狩り被害者の会”は終わった。これから先は、“革命軍いろは”だ」
理一が高らかに宣言した。
いろは。
俺はその響きにピンと来なかったが、俺の横にいたまだ若いアイノコの男がぼそっと、
「咎なくて、死す……」
と、呟いた。その声が、静まり返っていた部屋全体に響き渡った。理一は男に向かって微笑み、頷いた。
「この話を知らない者はあとで紙に書いてやってみるといい。色は匂えど、散りぬるを……7文字ずつ区切って書くとある言葉が浮かび上がる。そう、彼が今言った、『咎なくて死す』 無罪の罪で殺されるという意味だ。この暗号については諸説あるが、そんなことはどうだっていい」
いろは歌なんて全部暗唱できないや、と思いながら俺はだいぶのん気に彼の話を聞いていた。
いかにも文学好きで博学な彼らしいネーミングで、その物騒な名づけ理由はともかく、俺だけはそのとき少しだけ心が安らいでいたのだ。理一のことを、こいつはもう大丈夫だ、と思ってみたり、まだ気を抜くわけにはいかない、と思ってみたり、ここ数日どっちつかずになっていたが、そのとき思った。彼がやれるときは俺なんか必要ない。彼はひとりでやれる。でも、彼がどうしても駄目なときが俺の出番だ。そんな風に、今までと同じにバランスをとって、俺たちらしくやっていけばいいのだと。
一息ついたあと、理一は続けた。
「われわれが革命の炎を燃やすのは何のためだ? ひとえに、奪われた命のためだ! 咎なくて死す運命に投ぜられた、われわれの大切な人の命のためだ。奪われた平凡な日々、奪われた幸せ、奪われた笑顔。それらが戻ることは永遠にない。しかし……遺されたものとして果たすべき義務がある。それはアイノコの未来を守ること、二度と、誰にもこんな目にはあわせないことだ!」
革命家たちは声をあげて、彼の演説に賛同した。俺もいつのまにか一緒になって拳をつきあげていた。
「67年前の亡霊戦争の直後、アイノコの革命家が政治を動かし、アイノコに戸籍と人権を与えた。長い歴史の中で不可能だった、平等と自由を手に入れることを、そのときわれわれの先祖は自らの手で可能にしたのだ!」
理一の演説は白熱していく。そのうちに、ちらちらと前髪が跳ねて赤痣が見えた。それに対して、これだけの人数の中にいて、誰も眉をひそめたり物珍しそうにじろじろ見たりしない、そんな状況は彼の人生でおそらく、これが初めてだったのではないかと思う。
「果たしてあの改革が完全なものだったかといえばそうとは言い切れないだろう。結果として派閥が細分化し、露骨に現われ、その成れの果てとして凶悪なカルト集団『アイノコ狩り』が生まれ、長年をかけて育っていってしまったのだから。だが私はここに誓う! われわれの手で、この革命を完全なものにすると。半世紀を経て、こんなに状況が悪化するまで、誰も名乗りをあげなかったことは、アイノコの歴史として全員が恥ずべきことだ。私も自分の身に降りかかってみなければ、事の重大さを理解することもなかった。しかし、遅すぎると諦めていいものか? 今からでも救える命はある! ともに立ち上がろう、われわれの未来のために!」
観衆はわっと盛り上がった。俺も確かに感動していた。もともと彼は口が達者なほうではあったが、こんなふうに語ることができるとは、思ってもみなかった。
理一は拍手喝采のうちにテーブルから飛び降り、俺に苦笑いしながら手をこまねいてリビングの外へ出て行ってしまった。興奮さめやらぬ俺が急いでついていってみると、
「駄目だな、でかい声を出すのは苦手だ。拡声器がほしいな」
彼は笑いながら言って、廊下の手すりによりかかりながら手で顔を仰いだ。暗い廊下でも光って見えるほどの汗が、彼の額には浮かんでいた。
「すごかったよ、お前政治家になれるよ」
俺が肩をバシンと叩くと、彼はやめろよ、と声をあげて笑った。
「馬鹿言え、あんなベタな、歴史小説みたいな演説、相手が皆16歳だからうけるんだよ」
「……そういうもんか?」
「ああ、彼らの心を掴むためには少しばかり大げさで気障なことやったほうが、燃え上がると思ってさ。お前もまんまと盛り上がってただろう」
「なんだよ、せっかく気持ちよく聞いてたのにそういうこと言うなよ」
「悪い悪い、そんなことより明日だ。本部に押し入るからな、何があっても追い返されるつもりはないからな」
「そんなの言われなくても分かってるよ」
とは言え、喋るのは理一だけで、俺は彼に「お前はでかくて目つき悪いから、立って睨み効かせてるだけでいいから何も喋るな」と言われているのだが。
そのときガチャン、と後ろでドアが開いた。
「……深雪」
「あ、あたし、もう帰る」
いつも通りに、制服のうえからパーカーを着た深雪だった。しかし、彼女も今の話に興奮したのか、頬が赤かった。
「それから、理一さん、今日の話、すっごくよかった」
「ありがとう」
「お前、俺には『貞清ー!』ってめっちゃえらそうなくせに、こいつには理一さん、かよ。俺たち同い年だって言っただろ、あとお前よりは4つも年上ー」
「うるさい貞清!」
その声にいつもより張りがあってびっくりした。いつもはめったに喋ることがないのか、俺と喧嘩するにしても低いかすれた声ばかりなのに。
「お前がうっせえ!」
「サダ、送っていってやれよ」
理一はそう促したままで自分の部屋のほうへ行ってしまった。俺は非常に不服ではあったが深雪がそれを否定するそぶりもないので、仕方なく彼女と一緒に玄関へ歩き出した。

('12/08/13)

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