ナギサはちゃぶ台の前にあぐらをかくとすぐに口を開いた。
「俺は昨日たまたまお前ん家の前を通って、お前ん家にホタルが入って行くのを見かけただけだよ。ミソラがそのあと出てきたから気になって声かけただけだ。それ以上の理由はない」
カレンはベッドに座って腕を組んだまま、何度か頷いたが、その表情は明らかにばつが悪そうだった。何か都合の悪いことでもあるに違いない、そう勘づいただけで、ナギサはもう追求することに若干怖気づきはしたが、彼女とミソラが危険な目に合うことは避けたかったので、
「で? お前とホタルは何を企んでるんだ?」
と、心を鬼にして問いただした。親友ではあったが、ホタルという男のことはなんとなく信用できず、怖かった。
カレンはあまり目を見てくれない。
「企んでなんかないわ……ただ純粋に、自分の心の正義に従ってるだけよ」
「なんだその抽象的な言い方は」
ナギサはため息混じりに言った。ちょうどそのときミソラが3人分の麦茶を盆に乗せて運んできたが、ナギサの隣に膝をつくと、ガシャンと乱暴に盆を置いた。相当怒っている。
「な、カレン。お前の弟子すごい良い子だぞ。お前のことどれだけ心配してるか分かってるか? なんで俺が説教してやってんだか訳が分かんないけど、俺は偶然出会ったこいつに情が湧いたんだよ、だから、俺とお前が兄弟だってことを抜きにしたって、こいつに心配かけるような馬鹿な真似はやめてやってくれ」
「馬鹿な真似とか言わないで頂戴よ、私だってそれなりの責任とプライドを持ってやってるのよ」
「プライドがあるなら堂々と説明してやれ」
「……だって絶対反対するもの」
「やっぱり危ないことかよ、そうだと思ったんだ、カレンが隠すときはいっつもそうだ」
ミソラは挑発的に続けた。
「いいよ、言えよ、聞いてから考えるからさ」
「……お、おとり作戦よ」
カレンはどもりながらも、やっとそう白状した。ナギサは顔をしかめて頭をかいた。それはこの過保護な用心棒に言い出しにくいわけだ。
「そんなのカレンがやる必要あんのかよ、国営のやつらがやればいいだろ」
ミソラの口調はまだ喧嘩腰だ。
「私じゃなきゃダメなの」
一方、カレンは、落ち着き払って返答したように見えたが、ナギサが彼女の様子を注意深く見ていると、案外そうではなさそうだった。
「もし……あの亡霊が現れたら、私なら、記憶を辿って本当に連続婦女殺傷事件の犯人かどうかすぐ判別できるでしょ。なにしろあの亡霊には目撃情報がなくって、外見が分かる人はひとりもいないの。普段だったら、亡霊を手当たり次第に退治すればいいけど、国営は今、“あの亡霊”を退治したっていう決定的な証拠をほしがっているわけよ、だから私じゃなきゃダメなの……それだけよ! 深い意味なんて、何もないわ」
普段なら十分すぎるほどはっきり発言するはずの彼女が、なんだか自信なさげな様子で喋っている。ナギサはもともと憶測を重ねていたこともあって、もしかしたら嘘をついているのではないかと疑いながら聞いていた。
「本当だな?」
彼が急に低い声で尋ねると、カレンの肩がびくんと跳ねた。
「ホントよ」
「俺に聞かれちゃ都合の悪い話か? ホタルのやつが部外者に、しかも40年会ってない兄弟に助けを求めるなんて、いくらなんでも考えづらいだろ。あいつはなんて話を持ちかけてきたんだ? 俺もミソラから話を聞いて色々考えてみたんだが、俺たち兄弟に関係する事情が絡んでるっていうなら、俺はここで黙って帰るわけにはいかない」
ナギサにばっさりとそう言い切られて、カレンは明らかに困惑した表情になっていた。ミソラはそんなふたりの顔を交互に見回している。
ほんの数秒間、しかし、苦い沈黙が流れた。さっきまで怒り心頭だったミソラも、ただならぬ空気に今は正座して縮こまっていて、ナギサもこれ以上言葉を重ねるわけにはいかず、ただカレンを見ており、カレンはその視線から逃れようと目を泳がせている。まるで三すくみのようになってしまった。
「ち……違うわよ、関係ないわ。もう、分かった、ごめんミソラ、こんなことやめにする。私があの人にこんなことで協力する必要ないし」
カレンは無理やり笑顔を浮かべてそう言った。
「ホントだな? 嘘だったらただじゃおかねえ」
と、ミソラは急にさっきまでの勢いを取り戻して返した。ナギサは一口麦茶を飲んで、
「じゃあ俺帰るね」
半ばあきらめたように言って立ち上がった。確実にカレンはまだ何かを隠している。でも、話す気がないのなら、もう無駄だと思った。
「待って、」
ナギサが背を向けたところで、カレンがそう言って呼び止めた。
「待って、ナギサ。ねえ、あなた……もしかして、ナナミが見つかると思ったの?」
恐る恐る、声はそう言った。ナギサの身体は一気に強張る。この名前を聞くといつもこうだ、失ってしまった愛しい人の名前、ただ美しい思い出の破片に過ぎないその響きが、何故だかいつも彼に、目の前にあるかのような絶望を感じさせた。
「ナナミが? ……関係ないんだろ、違うんだろ。だったらそんなこと言わないでくれ」
彼は背を向けたままそう言った。
「でも、彼女ともう一度会えるなら、なんだってするさ」
「ナギサ、ひとつ忠告しておくわ」
食い気味にカレンが言う。押し殺したような、辛そうな声で。しかし、しっかりと伝えようとして。
「ナナミには会えない。彼女はもう……この世にはいないわ。だから、会いたいなんて願ってはダメだからね。願ったら、呼んでしまうから」
ナギサはそのもっともな忠告に何も返せなかった。そしてそのまま足早に家を出た。
「なんだよ、帰るのかよ」
うしろからついてきたミソラが言う。
「ありがとう。カレン止めてくれて」
ぶっきらぼうながらも、彼はちゃんと礼を言ってくれた。
「まだ完全に止められたわけじゃなさそうだ。あいつのことちゃんと守ってやれよ、もしなんかあったら電話しろ」
ナギサはそうとだけ言って、彼女の家をあとにした。


家の中に戻ってミソラはあらためてカレンに聞いた。
「ホントにやめるんだよな?」
「ええ、やめる、やめる。ホントに」
カレンはそう答えて、全然飲んでいなかった麦茶をやっと一口飲んだ。なんだか顔色が悪いように見えた。
「カレン?」
「ん?」
「大丈夫?」
「え、なんで? 平気よ」
「……昔あったことってさ、もう解決したんじゃないの」
ミソラは彼女の足元に座ってベッドに寄りかかりながら尋ねた。
「もう終わったこと、だけど、まだ解決はしてないわ」
カレンは沈んだ声で話し始めた。
「ナナミが生きていたとしても、見つかっていないし、もし死んでいたとしても、死体はあがってない。彼女をどうにかした犯人が見つかったわけでもないしね……田舎だしね、せまーいコミュニティーの中で、当然私たちは4人の中でお互いを疑い始めたの」
ナギサは彼女の恋人だったのだから、きっと誰にも疑われてはいなかっただろう。ホタルやアオイにも、ナナミを恨む原因が見当たらなかった。
「そうなると必然的に、ナナミの恋人のナギサを好きだった、私が疑われた」
カレンの声が震えた。ミソラは驚いて彼女を見上げる。
「カレン……」
「当然よね、でもやってないのよ、だってナナミと私は親友だったし、私は一度だってあの子のことを憎く思ったことはないわ」
「カレン、俺だけは信じてるよ、誰が疑っても。絶対カレンがそんなことするわけないんだからさ」
ミソラは彼女の手を握って言った。
「ありがとう、ミソラ」
「だから泣くなよ」
カレンは両方の目からぼろぼろと涙をこぼしながら、何度も頷いて、優しい弟子に笑いかけた。

('12/08/30)

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