俺は再び庭に出て、祐が玄関から靴を取ってくるのを待った。
宵闇が深まってきて、刀の青い輝きがいっそう際立つ。普段、仕事ではそこまでの技術は必要とされない。段を持っていなくても霊媒はできる。ただ、趣味として剣術の腕を磨くのが楽しかった。それまでは。
でもそのときにはすでに、その力は実際に必要とされていると思うと、なんだか俺は、全身の血が沸き立つように興奮した。
生死をかけなければならないことなど、まだ全く実感がわいていなかったのだ。
「じゃあ、一本先取で」
「あいよ」
祐は答えてにやりと笑う。
「涼子、始めの合図して!」
俺が部屋の中に向かって言うと、ソファーに座ってテレビを見ていた涼子が走ってきて、
「お兄ちゃんはどうしたの?」
と、開口一番に聞いてきた。
その頃の俺はそんな涼子の様子を見ると、いつも「今に見てろよ、今は懐いてるけど、すぐこいつだって思春期にさしかかったら理一のこと鬱陶しがるんだからな」などと思っていた。
「あ、いや、なんか、拗ねた」
俺は説明するのがまどろっこしくて、そう答えた。涼子は大して気に留める様子もなく頷いた。理一は昔から、案外よく部屋に閉じこもったりするので、彼女も慣れているのだろう。ただ、彼のすごいところは、閉じこもっていじけているのではなく、何かしら試行錯誤して新たな解決策を見出し、次に部屋から出てきたときには何倍にも賢くなっているところだった。
「ふうん。まあいいや、じゃあはじめまーす」
彼女がパン、と手を叩いた音で、取り組みは始まった。
まず俺の先手攻撃で、狭い間隔で刃がぶつかり合う音が響く。数歩迫ったところで大きく右になぎ払うが、祐の刀はそれにはなびかなかった。すぐ、まっすぐ上に飛び上がり、刀を頭のうしろまで振りかぶって俺に狙いを定めた。
耳をつんざくような金属音。俺が横向きにして両手で構えた刀のど真ん中に祐の一撃が突き刺さる。俺は力を下にいかせないように、しゃがんだ体勢から一気にうしろに転がった。両者の身体が一回転する。投げ飛ばされた祐はすぐ起き上がって振り返りざまに刀を真横に振るった。俺の刀はそれに一度流される。
すばやく大股で一歩踏み出しながら、祐が一瞬の隙をついて俺に斬りかかった。ギリギリで対応したものの、ぐらりと後ろにバランスが崩れる。逆転して祐が優勢だ。斬りあいながら何歩か後ろに下げられた。庭の隅に植えられた細い木のところまで、あと数十センチというところで、2本の刀は押し合って動かなくなった。が、筋力の面で俺のほうが一枚上手だった。渾身の力で跳ね返し、そのまま高速で何度も攻撃、戦闘する位置も庭のど真ん中まで押していき、相手の手に迷いが出てきたところを見計らって思い切り強く横に払った。その力に持っていかれて祐の身体が斜めうしろになびいた。それにあわせて胸倉をつかんで押し倒し、馬乗りになり、刀を構えて一気に振り下ろした。
「……っしゃ、勝ったー」
喉元寸前で止まった切っ先を見て、祐は苦笑いする。
「いくらなんでも真剣でこんな寸止めする奴初めて見たよ。試験じゃ注意されるぜ、俺今本気で殺られるかと思った」
俺は笑って刀をどけた。
「俺そんな殺気立ってました?」
「いや、そんなことはないけどさ。どちらかといえば、戦ってるときのあんた、すんごい楽しそうだった」
そりゃあ、楽しい。しかも、久しぶりに初めてやる相手との対戦で、こんな良い取り組みができたとあって、俺は非常に気分が高まっていた。
俺が立ち上がって、祐に手を差し出すと、
「あんた強いね。流石だよ。しかもまだ伸びしろを感じる」
彼はそう言いながら俺に手を握り返した。一気に引っ張って立たせる。そして俺たちは握手をして取り組みを終えた。
「ねえサダ兄、深雪ちゃん来たー」
ベランダに座って取り組みを観戦していた涼子が、いつのまにか玄関のほうにいっていたらしく、パタパタと走って戻ってきた。
その日は、こんな早くから来る会員はさすがにおらず(仕事柄、まだ寝ているひとが多い)、昨日俺たちと飲んでいて泊まっていった祐だけがいた。深雪はずっと来ていなかったし、まさかこんな時間に来るとは思わなかった。
「泣いてる」
「え?」
「深雪ちゃん泣いてた」
涼子の報告に、俺はただひやっとした。そして乱暴に靴を脱ぎ捨てて、刀の出現を解いていそいで玄関に向かった。
「どうしたどうした。お前久しぶりだな」
刺々しくならないように気をつけながら声をかけたが、深雪はパーカーのそでで両目をおさえたまま、うーうー言ってすすり泣いていた。肩には何も入っていないようなひしゃげた学生かばんがかかっていた。
「いいからあがれよ。お前そんな格好して外歩いてたら熱中症になるぞー」
俺が言いながら歩き出すと、深雪は靴を脱いでとぼとぼとついてきた。
庭につながる一階の部屋には涼子や祐がいるので、俺はそのまま二階の一番大きなリビングに深雪を連れて上がった。
部屋に入って振り返ると、もうパーカーを脱いでいた。俺はすぐに麦茶を入れて深雪に出した。彼女は鼻をすすりながらダイニングの椅子に座った。深雪のしゃくりあげるのが落ち着くまで、俺は向かいに座って頬杖をついてただ黙って待っていた。
「……ストーカーされてる」
深雪は単刀直入に切り出したようだが、俺には一瞬何を言っているのか理解できなかった。
「は? ごめん聞き間違えたかもしれないからもう一回言って?」
「ストーカーされてるの」
「……嘘だろ、お前みたいな見た目も地味で性格もぐっちゃぐちゃな女、誰がストーカーなんかすんだよ」
麦茶を顔面にぶっかけられた。
「悪い、今のは言い過ぎた」
「今も絶対後つけられてた! 怖かったの!」
深雪はまた子供のように泣き出す。
万引き常習犯のくせに、こんなことで泣くなんて、なんだか面白い。度胸があるのか、ないのか。
「お前、学校から家よりここのほうが近いんだったか?」
深雪は頷いた。
「だから逃げ込んできたのか」
「そう。泊めて」
「ダメだよ何言ってんだよ、しかも夜は会員たちが来てうるさくなるから客間じゃよく眠れないぞ。送ってくから帰れ」
深雪は不服そうにうつむいたまま、そのあと何も言わなかった。と、ここまでの会話は、俺はクソ真面目に喋っているが、顔が麦茶で濡れたままなわけであって、そのあと顔を洗って着替えるのを待ってもらってから、深雪を連れて家を出た。
「ねえホントに帰らなきゃダメ?」
家を出て3分ほどしか経っていないのに、深雪はそう訊いてきた。
「ずっと来てなかったくせに」
「だってそれは貞清が……!」
「はい、何、俺の所為なの?」
俺は思わず立ち止まって尋ねた。尋ねたというよりは、少し怒ってしまった。
「それは、貞清が……」
「この前お前が万引きしたとき、俺が余計なおせっかいしたからか?」
「違うよ!」
「じゃあなんだよ」
「貞清が最近家言ってもあたしに全然おせっかいしてくれないから……」
「……はあ?」
「嫌われたかと思って……」
馬鹿なことを大真面目に、顔を真っ赤にして言われて、思わずこっちまで恥ずかしくなって笑ってしまった。
「嫌わねーよ、俺には俺のプライドがあるってこの前言ったろ。それにお前、こんだけ長いこと会ってないってことはさ、万引きあれ以来してないってことで理解していい?」
「してない」
「おー、えらいえらい」
俺は涼子と話しているときの要領で、無意識に彼女の頭を撫でようとした。が、フードに覆われた頭に触った瞬間、深雪の肩が跳ねて、彼女は驚いたまま走っていってしまった。
「え、なんだよ、褒めてやったのに」
「いいよそんなの……」
なぜかそのとき冷静に、ああ、こいつ褒められたことないんだなあ、と思った。
俺が追いついて彼女の横に並ぶと、
「あたし、貞清ん家住みたい」
と、小さく呟くのが聞こえた。
「毎日来ればいいじゃん。前みたいに。俺はかまってやれないかもしれないけど、お前別に俺のことそんな好きじゃないからいいだろ」
「好きだよ!! ……じゃないよ、好きじゃないけど、貞清としか喋ったことないもん」
突然の大声と、内容にびっくりして、俺の心臓は跳ね上がった。
「友達ぐらい作れよ。いっぱいいるじゃん、会員」
動揺を隠すためにすぐ切り返した。
「無理」
「うわーやだやだ、最近の若者すぐ無理〜とか言う」
そのあとたわいもない話をしながら、深雪を送っていった。喧嘩しないでこんなに長く会話が続いたのは、このときが初めてだった気がする。ストーカーの姿は見えなかった。
別れ際、彼女の家の前で、深雪は真顔のまま、
「ありがとうございました」
とこの前教えたとおりに俺に言った。
「どういたしまして」
俺は笑って返して、それから家に帰った。

('12/08/08)

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