二人目に俺たちの仲間になった神部祐と俺が初めて会ったときは、深雪の万引きから日も浅く、彼女はあれ以来家にも来なくなっていた。
「本当はあいつも同席してもらうつもりだったんですけど、何か機嫌を損ねたらしくて」
理一が話しながら祐をダイニングルームに通した。
「ああ、じゃあまた今度ゆっくり」
「はい。で、神部さん、これが俺の弟で補佐役の」
俺は急に紹介されて、慌てて祐に歩み寄った。
「初めまして、泉貞清です」
「よろしく。神部祐っていいます」
祐は現在36歳で、理一と同じぐらいの歳の頃に両親を殺されたらしい。ひとり立ちしたあとで両親を失い、その延長で、何一つ解決しないまま一人きりで生きてきた。理一伝いにそのように聞いていたが、それをまったく思わせないほどに、気さくな笑顔が印象的な男だった。肩までのまっすぐな黒髪をハーフアップにして、前髪も全部あげていて、目と眉がつりあがっているせいで幾分強面ではあるが、それが屈託のない笑みによってとても愛嬌のある顔に見えていた。身長は俺と理一のちょうど間ぐらいで、聞かずとも、引き締まった身体から剣術に関しては手練であることがうかがい知れた。
理一がひとりで彼に会いに行った日は、祐の仕事の都合で少ししか話ができなかったらしく、その日、俺たちは彼に改めて自分たちの意向を説明した。彼は熱心に耳を傾け、終わりに一言、
「このくらい思い切ってくれる若者を待ってたんだよ」
と笑った。
「ずっと疑問を持って生きてきたんだけど、自分のことで精一杯で、なかなか行動するきっかけも勇気もなかったし、そもそもどうしたらいいか分からなかった。何しろ天涯孤独になってさ、共感できるやつとの出会いもなかったからね」
「俺もひとりならやろうとしなかったと思います」
理一が頷く。
「あんたは賢い人だろうけど、そのへんひとりでやらせたら上手く行かなさそうだ」
「それはホントにそうです」
今度は俺がうんうんと頷いて言ったら、祐は笑って、
「弟にも言われてるよ、会長さん」
と理一に話を振る。
「それも事実なので否定はしませんが、この馬鹿ひとりではまず何も起こりません」
彼はさらりとそう答えた。確かにそうだ。
「絶対仲間は必要だね、何するにしてもさ」
祐が笑いながら言ったその言葉に、俺はとっさに反応して、
「そうですよ!」
と少し大きい声を出してしまった。
「お、おう、どうした?」
「すいません急にでかい声出して。いや、聞いたと思いますけど、最初にきた深雪ってやつが、ずっと仲間ってもんを否定してたのを思い出してなんか腹立ってきて!」
「ああ……小さい頃に両親亡くして、その後の環境にも恵まれなかったんだろうな」
「まさにそうなんです、きっと深雪みたいなやつがわんさかいます、他にも」
「そうだなー……16を過ぎたら20歳も80歳も同じだけどさ、アイノコっつっても子供時代は人格形成されてくもんだから、そこでいい出会いができなきゃそうなっても仕方ねーよな。それもアイノコ狩りによる立派な被害だ」
俺たちは3人して難しい顔で深く頷いた。
俺はとりあえず2人目の志願者がとびきり常識人であったことにほっと胸をなでおろした。この先何人、深雪のように精神の歪んだ被害者遺族が出てくるか分からないのだから、しっかりした大人が多いに越したことはない。
そして彼の入会から一気にどっと入会者が増え、被害者の会は拡大していった。ひとりひとりとじっくり会って話す間もなくなっていき、ついには俺たちが住むこの屋敷を集会場として開放し、大規模な説明会を開いたりするようになった。俺たちの無茶な改革構想に対して、不満を抱いてやめていく者などおらず、全員が自分の心の奥底に揺らめいている革命の炎を燃え滾らせた。やがて屋敷には常に会員たちが出入りするようになり、話し合いの場となって、理一も「うちが金持ちでホントによかったな」などと冗談を言って笑っていた。
深雪は、たまに来ていたが、皆が議論で盛り上がっているときでも蚊帳の外で、ひとりで黙って部屋の隅っこで座っていた。俺たちに声をかけてくることもなかった。


八月も半ばに差し掛かり、どっと増えた入会者たちの流れも止まりつつあった。総勢47人。アイノコ狩りの被害者遺族で、剣術の段持ち、という条件つきでここまで人が集まった事実に、俺も理一も喜んだ。
「わりい! 大丈夫か!?」
その日、俺たちはふたりとも時間があった。
庭で俺がそう叫んだ声に驚いて、中にいた祐が飛び出してきた。
「何やってんのお前ら!?」
「い、いやちょっと取り組みを……」
俺と理一は小さい頃から、理一の父親に真剣での取り組みをさせられていた。もちろん怪我は付き物だったが本物の刃物である分、上達にもつながった。理一も本調子に戻りつつあるので久しぶりにやるか! となったのだが、俺が理一の腕を斬りつけてしまったのだ。それで、この叫び声にいたる。
「久しぶりに動くから手加減しろって言っただろこの馬鹿……」
腕を押さえてうずくまったまま理一がうめくように悪態をついた。
「手加減したよ! ……って、あ、いや、じゃなくて、ごめん!」
「黙れ! そんな気ぃつかってんじゃねーよ! いいから続けるぞ」
などと言って、珍しく興奮して声を荒げる理一を必死で止めて、とりあえず傷の手当てをしたが、俺も、彼のブランクがここまで響いていたことにショックを受けた。以前は、背もあまり高くなくて身が軽いので、動きの俊敏さでパワーの劣等をカバーするスタイルだったが、明らかに速度が落ちていた。しかし、考えてみれば当然のことだ。半年あまり、食事も睡眠もまともにとれずに悪夢と精神の錯乱に苦しめられていたのだから、体力は落ちるに決まっている。
それでも、ブランクがあったんだから仕方ないよ、なんてフォローしようものなら刺し殺されそうだった。彼はとびきり負けず嫌いであるから、きっと俺の100倍ショックを受けているはずだ。自分の力量が落ちていることに。
「悪かったよ、今日はもうこれで終わりな」
小さい頃はこのようなことがよくあったので、お互いに止血には慣れたものだった。俺はむすったれている理一にそう言って立ち上がった。
「ふたりとも強いんだよね? 誰に習った?」
部屋の中から祐が聞いた。
「この人の父親がすごい人だったんスよ」
俺は理一を指さして答えた。当のすごい人の息子は炎天下の庭に座り込んだまま動かない。
「理一早く中入れよ、溶けるぞ」
俺が部屋の中に入ると、祐が小声で言った。
「そんな剣術の達人でも、防衛するすべがなきゃアイノコ狩りに殺されちまうんだもんなあ」
俺と理一が今の取り組みで使っていたのも霊媒用の青い透き通った刀で、生きているものを傷つけることはできない。それしか持たないアイノコに、武装した人間たちが束になってかかってくるのだ。基礎体力やスキルでは人間をはるかに上回っているアイノコでも、かなうはずがない。
「そうっスね、武装許可、絶対とれねーと……」
俺が言いかけたところで、背後でガラッと窓が開いて、やっと理一が入ってきた。
「武装許可より俺の巻き返しのほうが先だ、貞清、これから毎日これ付き合ってくれるか?」
「えー……」
「あ、俺もいいよ、付き合うよ」
祐は渋っている俺をちらっと横目で見てから、理一にそう返した。
「そんな焦ることねーだろ、気にしすぎだよ理一」
なだめようとしたが、理一は俺を思い切り睨んだ。
「こうしてる間にもまたどっかで誰か殺されるかもしれない。俺がこんなところで躓いたままじゃどうしようもないだろ」
彼は低い声でそう言って、そのまま部屋を出て行ってしまった。
もっともな話だ。しかし、この被害者の会にアイノコ狩りからの注目が集まるのも時間の問題だった。
「どっちにしたって、この会合全体のスキルアップは課題だな」
と、祐。俺は深くため息をついた。
「祐さん、やりませんか、一回。練習試合的な」
「お、いいねえ。やろうか」

('12/08/01)

back

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -