Side アポロ

彼女を一人の女として意識し始めると、驚くほど速く惹かれていくのを感じた。

ここ数日……食事をする時、他愛ない話をする時、寝る前の挨拶……彼女のしぐさ一つ一つに反応してしまい、胸の辺りが熱くなる。

これは力を使った際に訪れる苦しいものではなく、暖かく包み込んでしまうようなもの。初めて感じる、得体のしれない感情……その名前を、未だに俺は見出せずにいる。

そう思っている時だ、唐突にこの"想い"に名前を付ける機会ができたのは。


「トロイメアの姫が、こんなところで何をしている?」

「ッ!」


昼下がり。中庭に面している場所に置かれたベンチに、一人で座り込んでいる姫の姿が見えた。

彼女の後姿が震えているように見えて、気になって傍まで近寄ってから……目を見開く。

頬に伝う涙の跡に、少しだけ鼻が赤いようにも見える。もしかして、泣いていたのか……?


「ご、ごめんな、さ……すぐに、部屋に戻ります、ね……」


目元をこすろうと動かす手を制すると、案の定驚く姫などお構いなしに、そっと涙をぬぐってやる。


「何故泣いていた? 城にいる奴に何かされたのか?」

「いいえ違います! 皆には良くしてもらっているので、そんなこと……ッ」


ブンブンと顔を横に振る彼女は、深呼吸をしながら落ち着こうと必死になっていた。

彼女が落ち着くまで、隣りのベンチに腰かけて手を握ってやってから暫くして……ゆっくりと口を開き始める。


「家族のことを、少し……思い出して、ました」

「家族?」

「私は名門司馬一族の一人……こんなことでヘコんでいてはいけないのに……どうしても……ッ」


ポツリ、ポツリと、彼女は家族のことを俺に話してくれた。

知略に長けた誇りであり自身の目標である父、時には優しく時には厳しく愛情を注いでくれる母、父の才能をそのまま受け継いだと言われても過言でない肉まん好きな兄、めんどくさがり屋でなかなか本気を出さない手を焼かせる弟、そんな弟を陰から支えてくれてる婚約者にして姫の親友、弟の親友であり良き相談相手となってくれてる奴。

彼女の周りには、俺とは全く無縁の空気に包まれていた。


「ホームシック、と言われればそれまでです。ですが、今までずっと傍にあったものがなくなってしまう、というのは……」


言葉に言い表せない空虚なものなのだろう。父や兄から軽蔑されてきた俺には、彼女の気持ちが分からない。それがなんだか歯がゆく感じる……


「トロイメアへ行けば、会えるのだろう?」

「え……?」

「お前の故郷で、お前の話していた奴らが待っているのだろう? そこへ目指していると、話していたではないか」


そうだ、彼女はユメクイを消すための旅をしていて……故郷でもあるトロイメアへと目指しているはず。その旅路を、俺の我が儘で制しているのだ。そう思うと、心の奥底がチクリと痛む。


「そう、ですね」


落ち着きを取り戻した姫は、そうハッキリと言葉を口にした。


「久しぶりに、元気な姿を見せるためにも……早く行かなきゃいけませんね」


そう心に決めたかのように、力強い言葉を聞いて無意識に彼女の握る手に力を込める。


「ア、ポロ……?」

「行くな……」


本音を口にすると、彼女は目を見開かせた。

そして、思っていたことを口にしただけで……ようやくあることに気付いた。


(嗚呼、俺はこんなにも……彼女のことを……)


何事にも真っすぐで、気持ちを偽ることなく家臣から住民たちまで、分け隔てなく接する。

曇りなき姿勢に、暖かな心に、優しき想いに……その全てに、惹かれた。


「俺を置いて行く気か? この俺が、お前を行かせるとでも思っているのか?」

「ど、どうしたんですか? 急にこんな……」

「"どうして"だと? お前は我が妃、遠くへなど行かせるものか」


混乱しているであろう彼女は、目をグルグルと回しているようだ。

そんな表情(カオ)も見せるのか? ますます面白い女だ……


「だって、貴方は私のことなど……なんとも思っていないはずでは……」

「出会った当初はそうだった。だが、今は違う」


全てはこの国のため……力がなければ国を導けない。そう思っていたが……先日、変装をしてまで城下町に行った際に見た景色を目の当たりにして、少しずつ考えを改めていったのだ。

そして、その時に見せた彼女の姿が脳裏から離れない……


「お前に触れたくて……お前の声をずっと、聞きたくて……お前が欲しくてたまらない」

「アポ――」


俺の名を口にしようとする唇を、俺のもので塞ぐ。

愛おしい……いつしか、彼女を前にすると溢れてくる感情が、留まることを知らない。

彼女を愛したくてたまらない。ずっと触れたくて、俺のモノだとその身体に刻みつけたい……他の男の元へなど行かせたくない――

そっと、触れていた唇を放すと……林檎顔負けに真っ赤になる彼女の顔が視界に広がった。


「何故、拒まなかった?」


出会った当初、俺のことを恐れていた筈。なのに……何故?

嫌われてもおかしくないことをしていた筈なのに……


「……拒む理由が、ありません」


真っ赤になる顔はそのままで、嬉しそうに笑いながら彼女はそう口にした。

その言葉だけで、全て理解できる。嗚呼、彼女も俺のことを……愛してくれているのだと。


「アポロの想いに、嘘偽りなどないと分かったから。だから、私もその想いに応えたい……私を愛してくれるなら、お返しに貴方を愛することは当たり前のことでしょう?」

「ッ……」


ずっと、父や兄から恐れられていたこの俺を……お前は愛してくれるというのか……?

孤独(ひとり)で在り続けてきたこの俺に、優しい手をさし伸ばしてくれるのか……?


「アポロ……大好きです」


俺の胸の中に抱きつく小さな存在は、力も弱く俺が抱き締めれば潰れてしまいそうだ。

なのに……その存在に、俺は救われている。彼女の想いに、俺も応えねばならない。


「俺もだ……愛してる」


とめどなく溢れてくる愛おしい感情……その歯止めが利かなくなっていることに驚きながら、俺は時間が許す限り愛しい姫を抱きしめるのだった。
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