Side 姫

「疎遠、ですか?」

「ああ、父からの指示だ」


想いが通じ、恋人同士となった私たちの元へ舞い込んできたのは……彼の父君からの指令。

ここから離れた領土の制圧を命じられたのだ。


「まあ、父や兄の計略だろうな。俺をこの領土から放し、その隙にここを我が物にしようと企んでいるはずだ」

「そんな……」

「ま、領地の制圧など半日もあれば事足りる。あまり長く離れたくはないからな」


その言葉には、"お前の傍をな"という言葉が見え隠れしているような気がして……少しだけ頬に熱が溜まる。

恋人同士となってから、彼が優しくなったように感じる。それは城で働く人たちや城下に住んでる住人たちも同じように感じている筈だ。


「俺が留守の間、城のことを任せてもいいか?」

「も、勿論! 安心してください!」


ここには、心強い兵たちが私たちの力になってくれるのだから……


「よろしく頼むぞ。万が一のことが起きた場合は――」

「無理はしないし、怪我もしない。大丈夫ですよ」


少し心配症では? と思うくらい、彼は私のことを酷く案じてくれる。

そんな優しさも嬉しく思いながら、私は兵たちを連れて城を出ていくアポロを見送った。

いつもは燦々と輝いている太陽が、雲に陰っていて……なんだか少し不安になる。









私の不安が的中するのは、アポロが城を出て暫くしてのことだった。

自室でアポロから借りた本を手にして読んでいると、廊下がやけに騒がしくなってきたことに気付く。

パタン、と本を閉ざし扉を開くと兵たちが慌てふためいて廊下を往来していた。


「どうしましたか?」

「城内に兵が……ッ! ダイア様が侵略を仕掛けてきたようで……!!」


ダイア様……確か、アポロの兄の名前だった筈だ。

わざわざアポロがいない時を狙って、やってきたとでも言うのだろうか?


「どうか落ち着いて、以前私がお伝えしたことは実行してますか?」

「は、はい! 隊長を筆頭に、それぞれの持ち場について応戦しております!」

「ならば、私たちの方が有利です。どれほど敵が多くとも、実力があろうとも、私の指示に従えば大丈夫です。貴方には伝令の任に就かせます、私の指示を先陣で戦う仲間に伝えてください」

「勿論です!!」


予測通りの行動を起こしてくれるアポロの兄上は、私の掌に転がされてるが如く上手いこと混乱してくれてるようだ。

あれが兄とは、アポロもさぞや苦労したに違いない。初めてアポロの父であり国を治める王に会った時のことを思い出す。

家族に対して、あれほど冷たく軽蔑する眼差しを持つ親が世の中に居るなんて……とても信じられなかったものだ。


「姫様! 城内へ侵攻してきた兵たちは取り押さえました! ですが、まだダイア様と少数兵が……」

「それだけ分かれば十分です。残党がいないか警護に当たってください、おそらくダイア様の狙いは――」

「もしや、そなたがトロイメアの姫君かね?」


深々と頭を下げる兵に指示を出そうとした時だ、少数の兵を引き連れた男が私の前に現れた。


「……あなたは?」

「フレアルージュ第一王子ダイア、アポロの兄だよ。姫君、噂に違わぬ可愛らしい方だ」


ニコリと笑うその姿……アポロと同じ髪の色、同じ色の瞳を持った方。彼が兄だというのも頷ける……

だが、彼はアポロとは明らかに違う空気を纏っていた。


「あのような力馬鹿にはもったいない。どうだい? 私の姫にならないか?」

「ん〜、断らせていただきます」

「なに?」


少しだけ考えるそぶりを見せてから、私は堂々と言いのけた。

想定外の答えに、ダイア様は酷く驚いているようだ。


「私の考え出した知略を攻略できない凡愚の元へなど、行きたくはありませんから」

「なん、だと……」

「それに、私が傍に居たいと思う存在は、堂々とした立ち振る舞いをする孤高の王子・アポロ只一人。貴方方のような、恐怖に怯え稚拙な行動しか取れないような奴の元へなど……行くと思っていたのですか?」


馬鹿馬鹿しい……力に怯えて震え上がっているような愚者の元へ、誰が行くと言うのだろうか?

そんなもの……こちらからお断りだ!


「その瞳……あいつそっくりだな。忌々しい……ッ」


彼の瞳から、薄い笑みが消えていくの感じ身構える。

今の私はドレスに似た服を纏っている。いつもの動きやすい服でないのは勿論、愛用の武器も手元にない。

下手な行動を起こし、アポロの心配をかけたくない……!


「お前がどう言おうと関係ない。さあ、一緒に来い」

「ッ!」


一歩ずつ前へと歩みだし、私の腕を強く掴みながら彼は話をする。

私がその言葉に従うはずもなく、抵抗しようと腕に力を入れると……




「やはり、阿呆だな」




私が安心できる、廊下によく響く低い声が耳に入ってきた。
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