Side フロスト&シュニー
招待状を送った王女たちへと、俺は嫌だと思いながらも挨拶をしていく。

本当なら、一分一秒でも名前と離れていたくないというのに……第一王子としての周囲に対する態度を示さなければいけない。

あと少しだ、あと少しすれば……このような私利私欲にまみれた奴らの顔を見なくて済む。

名前との婚約を発表し、彼女と挙式すれば……心穏やかな一時がやってくるに違いない。

嗚呼、早く発表の時が来てくれないものか……

そう思っていた時だ――


―パリィィン!!


そう離れていない場所で、グラスが割れたような音が響いてきた。

根源へと視線を動かすと、俺は目を見開かせた。


(名前……!?)


明らかに顔色が悪い彼女と、黒い靄に包まれている男がニヤニヤさせながら何かを話している姿が見えた。

今にも崩れてしまいそうな俺の女……すぐに駆けつけてやりたいが……


「フロ兄はこのまま挨拶回りを続けてて」

「!」


そう俺に声をかけたのは、シュニーだ。


「アレ、ただ事じゃないだろ。兄さんはまだ挨拶回り済ませていないみたいだし、時間稼ぎするから早く着て」

「ああ、任せたからな」

「うん!」


胸を張る弟たちは、ニカッと笑うと真っ直ぐ名前の元へと走っていった。

俺もこうしてはいられない……


「フロスト様? よろしいのですか?」

「我が弟が向かいましたから、大丈夫でしょう。二人で収集が付かなければ、俺も行こうと思います。ですが、今はこちらを優先させたいので」


建前の言葉を口にして、俺は少しだけ焦りながら残りの挨拶回りを済ませていく。

二人だけで何とかなれば良いのだが……嫌な予感ほど、当たってほしくないものだ。







「名前姉!」


僕がそう叫ぶと、名前姉は震えながら僕たちへと顔を向けてくれた。


「グレイシアさん、シュニー君も……」

「よう、どうかしたのか?」


特に動揺する様子もなく、普段通りに話をするグレ兄に対して名前姉の顔色は一向に悪くなるばかりだ。


「おいおい、俺という男がいながら他の奴らと会話するなよ? 殺してしまおうか」

「はぁ? なに訳わかんないこと言ってるの?」


明らかに様子がおかしい男にムッと唇を尖らせる。


「名前姉、この人だれ? 面識あるみたいだけど、失礼極まりない男だね!」

「フラン、王子……なの」

「え……?」


声を絞り出すようにして出てきた名前に、僕は首をかしげた。

確か、名前姉の過去を聞いた時に耳にした名前だ。炎に包まれて、死んだ筈じゃ……


「亡霊じゃあるまいし、こんなところに居る訳ないだろ?」

「亡霊? この俺を、亡霊とほざいたのか?」


溜め息交じりに話すグレ兄の言葉は、目の前に居る男にばっちり聞こえたみたいだ。

ワナワナと震える男は、周囲を取り巻く靄を膨張させているみたい。


「僕らを騙そうと思わないでよね。名前姉の知り合いは、エルサ姉たちだけなんだ。男の知り合いはクリストフって奴だけなんだぞ!」

「クリストフ? あの氷売りの男か……だが、俺の存在を忘れられては困るんだ。なあ? 殿下?」

「ッッ……」


ダメだ……名前姉の顔色は悪くなるばかりだ。こんな時、傍で支えられるのはフロ兄だけしか居ない。

姉として慕っている僕やグレ兄が支えるには大きすぎるよ……!!


「お前は、彼女の何だ?」


僕らの間に割って入ってきたのは、真っ黒な翼を広げた男だった。


「そういうお前こそ、名前の何だ?」

「別に、同じ会場に居合わせる顔見知り程度の奴だ。会話すらしたことはないが、この空気を放っておくわけにはいかない」

「おいルシアン! 危ねぇって!!」


ルシアンっていうのは、この黒い奴のことを指しているらしい。名前を呼びながら駆け付けた奴も、羽根を背に持っている。ルシアンって奴とは正反対の真っ白い翼だ。


「確かに、この場を放っておくわけにもいきません。事と次第によっては、我が審判の国・アルビトロへと連行します」


金髪の奴がそう言葉を発すると、周囲からピリピリとした空気が充満していく。


「誰がどう見ても、彼女が一番怯えきってるじゃないか。お前は、彼女に害をなしているとみなすが構わないか?」

「害? 何故そう言える? 俺らの仲を知らない第三者が偉そうに……ッ」


震える手は収まることを知らないようで、ただただ名前姉は驚くしかできないでいるようだ。


「あ、の……貴方方は……?」

「俺は審判の国・アルビトロのカミロという。一応王子だ、他の奴らも同じ国に住まう王子だから安心すると良い」

「ホンット、君のような美しい声を持つ女性を怯えさせるだなんて……あの男は罪作りな奴だ。燃やしてしまおうか……」

「え!?」


物騒な言葉をボソリと呟く翡翠色の髪をなびかせる男の声に、僕もグレ兄も目を丸くさせる。

僕らの心中を察したのか、奴は笑いながら「冗談に決まってるだろ」とか言ってるけど、絶対本気で言ったに違いない。


「ダルファー!」

「ハイハイ、分かってるってば」


本気で言ってるのか冗談で言ってるのか、カッとなって叫ぶカミロにダルファーは腕を組んで溜め息を漏らしてるようだ。


「嫌な空気だな……」

「お前もそう感じるか? 実は、俺もだ。スッゲー嫌な負の感情……嫉妬が充満しきっていやがる」


また別の場所から聞こえてきた声に、今度は別の羽を持つ奴が反応した。


「ウェディにグラッド! 君たちも着てたのか!」

「まーな、スノウフィリアの王直々の招待状を受け取ったんだ。罪過の国・ヴォタリアの代表として着て当然だろ。な? グラッド」

「んぐ?」


角を一本だけ生やした緑髪の男は、黙々と食事を口に運んでいる青髪の男にそう言葉を投げている。

食べることに夢中になっている奴は、ゴクンと食事を飲み込むとジドッとした目つきで僕らを見つめてきた。


「ここの料理、誰が作ったの?」

「あ、私が一部……あそこと、あの遠い場所のテーブルに置かれてるオードブルを……」

「そうか、やっぱりな……」

「?」


名前姉の言葉に、グラッドって奴は満足そうに頷いた。


「アンタの料理、俺がいつも食べてるモノと違う味がした。ウェディ曰く、他者を思って作る気持ちが他の奴と比べて大きく入っているからだって言われた。あんな料理が作れるアンタが、誰かに恨まれるようなこと……する奴とは思えない」

「えっと……」

「グラッドは罪過の国の一角・暴食を司る一族の王子なんだ。食べることに関してはとにかく五月蠅い奴でな! そんなグラッドが褒めてるってことは、お前は悪い奴じゃない! むしろあの男が悪者だな」


人差し指を立てて頷く奴……確かウェディとか呼ばれてた男は、僕らを守るように立つ天使の奴らと一緒に前へ並んだ。


「皆さん……初めて会ったばかりなのに、どうして――」

「ん? まあ、初対面な君からすればそう思うのは必然のことだな。実は……」

「君のことは、断片的ではあるが彼らに教えたのさ。記録の部分をね」


また別の場所から声が聞こえてきた……ホンット、僕らの両親は一体どれだけ招待状をばらまいたんだ!?


「私は記録の国・レコルドのロイエと言う。お初にお目にかかるよ、別セカイからやってきた女王様」

「!!」


大きな杖を手にする渋い印象の男がそう言葉を発すると、名前姉は目を見開かせて驚きを隠せないでいるみたい。


「美しき炎の女王様、君は他者に言えないほどの闇を抱えている。とても膨大で、一人で抱えるには限度があるほどのものだ……その一番の根源が彼だって言うのは承知しているし、こうして我らがやってきた。事を大きくはさせないから、安心しなさい」

「ですが……貴方方と関わりを持たない私は、護られる資格なんて……」

「気にすんなって!」


バシッと背中を叩いて着たのは、羽根を生やしたオレンジ髪の男だ。


「一人でずっと頑張ってきたじゃないか! ここでくらい、誰かに護られてなってば」


太陽のような明るい笑顔を向けると、視線をフランへと向ける。そして……


「何故だ……」


奴の周囲が、さっきとは比べ物にならないくらい黒く霧がかかってきた。


「名前を手に入れようとすると、後から後から湧いてくるように邪魔者がやってくる。どれだけ駆除すればお前は俺のモノになる? どれだけ殺せば手に入れることができる!! なあ、教えてくれよ名前女王様よぉ!!」


負の感情が充満しきっているようで、もう奴の姿が見えなくなってしまうくらい黒い煙が周囲を包み始めていく。

このままじゃ、披露宴どころじゃなくなっちゃう……!!


「随分と賑やかにしているな。名前の周りは、人だかりが絶えないものだ」

「!!」


もう支えきれそうにない……そう思っていた時に聞こえてきた声を耳にして、僕は勢いよく振り向いた。

名前姉を後ろから抱き締めるようにしてやってきたのは、僕らにとって誇れる兄で――


「フロ兄!!」

「グレイシア、シュニー。よく耐えてくれた、後は任せておけ」

「うん!」


この場に居なくちゃいけない人物が登場したことで、周囲の空気が一層深みを増していってるような気がするけれど……フロ兄ならなんとかしてくれるって、信じてるよ!!
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