大体の挨拶も一通り終えることができて、ようやく騒ぎへと足を運ぶことができた。
完全に怯えきっている愛しい存在を抱きしめ、そっと落ち着かせるべく彼女の手に指を絡めていく。
「あの男は……」
「フラン、王子……なんだけど……」
「確か、奴は名前の炎で死んだ筈だが……不思議なことがあるものだな」
他のセカイに居る奴が、どうやってこのスノウフィリアへやってきたというのか。亡霊の類であると判断して良さそうだが、異様に現実味を帯びているな……
「私……もう、失いたく、な……ッ」
「大丈夫だ、名前。俺がついているからな」
過去のトラウマにして災厄の根源を目の当たりにしているのだ、気が動転するのも無理ない。なのに、なんとかこの場に立って留まろうと必死になっているのは……俺たちが居ることが、大きな理由の一つと言えそうだ。
「名前、後は俺に任せてくれ。いいな?」
「ッ!! でも、でも……!!」
「俺の強さの根源は、いつだって名前にある。お前が傍に居てくれさえすれば問題ない、安心してくれ」
彼女を撫で、抱きしめる力を込めていく。
少しだけだが、震えも消え荒かった呼吸も落ち着いていったようだ。
「行ってくる、ここで待っていてくれ」
「…………はい」
胸元で手を組んで頷く名前を見つめ、そっと彼女から離れた。
人波をかき分けて奴の前に立つと、奴は怒りや嫉妬など、多くの感情が入り乱れている瞳を俺に向けてくる。
「それほどまでに俺が羨ましいか? 信じられないものを見るような目で俺を見て……何を思う?」
「名前は俺のモノだ! 何故、お前のような奴が触れていられるのだ!! どれだけ彼女に愛を囁く手紙を送ってもありとあらゆる手を使って俺だけを頼ってくれるように算段を組んでも……一向に見向きもしなかったのに!! 他のどの男よりも俺が一番愛しているのだ!! なのに、何故受け入れてくれない!!」
「愛が強ければ強いほど、受けている本人からすれば重荷以外の何物でもない」
俺がそう言葉を口にすると、荒く叫ぶように言葉を発していた奴は、動きを止める。
「名前にとって、お前から痛いほど受けている"愛"は邪魔でしかない。鬱陶しいとさえ思ったに違いないだろう……だが、俺もお前と同じように彼女を一人の女として愛する男でもある。俺の与える愛を、彼女は受け入れた。何故だかわかるか?」
息が、段々と荒くなっていく。フランの纏う空気が一層張りつめていくのを感じながら、俺は言葉を続けていった。
「俺は、彼女と同じ目線で景色を見たいと思ったのだ。優秀な高貴で自慢ある雪の国の第一王子、など肩書きを受けているこの俺を、彼女は一人の男として接してくれた。身分など、誰かが勝手につけた飾りでしかないことを、教えてくれたのだ。それがきっかけで彼女に惹かれた、王子としてではない俺を知ってくれた……"ありのままの俺"を、愛してくれたのだ」
「そ、んな……バ、カ――な……」
「彼女の愛は暖かく、周囲を虜にして止まない。城下の民も、彼女の優しさに触れて受け入れてくれてる者が増えていっているのも事実だ。そんな彼女は、そっと抱きしめてくれる優しさを持つ名前という一人の女は……俺を愛していると言ってくれた。その想いに、俺が"愛"という形で返すのに何処かおかしなところがあるのか? お互いの想いが強すぎて、結婚という一つの終着点が見え、それを形にしようと思いこのような場を設けたというのに……お前のおかげで大幅に時間を押す形となってしまった……」
ハァと盛大に息を吐くと、周囲から動揺している声がチラホラと聞こえてきた。
「フ、フロスト様……もしや、この集りの目的とは……ッ」
わなわな震えながら話すフール王女の言葉で、誰もが察したに違いない。
「いい加減、終止符を打ちたいと思ったのだ。俺の縁談も後を絶たん、心に決めている奴が居ると公表してしまえば変に貢物を送ってくる奴らは減ってくるだろう?」
ニヤリと笑う俺に、フール王女は膝をつき言葉を失っているようだ。別の場所では気を失うようにして倒れる王女がいるようで、周囲からどよめく声が聞こえてくる。
「貴方になら、任せられよう……!!」
そんな中、黒フードを被る男が、フラフラとした足取りで俺の元へとやってきた。ゆっくりと杖を突きながら、片手を俺へと伸ばしていく。
確か奴は、エルサが連れてきた客人だ。
「貴方のような、分け隔てなく民と名前様に接する王子を……ずっと、待っておりました……」
「お前は……?」
「ほっほっほ、警戒するのも無理ありませんな。こんな老いぼれなど、名乗るには少々抵抗が……強いて言えば――」
そう話すと同時に、彼はずっと被っていたフードを脱いだ。
しわくちゃな顔に白髪を整えているその姿を見て、最初に反応したのは……名前だった。
「スルト城内では、じいや、と呼ばれ親しまれておりました」
「じい、や……なの? 本当に……?」
じいや……確か、名前を幼少の頃から知っている数少ない親しい間柄にある使用人の一人だ。
「あの辛い悲劇から数年……随分とお美しくなられた。さらに美しさに磨きがかかっているようですな、先代の后様もお話しされたでしょう? 恋をすると――」
「女は、愛した男の為に綺麗に美しくなる。だから、素敵な恋を、しなさいって……ッ」
「そうです、しっかり覚えておいででしたな。名前様らしい」
笑いながら泣く名前へと手を伸ばし、背中をさすっていく。
彼女にとって身内同然の人物が目の前に現れたことに、俺も少なからず驚きを隠せないでいた。
「私が今、この場に立っていられること。その大きな理由の一つは、名前様の持つ炎が関係しております」
「私の……?」
「先代の王……名前様のご両親が持つ炎には、特殊な力が備わっていたのですよ。このお話をする前に離れ離れになってしまい、心苦しく思いましたが……今、ようやく話すことができます」
炎は、能力者の持つ心に大きく影響されるそうだ。
名前の父は寛大で、裏切りを許さない人物だった。故に、その人物の持つ炎は"憤怒の炎"と称し、対象のモノを跡形もなく燃やしてしまう程の威力が備わっていたそうだ。
名前の母は仁愛に満ち、他者を愛する心を持つ人物だった。故に、その人物の持つ炎は"癒しの炎"と称し、対象のモノの傷を癒し、未来へ歩む希望を齎す能力が備わっていたそうだ。
「ご両親の炎の加護を受けている名前様だ、激昂して放った"憤怒の炎"で周囲を焼き尽くし、"癒しの炎"によって虫の息だった者の命を繋ぎ止めた。現に、このじいや、背後から剣を一突きされたことで死んでもおかしくない状況でしたが、名前様の炎で救われたのです。本当に、貴女様には感謝しきれないのです……!」
「なら、どうしてあの時……私の前に着てくれなかったの? 生きているなら、教えてくれれば……!」
「あの時の生存者は、私と……味方の兵を楯にして生きながらえたフラン王子だけだった。大惨事の後、行方をくらませたフラン王子の消息を、私はずっと追っていたのです。いつ何時、名前様の前に奴が現れたらと思うと気が気でなかった……。だから、私の生存は内密にすることにしたのです。アレンデール城の王様と后様、そしてエルサ女王様は私のことを存じておりましたとも」
「エルサが……?」
そう言葉を口にする名前は、目線を横へと向けた。その先に立っていたのは、席をはずしていたアナとエルサだ。
「あら、もうバラしてしまったの? サプライズと思って連れてきたというのに……」
「フラン王子が殿下に刃を向けようとしてたので、思わず……」
「私たちの後を追ってきたのね。こうなることが目に見えていたというのに、ホンット馬鹿な男」
ハッと呆れたような息を漏らすエルサは、早足で名前の元へ近づきながら――
「これ以上騒ぎが起きちゃ元も子もないわよね」
「んなッッ!!」
短く呪文を唱え、彼女の指から放たれた魔法はフランの周りを囲むように氷を生みだし……彼の見動きを取れなくした。
突然のことで、当然彼は驚くものの身動きがとれないから何もすることができない。
「己に慢心した結果よ、そこで名前が倖せを手にする瞬間を眺めていることね」
「く、くそぉ……ッ」
腰に手を当ててフンッと鼻息を荒くすると、エルサはそっと名前の手を取った。
「さあ、名前。過去の脅威はここで断つのよ! そして、新しい未来を歩みなさい」
「エルサ……」
幼少の頃から、ずっと支えてくれた友の言葉……
「あのお方ならば、名前様を大切にしてくれます。倖せな一歩を、踏み出してくださいませ」
親同然とも言える時を過ごしてきた老執事の言葉……
「君みたいな人は、泣いてばかりいてはだめだ。笑った方が良い」
「うん。僕もそう思うよ! こうしてルシアンと会話できるきっかけを作ってくれたこと、個人的に感謝してるしね」
「え……?」
金髪の男の言葉に首をかしげる名前は、黒髪の男と交互に見つめ……ポンと手を叩いた。
「もしかして、ご兄弟だったりしますか?」
「! 分かるものなのか……?」
「顔が似てますし、双子なのかなと……思って……」
「驚いた、そこまで言われるなんて思わなかったよ! あ、僕はミカエラと言います。諸事情で兄と上手く話す機会を持てなくて……そんな中、披露宴の話を耳にしてね。友に連れられてきたんだ」
恐らく、その友というのがオレンジ髪の奴のことを指していると思って間違いないだろう。
「きっかけはどうであれ、お兄さんと話す機会を作ることができて……良かったと思います。おそらくお二人の仲は、私では理解できない部分ですれ違いと遠慮で距離を置いているのではないでしょうか?」
「「!!」」
「私たちは言葉を発し、理解し、歩み寄ることができる存在(ヒト)です。だから、この機会を生かしていただけたらと思ってます」
事情は分からない……だが、名前の言葉に二人は目を見開き固まっているようだな。
「今すぐは無理だが……そうだな、少しずつ会話をする機会を設けようと思う」
「ルシアン……!」
「アディエルの話によると、また部屋を散乱させてるようだしな? 掃除の手伝いと称して行ってやらんでもない」
「え゛……」
タラリと冷や汗を流すミカエラは、ルシアンという兄に頭が上がらないようで……双子のやり取りで、周囲から笑いに似た声が広がる。
「あの男のことは安心しろ! 俺の管轄下にある監獄に入れてやるからな!」
「ヴォタリアの監獄は、ちょっとやそっとじゃ脱獄できない。ここまで来ることは不可能だから、安心して良い」
ニカッと笑うウェディに、もごもごと食べる手を止めないグラッドが続く。
「今ここで、新たな記録の1ページを目の当たりにできるのだ。倖せを掴む瞬間を、我々に見せてくれ」
記録の国の代表として参列しているからか、ロイエの言葉に名前は少し緊張気味に頷いているようだ。
そして、彼女は俺へと……視線を動かした。
「名前、こっちだ」
「え……?」
彼女の手を取り、導くように引きながら歩き出す。
目指す先は部屋の奥にある……玉座の椅子が置かれてる場所だ。
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