※連載番外編。本編の狭間で起こった、とあるクリスマスの物語。
季節は、だんだんと冬に近づいてきた。
空を見上げる私の口からは、白くなった息が出てきては消えていく。
今、私はフロストさんと共に城下へ降りて民の声に耳を傾けていた。彼と行動を共にしていた当初は、不審な眼差しを多く受けていて変に緊張していたけれど……今はフロストさんの助言もあり、親身に住んでいる方達一人一人の話を聞く私に歩み寄ってくれる人が多くなった。
「こんにちは、だんだん寒くなってきましたが体調などいかがですか?」
「若いモンに遅れはとらんわい! この通り、ピンピンしておるぞ?」
ニカッと笑う老人は、杖を使わずに歩く姿を自慢するように話してくる。
それがなんだか誇らしく、ニコリと私も微笑んだ。
「ですが、お身体に負担をかけてはいけません。暖かくして、過度な運動は控えてくださいね」
「分かっとるわい!」
ガハハと笑う彼は、本当に元気が取り柄だと言われてもおかしくない人柄を私に見せてくれる。
なんだか元気をもらっている気分になっていると……
「なに、また来たの?」
話をしている私の後ろで、トゲのある声が聞こえてきた。
振り返ると、そこには腕を組んでいる私と同じくらいの年頃の女性が三人立っている。
「皆の様子を見に来るのも、私の務めですから」
「フロスト様に媚を売って近づいただけのくせに、私たちの気を引こうと必死になっちゃって……」
「私たちは騙されないんだから!」
容姿端麗で、何事にも完璧にこなすフロストさんは、彼女たちにとって憧れの対象みたいだ。
彼と結婚したいという欲望がむき出しになっているのが手に取るように分かってしまい、なんだか寂しい気持ちになる。
私は、媚を売ったつもりもなければ近づく気もなかったのに……気づいたら、彼に捕われてしまったというのに……
(そんなことを言ったら、更に厄介なことになりそうだ)
どう答えればいいのか分からず……黙ってしまう私の前へと、先程の老人が前へ出てきた。
「バッカモーン! お前達と名前さんを同じ天秤にかけるでないわ!! この方に失礼じゃろ!!」
「はぁ!? 年寄りは黙っててくれない?」
どうやら、彼女たちの声はよく響くようで周囲に居る人たちが「どうしたんだ?」と言いながら集まってきた。
「皆も騙されちゃって、ホンット可哀そうに」
「フロスト様の地位や名誉が目当ての女なんて山ほどいるわ、アンタはその中の一人にすぎないんでしょ?」
「違……そんなこと……ッ」
私は大きく首を振って否定の言葉を口にする。こんな自信を持つことに抵抗ある一国を束ねてた元女王に、彼は手をさし伸ばしてくれた。
地位や名誉なんて関係ない、私はフロストという一人の男性によって導かれたようなものだから。
彼の内に秘めた優しさに惹かれたのに、他の人たちと同じだと決めつけないでほしい。生半可な気持ちで彼を好きになったわけじゃないのだから……!
「おねーちゃんにあやまれ!!」
小さく震える手を隠そうと必死になっていると、少年の叫ぶ声が聞こえてきた。
「おねーちゃんはいいひとだ! ぼくらのこと、かんがえてくれてるもん! ほかのひととちがうもん!!」
十歳前後であろう子供は、私の前に立って両手を広げて叫んでくれている。
まるで、彼女たちから私を守るように……
「そうね、婚約者候補って言われている近隣に住んでる王女様とは違うわ。私利私欲のためじゃない、私たちの為に動いてくれてるフロスト様の力になろうと必死になっているもの」
「私たちのような一般の人であろうが、何処かの王女様であろうが、名前さんのような方を傍に置くフロスト様は間違っていない。この人は素晴らしい人よ! 貴女達と同じ思考回路を持っていると思ったら大間違いじゃないかしら?」
「んなッ……!」
嗚呼、分かってくれているんだ。何処から来たのかも分からない私を、フロストさんが肌身離さず一緒に動いていることを知っているこの人たちは……理解してくれている。
フロストさんのことを誇りある王子だと思っているからこそ、私のような人間を理解しようと歩み寄ってくれているんだ。
本当に、皆さんには頭が上がらない……
「私は、貴女達と同じ何処にでも居る普通の女です」
ポツリと、そう呟く私の声は静まりかえったこの空間によく響いた。
「私一人の力では、貴女たちの主張に対抗できるモノを持っていない。出身地が分からない、得体の知れない奴だと思われてもおかしくありません。こんな私は……フロストさんに支えられないと何もできない人間(ヒト)です。なのに、彼以外にもこんなに多くの人が支えてくれている。だから、どんなに否定的な……批判的な、罵倒な言葉であっても、私はそれを聞く義務がある。この国を何処よりも住みやすい場所にする為に、そしてこんな私を支えてくださる方々が居るのだから」
彼と共に歩むと決めた私にとって、この国を愛していきたい……護っていきたいと願う気持ちは強くなるばかりだ。
「かなり賑やかにしているようだな、名前」
「!」
ふわりと後ろから抱き締めてくる逞しい腕が視界に入るのと、優しい声が頭上から聞こえてきたのは、ほとんど同時だった。
声の主は、誰に言われなくてもすぐに分かる。
「すみません、少々込み入った話をしてしまって……次の仕事に支障が出てしまいますか? フロストさん」
「いや、このあとは用事を入れていない。じっくりと、お前を堪能しようと思っているが?」
「ッ……」
最後の言葉は、私にしか聞こえないくらい小さな声で耳元に囁いた。
唇を愛おしげになでる指に反応すると、満足そうな笑い声が聞こえてくる。
「さあ、そろそろ城へ戻ろう。今日は雪が降ってもおかしくない、お前たちも早く家へ帰った方が良い」
「そうですね、では……」
「次はいつ来られますか?」
「また近いうちに、名前と共に来よう」
短い会話を住民の方々と交わすと、皆さんはそそくさと早足でこの場から去っていった。
暫くすると、この場に残ったのは私とフロストさんと彼女たちだけとなってしまったようだ。
「お前たちに、これだけは言っておこう」
そう言葉を口にするフロストさんは、頬を撫でている手を動かして少しだけ私の頭を横に傾けた。
「?」
訳が分からず頭上に疑問符を浮かべていると……
―ペロッ
「ひゃ……ッ!」
首筋から感じる感触に小さな悲鳴を上げる。彼の顔が首元にあることにすぐ気付くと、私の顔は今まで以上に真っ赤になった。
「フ、フロスト様……!?」
「この女は、俺が本気で惚れ込み口説き落とした存在。私利私欲でなく、俺のことを純粋に想っている人柄に惹かれたのだ。くだらない目的の女など、傍に置く価値もない。俺は今でも、彼女にもっと惚れ込んで欲しくて仕方がない……彼女からの愛しか、俺は望まん」
「ッッ……」
「今回ばかりは大目に見よう。だが……また彼女を侮辱するような言葉を口にするならば、その時は覚悟しておけ」
「〜〜〜〜ッッ」
声にならない声を口にする彼女たちは、顔を真っ青にさせながらこの場から走り去っていく。
小さくなっていく背中を見つめながら、私は先程感じた恐怖の震えとは違う別の震えを抑えるのに必死になっていた。
(ひ、人前で、こんな……公開羞恥プレイを……!!)
恥ずかしすぎて、穴があったら入りたい衝動に駆られる。
大混乱を起こしている私のことに気付かないフロストさんは、少しだけ間を開けると……
「んッ……」
首元に小さな痺れを感じて、私は声を漏らす。ゆっくりと離れていく気配を感じてホッと胸を撫で下ろした。
「さて、そろそろ戻るとしよう。歩けるか?」
「な、なんとか……」
「そうか」
頭から湯気が出てきてしまいそうな状態になっている私は、少しだけ足元がおぼつかないようでフラフラする。
フロストさんに支えてもらいながら、私はなんとか城へと戻っていくのだった。
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