城へと戻り、お互いに着替えるべく各々の部屋へと向かった。
「少々、大人気なかったか……」
自室に入り、俺はそう言葉を漏らした。
彼女が女子の集団から罵倒されている声は、俺の耳にも届いていた。すぐに助けに行きたかったが、住人たちが彼女を守ろうと言葉を紡いでいることに驚いたものだ。
嗚呼、彼女は俺だけでなく民の心も確実に掴んでいる。彼女が俺のパートナーになってくれれば、誰もが安心してくれるだろう。それだけ分かっただけでも良い収穫だ。
上機嫌になる俺は、羽織っていたコートをハンガーにかけた。そして普段着に着替えるべくシャツのボタンに手を伸ばしていると……
―バターン!!
勢いよく扉が開かれ、俺は目を丸くさせた。
「フ、フロストさん!!」
「ほう? 着替え中の俺の元へやってくるとは、そんなに会いたかったのか?」
「へ? あ、ご、ごめんなさい!!」
首元を押さえながら走ってきた彼女は、息が上がっており顔が先ほどと同じくらい赤くなっていた。
「で? 名前にしては珍しく慌ててるようだな、どうかしたのか?」
「ッ! こ、こんなことしておいて……白々しいです!!」
恥ずかしそうに首元を押さえている手をどけた。そこにあるのは、白い肌に小さな華が咲いたかのように残る赤い痕。
どうやら自室に置いてある鏡でも見て気付いたのだろうな。俺の、独占欲にまみれた痕を――
「恥ずかしがることでもあるまい」
「な、何を言って……!」
「お前は俺のモノだと、誰が見ても分かるモノを刻んで何がいけないというのだ? お前の身体に、その痕をたくさん刻みつけたいと常日頃から想う俺の心境など……名前は知らないだろう」
想いは通じ合えたというのに、それだけでは満たされないのだ。もっと、確かな形が欲しい。誰が見ても俺の女なのだと分かるような証を、彼女の体に刻みつけたい。
(やはり、孕ませた方が一番手っ取り早いか……)
とんでもない決断を下しそうになっていることを本能的に察してか、名前は慌てながら俺の元へと歩み寄ってきた。
「こんな高い場所……服で隠せません……!!」
「隠す必要が何処にある?」
「も、もっと別の形で……繋がりを表現しても、良いじゃないですか!!」
別の形で? やはり孕ませるべきか……
行きつく結論が変わらないだろうと思っていると、両手を胸元で組んだ彼女はポツリと呟いた。
「私、指輪に憧れてるんです」
「指輪?」
「左手の中指につける、大好きな人とお揃いの指輪です。亡くなった両親も、最期まで指輪を肌身離さず持っていたと聞いてます。だから、大好きな人と同じ指輪を持つのが一つの憧れだったんですよ」
こんな自分が、誰かを愛することができたことに驚いているから。と言葉を続ける彼女は、一人の男に恋をする女の顔になっていた。
指輪か……形として手元に置きたいという彼女の気持ちは分からなくもない。しかも左手の中指とはな……
「俺は、中指だけで満足できん」
「え……?」
「こっちの指にも、指輪を嵌めてやりたい」
そっと手を握り、薬指へとキスを落とす。それが何を意味しているのか分かってか、名前は目を見開かせた。
「名前が俺の妻になるのは決定事項だ。婚約指輪だけでなく、結婚指輪も用意させよう」
「な、んだか……贅沢過ぎます」
「俺が欲しいと思ったんだ、気にするな」
握る彼女の手を、露になっている俺の胸元へと触れさせるとボフンッ! と音を立ててもおかしくないくらい顔を真っ赤にした。
「まあ、俺だけが痕を残すのは割に合わん。名前も、残してくれるな?」
「え、あ、へ……!?」
「ここに、俺はお前のモノだという証の痕だ。できるな?」
ジリ、と近づけば後ずさりする名前だが、壁に追い込めば本気で困り果ててる表情を浮かべた。
「で、でも……!!」
「できないとでも言うつもりか?」
「〜〜〜〜!!」
恥ずかしさの頂点に達したのか、ギュッと瞳を閉ざすと名前は俺の胸元へと顔を近づけた。
唇の柔らかい感触を感じたかと思えば、チリッと小さな痛みが走っていく。そしてそっと離れると、彼女は視線を下に向けていた。
「は、初めてなので……下手だったら、すみません」
「いや、十分だ」
不器用ながらも、しっかりと痕は残ったに違いない。痛みを感じた場所を撫でながら、優越感に浸る。
そして俺は、少しだけ彼女から離れると洋服棚からあるものを取り出した。
「そんなに恥ずかしいならば、これでも身につけておけ。名前に贈ろう」
「え、これって……」
俺が手にしたもの……それは、女モノのスカーフだ。驚きと困惑が入り混じっている様子の彼女に、言葉を続ける。
「まだ名前と出逢う前、公務で出かけた先にあった洋服店で一目惚れした一品だ。いつか、本気で好きになった女に贈りたいと思っていた物でもある。名前に受け取ってほしい」
「あ、ありがとう、ございます……」
ふわ、と彼女の首元に身に付けさせる。痕を隠すには十分な大きさで、名前はホッと息を漏らした。
「とても上等な代物みたいですね」
「太陽と月をモチーフに描かれている一級品だ。シンプルかつ上品なモノだからな、大切にしてくれ」
「……はい!」
嬉しそうに笑う彼女は「外で待ってますね」とだけ言うと、慌てながら俺の部屋を後にした。
「……嗚呼、そう言えば着替えてる最中だったか」
自身の置かれてる状況に、今更ながら気付いた俺は普段着へと手を伸ばしていった。
早く着替え、彼女に触れたいと思いながら……
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