Side 名前

フレアルージュへは、馬車で向かうことになった。

内々で静かに祝うという形をとることになっているようで、あまり高価な服を着てくるなと釘を刺されたらしい。

私やエルサたちは、別世界から来たこともあって持っている服なんてたかが知れている……

そのことは、フロストさんは重々承知のようだ。


「だ、ダメです!!」


さて、出発まであと数時間と迫ってきました。

すぐにでも城門前へ行きエルサたちと合流しないといけない。それなのに、私は行くことができないでいた。何故なら……


「断る意味が分からん。そんなに不服なのか?」

「いいえ、フロストさんが選んでくださったものはどれも素敵な代物ばかりです。ですが! これだけは……!!」


不思議そうに首をかしげるフロストさんの手には、私に似合うだろうという言葉付きで差し出してくれた服がある。

膝下まであるスカートで、色も黄色と明るい配色のものだ。だけど、上に着る服へと視線を動かして……


「なんで胸元がそんなに開いてるんですか! 背中も!!」

「お前のことを思って選んだというのに……それほどまでに恥ずかしがるとはな」

「当り前です!! ひ、人前であまり肌を見せるような服は着たことがなくってですね……!!」


エロいの一言で片づけられそうな服を突き付けられ、私はカタカタと震えていた。

恥ずかしすぎて、今すぐ穴があったら入りたい衝動に駆られる。


「……致し方あるまい。ならば、あの服で我慢してやろう」

「我慢って何ですか!!」


あの服、と言いながら指差しているものは……純白のロングワンピース。青い雪の結晶が散りばめられていて、とても綺麗な服だ。

エルサが似合いそうだな、と思っているんだけれど……フロストさんは私にあの服を着てほしいらしい。

せ、せっかく用意してくれたんだもんね……これ以上我儘は言えない。


「で、では……この服に着替えさせていただきます。なので、部屋から出ていただいて良いでしょうか……?」

「…………」


ここで渋る理由を教えてほしいんですけど……!!

部屋から追い出すようにフロストさんの背中を押して廊下へと出す。そしてバタンと扉を閉めてから、私はズルズルとこの場に崩れるようにして座り込んだ。


「いったい、どうして……」


このスノウフィリアに滞在するようになってから早数日、日に日に彼から触れてくる回数が増えていってるのは誰に言われなくてもすぐに気付いた。

スキンシップだろうと思っていたのに、触れ方に違和感を感じるようになって……


(まるで、割物を大切に扱うような……優しい手つきだった)


こんなこと、今まで一度も体験したことがない。本当に、心臓がいくらあっても足りないよ……!!

カァァと真っ赤になる私だけれど、人を待たせていることを思い出し慌てながら指定された服へと手を通すのだった。







大切な人は、これ以上増やしちゃいけない。

エルサがいて、アナもいて、クリストフにオラフにスヴェン……私のことを心配してくれたり相談に乗ってくれたりする友達が、これだけ多くいるのだ。

大切なものは、これ以上増やしては……失った時に受ける傷が大きく計り知れない事を痛いほど知っている。だから、彼女たちで充分。他には何もいらない――

そう、思っていたんだけどな……


「遅い」

「ご、ごめんなさい……!」

「まあ良い、早く行くぞ」


廊下で待ってくれたフロストさんは、私へ優しく手をさし伸ばしてくる。私も釣られるように、手を伸ばしてそっと握る。

腕を引かれる中、彼の大きな背中を見て瞳を閉ざした。

大切な人は、これ以上作りたくない。でも……やっぱり、私が思う以上に大切な人が出来てしまった。

優しい手に身を委ね、貴方の傍にいたいだなんて……居候の身なのに、これ以上迷惑はかけられないのに……


(これが"好き"という気持ちかは分からないけど、出来るなら……これからも貴方の傍に居たい……この先もずっと)


言葉にすることのない想いを胸に秘め、メイドさんたちに「いってらっしゃいませ」と見送られながら城の扉を開いた。

城門前には馬車が用意されており、その前では眉間に皺を寄せているエルサ達がいる。


「ど、どうしたの?」

「ああー! 名前、おっそーい!!」

「待ちくたびれちゃったよー!」


プリプリと怒るアナとオラフに「ごめんね」と返事すると、私は視線をエルサへと向ける。


「あのね、この馬車六人乗りらしいの。私たち全員じゃ無理だと思って……」

「スヴェンも連れていければ、ソリを使って運ぶこともできるけど……えっと、フレアルージュ、だっけか? そこって夏みたいな気候らしいから、スヴェンは留守番させようと思っててさ……」


チラリと視線を動かすと、城門近くで不機嫌そうに顔を地面につけているスヴェンがいた。

仕方ないよ、クリストフの配慮のことを思えば従うしかないよね。

ちなみに、今回はフロストさん・グレイシアさん・シュニー君・エルサ・アナ・オラフ・クリストフ・私の、合計八名で向かうことになっている。

確かに、どう考えても六人乗りの馬車には全員乗ることはできそうにない。


「どうするの? もう一台、手配とか……」

「それがさ、用意できた馬車はこれだけなんだ。フレアルージュまで結構な距離があるし、歩いたり馬に乗っていくとか考えない方がいいよ」


ピッ! と人差し指を立てて話すシュニー君に、私は更に困り果てる。

一体どうしよう……


「何を心配する必要がある。皆乗れるだろう?」


私の不安など気付いてない様子のフロストさんは、そう言いのけるとチラリと私へと視線を向ける。

ほんの一瞬のことだったけれど、その視線を受けた私は……何故か嫌な予感を察知してしまうのだった……
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