「景気をつけるために、火計などはどうでしょう?」
ニコリと笑う妃の言葉に、俺だけでなく周囲にいた民も目を見開かせていた。
「城を焼くわけではなく、周囲から火の手が上がれば敵は慌てること間違いなしです。城内にいるアポロの兵たちも、火計の準備をしてくれてるはずですし……」
なにより、ヒトは自然災害にめっぽう弱いのだそうだ。
火事・洪水・竜巻……他にも色々例として挙げることは可能だが……
「街の人々で私兵を組んで、城へと突入する。それに加えて火の手があれば、敵は大混乱するでしょうね。はてさて……どれだけの兵が混乱し。路頭に迷うのだろうか……」
クツクツと笑う彼女は、以前城下に言った際に着てた服に身を包んでいた。
暴れるにはこの服装があっている、らしい。そして、手にしているのは見慣れない扇だ。
紫と黒の羽を折り重なるようにして作られている代物は、父から譲り受けたものだと語ってくれた。
「さて……アポロの父と兄が、どれほどの凡愚と成り下がってしまったか……見極める必要がありそうですね」
誰かに言うわけでもなく、そうポツリと呟いたその言葉は風によってかき消されていった。
瞳を閉ざしたかと思えば、意を決したとさえ捉えられる強い眼差しへと変え扇を前へと掲げる。
「いきましょう! 民のため、城のため……そしてこの領土の為に」
全ては、その先に待つ未来のために……
皆が一致団結したこの時に、城へと乗り込む作戦を執行した。
民を集め私兵を組み、城へ乗り込むことを提案したのは俺だった。
剣を持ち、盾を構え、攻撃態勢に入っているように見せかければ良い。敵を威嚇するには、十分な人数が居るからな。
そして城内へ乗り込むのは、最初は俺だけでよかった。だが、彼女はニコリと笑いながら同行すると言いだしたのはつい先ほどのこと。
本当は着てほしくなかった……だが、言っても言うことをきかないのは共に生活をする上で重々分りきってたことだ。
それに、無理をしてこの場に残したところで行動を起こして俺の心配ごとを増やすのが得意な姫だから、一緒に行動することで心配事が減ると思えば安いものだ。
「乗り込むぞ!!」
「「おおーー!!」」
出陣の掛け声とともに火柱を上げると、城の周囲からも強く燃え上がる炎が見えてきた。
恐らく俺の火柱を合図に、周囲に待機させていた兵が火を放ったのだろう。
「決して俺から離れるな!」
「はい!」
炎に包まれながら、俺たちは城内へと入っていく。
待ち構えていた敵兵が武器を構えるが、こちらに向かってくる前に姫によって全てなぎ倒されていった。
彼女の持つ扇は、一回振りかざすと渦を巻いて敵へと真っ直ぐ飛んでいく。小さな竜巻を、彼女が操っているよだ……
父から譲り受けた扇に、何かしら仕掛けでも施されているのだろう……そう思いながら、俺たちは城の奥へと進んでいった。
「だ、誰か! どうにかしろ!!」
「駄目だ……この炎のうえに、敵兵も多い!」
「おい、裏切り者の挙兵が後を絶たないぞ! 増援はまだか!!」
走り行く最中に聞こえてくる声を耳に、俺は自然と口元に笑みを浮かべた。
どんなに小さな力だろうが、俺が少しだけ手を貸すだけで兄たちの兵をひるませるには十分だ。
それがなんだか誇らしく、民の力に支えられていることを再認識させられる。
すると、横から伸びてくる手に俺は気付いた。
「顔色が悪いです……これ以上力を使ったら……」
「大丈夫だ」
俺の胸へと伸ばされた小さな手を掴み、優しく声をかけた。
「奥へ進むぞ」
「う、うん」
不安な表情は崩れることがないまま、彼女と共にやってきた場所は……大広間だった。
扉を開くと、そこには父と兄が待ち構えている。
「……まだそのように力が残っていたとはな」
悔しそうな父の声が、広間に響く。
「本当に……ここ最近の疎遠や、やたらめったら力を使うせいで弱ってるかと思ってたのにねぇ」
「……覚悟は、できてるのだろうな」
俺たちを守るようにして生み出した炎は、形を変えて龍のような形を模した。
今にでも襲い掛かりそうな龍に、父の顔色がさらに悪くなっているようだ。
「ま、まて! いいのか? お前の心臓の楔は、私しか抜けないのだぞ?」
「…………」
「そ、そうそう! お父様がいないと、アポロはいつか力に蝕まれて死んでしまうかも……」
何を言い出すのかと思えば、俺の楔だと? 恐れをなして打ちつけた奴が……命欲しさにソレを振りかざすか。
呆れて物も言えん……たとえ楔が消えなくとも、俺は――
そう思った時だ。
「こんの、馬鹿めがッ!!」
「「ッッ!!?」」
怒りが頂点に達したであろう彼女の声が、響いていった。
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