羽根の生えた人達との出逢い
「ゼクシオン!」

「名前じゃないですか、おはようございます」

「おはよう!」


翌日、割り当てられている部屋で身支度を整えると、食堂近くでゼクシオンに会った。

機関に所属しているメンバーの中で、比較的友好に話が出来る彼からはよく本を借りている。


「この前借りた本、もう読み終わったから返すね」

「もうですか? 相変わらず読むスピードが早いですね」

「だって、ゼクシオンから借りる本はどれも面白いものばかりで……」


そう話をしながら席に座ると、別の場所から人影が現れた。


「ならば、私の作ったこの資料にも目を通してもらえないだろうか?」

「!!」


ぬっと亡霊のように現れたのは、ヴィクセン。機関の中で古参と呼ばれる人たちのうちの一人だ。

所属している皆にはそれぞれ入った順番にナンバーが振られているらしく、ゼクシオンはナンバー6、ヴィクセンはナンバー4である。私はと言えば、ナンバーは振られていない。ま、気付いたら入っていたようなものだから番号を振る以前の問題だ。


「相変わらず不健康な顔ね……もしかして、寝てないんじゃないの?」

「おお、良く分かったな。心についての研究は留まる所を知らない、調べれば調べるだけ疑問が出てくるのだ」


研究者であるが故の探究は、彼を熱く燃え上がらせているようだ。

私たち機関は、一つの大きな目標を掲げていてそれに向かって任務についていた。その目的と言うのは、視界に入る窓から見えるハートの形をした月と大きく関係している。

私たち機関は、ノーバディと呼ばれる存在で……"完全な存在"を夢見ているのだ。完全な存在とは、何を意味しているのか? それは、ハートの形をした月が物語っている。

あの月は、キングダムハーツと呼ばれるものだ。"大いなる心の集合体"でもあるキングダムハーツ、王国の心・心の集合体・大いなる力の源・知識の宝庫……他にも言われがあるらしい。

キングダムハーツにもいくつか種類があり、窓から見えるキングダムハーツは"人の心"を媒介として作っているものだ。あれと一体化して、完全な存在となることが私たち機関の目的であり、夢でもある。

人間になれば、心を持てば……抜け殻じゃない、本当の"私"になることができる。私はそう、信じているんだ。

心については、研究をする人が必要でそれを担っているのがヴィクセンやゼクシオンと言った研究を専門とした機関員だ。彼らの研究と、任務として外へと出る際に出くわすハートレスの討伐……それらが順調に進んでいけば、人の心のキングダムハーツを完成させることができる。そう、リーダーであるゼムナスから聞いたことがある。

さて、今日は何処のセカイに飛ばされるのだろう……そう思いながら、心について討論する二人の話に耳を傾けるのだった。







「名前、今回は俺と共にアンキュラへ行くぞ」

「分かった」


大体皆の任務を伝え終えたサイクスは、私にそう短く話した。

各々新しいワールドから定期的に行かなきゃいけないワールドまで、様々な任務が言い渡されていった。


「あそこは人の往来が激しいらしい、ハートレスらしき生き物からの被害報告があるくらいだ。ハートレスの影響か、はたまた別の存在の可能性か……詳しく調べる必要がある。お前は俺の補佐だ、頼りにしてるぞ」

「はいはい……」


上から見下すように話すのは相変わらずだ……この物言いと雰囲気が苦手だと感じる仲間が何人かいる。

私は気付けば彼の補佐をしていたから、苦手意識を持つ以前の問題だ。


「今回の任務はさほど時間は取られないだろう、早く終わらせるぞ」

「あれ、そんなことを言うってことは……」

「あいつらの報告書をまとめる作業が残っているからな、現状把握と報告書の指摘……特にデミックスは報告書を手抜きする傾向がある。しっかり監視せねば……」


重役だからだろう、苦労が絶えないんだな……

早く今回の任務も終わらせよう、そう思いながら私は闇の回廊へと飛び込んだ。

回廊の中は、不思議な空気が充満している場所だ。上を見ても下を見ても全く同じ景色が広がっている。私たち機関のエンブレムが宙を舞い、道案内するように一定の場所へと飛んでいく。その先が、今回の任務地だ。


「着いたな」


回廊から飛び出し、視界に広がったのは……なんと見慣れた海だった。


「う、み……?」

「そのようだ、どうやらアンキュラという国は海と隣接しているらしい」


まさか、いつも寄り道と称して足を運んでいる場所から近くにある国へ行くなんて……そう驚いていると、そんなに離れていない場所から声が聞こえてきた。


「くそ、なんなんだこいつらは!」

「!」

「どうやら人間が居るようだな……」


表情を変えないサイクスは、この国の報告書を手にしながら声の根源へと足を進める。私も見失わないように早足で向かうと、そこには数人の人がハートレスには困れている姿が見えた。


「おいヴァスティ、こいつらユメクイじゃねーぞ!」

「そのようだな……だが、俺らを敵と見なしていることに変わりはない。すぐに追い払うぞ」

「めんどい……そんなことよりも、腹減った……」

「こいつらをやっつけたら食事にするから、耐えてグラッド」

「折角ダグラスとロッソに誘われたって言うのに、なんで襲われなきゃいけないわけ……?」

「まったく……」


三者三様の反応みたいで、囲まれてる中心には独特の角や羽根を生やしている集団が身構えていた。


「やはりハートレスか……ピュアブラッドの他にも何体かエンブレムの奴が混ざっているようだな。今度ロクサスやシオンを向かわせるとしよう……」

「ねえ、助けなくて良いの……!?」


このままじゃ、あの人たちハートレスに襲われて消えてしまう……!


「むしろ襲わせた方が好都合だ」

「え……?」

「あいつらは強い心を持っているようだ、ハートレスに襲わせ抜け殻となった存在が意志を持つノーバディになる確率がある。我らの仲間に引き込めるやもしれん」

「そんな……ッ」


冷酷非情な彼らしい言葉で、機関の力になることならばどんな状況でも冷徹な判断を下す。

だけど、私はそんな決断を下せるほどの意志を持ち合わせているわけがない。


「なら、サイクスはここで大人しく見ていると良いわ!」

「んなッ! おい名前!!」


引きとめられる言葉よりも先に、私は動き始め……素謡のハートレスに向かって拳を振り下ろした。


「はぁッ!!」

「!!」


攻撃を受けたハートレスは、バシュンッと音を立ててこの場から姿を消していく。サイクスは大きな剣を使って戦うことを主体にしていることに対し、私の武器はと言えばこの拳になる。

人間だった頃、私は高名な格闘家と言われていたからだ。戦うにしても、この拳と蹴り技を駆使して敵を倒してきた。


「早く、遠くへと逃げて! ここは私が何とかするから!」

「お前は……!?」

「ほう? どうやらこいつらは、ユメクイと大差ないようだな」


驚く人の言葉を遮るように、リーダー格であろう男が面白そうに笑みを浮かべてきた。

ユメクイがどんなものかは分からないけど、逃げる気配を微塵にも感じることが出来ない。


「何してるのよ、早く遠くへ逃げなさい!」

「残念だが、俺は誰かに命令されるのが一番嫌いでな。お前のような攻撃で消えるのならば話は早い、ウェディ、グラッド、ラス、イラ、アケディア。さっさと追い払うぞ!」

「えー……」

「ま、仕方ないか。こうなったヴァスティは、誰も止められないって」


めんどくさそうに言葉を漏らす人たちは、この場から離れることなく……なんとハートレスに向かって走り出してしまったのだ。

静止の言葉を口にするけど、聞く耳を持ってくれなくて……そうこうしているうちに、なんと彼らはハートレスを倒してしまった。

戦いには慣れているようで、絶妙なコンビネーションや回復の補助をする者など、役割分担がされていてまとまった戦い方を私に見せつけてくれた。


「貴方達、凄いのね」

「ふん、この俺の敵ではない」

「いやー、さっきは助かったぜ。ありがとな」


さも当然のように話すリーダー格の隣に立っていた緑髪の少年は、腕を頭の上で組んでニカッと笑う。


「アンタのお陰で助かった、何か礼をさせてくれ」

「礼だなんて、ほとんど貴方達が倒したようなものじゃない」

「そうだとしても、倒す手段を見いだせなかったから。君の攻撃方法を見て、分かったことに変わりないよ。だから、お礼がしたいんだ」


フードを被った水色の髪の少年が、ニコリと笑いながら話しかけてくる。


「確か、ダグラスが料理用意してこっち来るって言ってた。一緒に食べよう」

「あー、それは良い案だね。あんな敵がいるって、ダグラスたちに教えてあげなきゃだしねー」


濃い藍髪の少年と、緑髪の少年がほのぼのとした口調で話をしている。

いや、そんな雰囲気よりも私は彼らの口にした名前に耳を疑った。


「ダグラス、さん……?」

「ああ、このアンキュラを統治してる王子の一人だ。俺たちは、奴からの宴会に誘われてこの地にやってきたに過ぎん」

「この前、宝島を発見したらしくて良いお宝がザックザクだったんだって。だから、それを祝う宴会に招待されたんだ」


まさか……オリオンさんがよく仲裁に入っている人たちの一人が、この国の王子だなんて……

会いたいような、会いたくないような……でも、彼からオリオンさんの話を聞くことが出来るかもしれない……

オリオンさんの話を、少しでも多く聞く絶好の機会かも……そう思う私を、後ろから力強く肩を握るようにして腕が伸びてきた。


「お喋りはここまでだ、これ以上の干渉を許した覚えはない……」

「サイクス……」

「帰るぞ、これ以上俺を怒らせるような行為をするなよ。名前」

「わ、分かったから……肩を強く掴まないで痛いから!!」

「ハートレスの報告書は全部お前が書け。一切の漏れは許さん」

「それって半ば八つ当たりなんじゃ……って、痛い痛い!!」


私がどれだけ痛みに声を上げても、離す気配を微塵も感じることが出来ない。

結局……私はサイクスに掴まれながら闇の回廊へ引きずられるようにして入っていくこととなった。

私たちの姿を、不思議そうに見つめていた彼らの視線が痛々しいと感じながら……
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