気になる存在
天気は快晴、空にはいくつか雲が浮かんではいるけれど天気が崩れる気配はないみたいだ。

拠点で受けた仕事を終えた私は、よくこの土地に足を運んでは本を読んでいた。比較的人の出入りも少ないし、天気に恵まれてることが多いから気分転換にはもってこいの場所だ。

比較的親しい間柄になっている仲間・ゼクシオンから借りた本も、これで何冊目になるだろう? はたと気づけば、もう読み終わっていた。


「よし、帰ろうかな」


そう言いながら大きく伸びをする私だが、視界に入ってきた影に目を丸くさせた。


「!」


私は慌てながら持っている本をしまうと、木影に隠れてそっと様子をうかがう。

本を読む場所なんて、帰った後の自室だって構わない。だけど、私はそれをしないでここで本を読んでいる。

……まあ、本を読むのはただの口実なんだけどね。本当の目的は、この影と関係していたりもする。


「今度という今度は許さねぇぞダグラス!!」

「それはこっちのセリフだ、ロッソ!!」


視界に飛び込んできたのは、立派な海賊船と帆も船もボロボロの幽霊船だ。各々の船の船長であろう二人は、相変わらず今日も騒ぎを起こしているようだ。

この二人がぶつかるのは、今に始まったことではない。些細なことでよくぶつかっているのである。何故そのことを私が知っているのかと言えば……まあ、偶然見かけたからなんだけど……


「いい加減にしろ!!」

「!」


すぐ近くの海面から、ザッパーン!! と水柱が上がると同時に響いてきた声に、船長たちが剣や銃を手にしながら顔を動かす。


「毎回毎回、本当に飽きない奴らだ!! 今度はなんだ!!」

「オリオンじゃねーか! 聞いてくれよ!!」


一瞬人間が海面から出てきたことに驚いたことがあったが、話を聞くとどうやら彼は海底人と呼ばれる種族の人らしい。陸地より海底での生活が長い種族だけど、こうして時折海上へ出るときがあるんだとか。

まあ、この知識はこの国で情報収集した時に耳にした話だったりもする。


「ダグラスが俺の統治してる海に無断で入ってきやがったんだ!! 仲間は大混乱、すぐに武器を手にして沈めようとしたってわけだ」

「おいおい、こっちの話を聞かないで勝手に盛り上がっただけじゃねーか! サラサの情報を頼りに、悪さをする海底人が統治してる海域で漁をしようとしてただけだ! ま、ロッソが新しく領土を拡大してた場所だったのは想定外だったがな」

「はぁ!? そんな大事なこと、俺に話してくれりゃ良かったじゃねーか!!」

「会ったと同時に武器を手にして襲いかかってきた奴が何言っていやがる!! 話す隙すらなかった奴が偉そうに……」

「あ゛ぁ!!? んだとゴラァ!!」

「ハァ……」


この二人の仲裁として海面から上がってくることは、今に始まったことではない。睨み合いながらギャーギャー騒ぐ二人を宥めるのが彼の仕事らしく、よくこういった場面に遭遇しては重たい溜息をついているようだ。

そして、私がここに留まっている理由は……彼――オリオンさんの姿を一目見るためだったりもする。きっかけは忘れちゃったけれど、いつの間にか彼を目で追うようになって……会話が出来たらどれだけ良いか、なんて思うこともよくある。

でも、それはできないことは私自身よく分かっていることだ。だって、私は"ノーバディ"だから――

"ノーバディ"――存在してはいけない存在、本々人間だったオリジナルが心を求める生き物・ハートレスによって襲われた際に残された『心が抜かれた抜け殻』……それが、私なのだ。

人間だった頃の記憶は残っているから、心を持っているフリをすることはできる。大体そうすることで、他の奴らにバレたことはほとんどない。


「こんな"存在を否定されてる存在"が、彼と一緒に居たいなんて……そんなことを言い出したら、笑われちゃうよね」


同じ黒いコートを着る仲間に言えない、私の胸に芽生えた不思議な感情……いや、これを感情と呼んでも良いのだろうか? ノーバディは心を持たない抜け殻で、心がないって言うことは感情が欠落しているということだから。

人間誰もが当たり前のように持っている『喜怒哀楽』が、ないのだ。いや、それ以外の感情が関わる全てのものが分からないんだ。


「――さて、彼の姿も見れたし……いつもの場所に行こうかな」


夕陽が綺麗な街にある大きな時計塔で、いつものメンバーでアイスを手に他愛ない話をしよう。

そう決めて、私は片手を前へと掲げた。すると、少し離れた場所から黒い靄のような入口が姿を現す。

これは、"闇の回廊"と呼ばれているセカイを行き来する際に使用する通り道だ。闇の威力が膨大で、呑まれないように私を始めとした仲間たちはこの黒いコートを着ているのだ。

もう少しだけ、彼らの様子を見たい気持ちを抑えながら……私は闇の回廊の中へと飛び込んでいった。
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