くだらない騒ぎを起こしては俺が仲裁に入る……もうこれで何度目になるだろう?
「ところでさ、オリオン!」
「なんだ……」
騒ぎも収まり、ようやく海底へ帰れると安心した俺をロッソが呼び止めた。
「まだ見つかんねーのか? 探してる意中の女」
「!」
「ん? なんだそりゃ、初耳だぞ」
目を丸くするダグラスがロッソの話に食いついてきたこともあり、俺は何度目か分からない大きな溜め息を漏らした。
「ダグラスも手伝ってやってくれよ、どうやら地上に住んでいる奴らしくてな……黒いコートを着た女だってさ」
「へぇー、黒コート以外に何か特徴とかないのか?」
「それが、あるらしいんだがオリオンが教えてくれなくってさ」
「なんだそりゃ」
腕を組んで話し合う二人をよそに、俺は瞳を閉ざした。
アレは確か……いつだっただろう、今日のように青空が広がる晴れた日のこと――
気分転換として陸地に上がり、森に足を踏み入れた時だった……木に背を預けて寝ている女が居たんだ。
随分ぐっすりと寝ていたこともあって、俺が近付いても起きる気配がなかった。
(こんなところで女が寝るなど……無防備にも程がある)
セミロングの黒髪に、整った顔の女だ。手にしている本の表紙には見慣れない文字が並んでいて、どういう内容のものなのか分からない。
頬を撫でるようにして通り過ぎる風に乗ってくる彼女の香りに、鼓動が大きく跳ね上がった。
「?」
さっきとは比べ物にならないくらい、少しずつ早鐘を打ち始める胸の真相が分からない。規則正しく呼吸をする彼女に、いつの間にかゆっくりと近づいて腰を下したんだ。
間近で見ると、美人の分類に入ってもおかしくない顔立ちをしている。
頬も柔らかそうで、その赤く熟した果実のような色を出している唇に触れたい――そう思って手を伸ばした時だ、何かが来る気配を感じてすぐに近くの木影に身を隠した。
俺が隠れると同時に、彼女の横から黒い靄のようなものが現われて中から男が姿を現したんだ。
水色の長髪に、額には痛々しい十字傷が残されている。
「おい名前、起きろ」
「んん……」
ゆさゆさと揺らされたこともあり、彼女はゆっくりと瞳を開いた。
「あー、サイクスだ。どうしたの?」
「緊急招集だ、すぐに円卓へ来いという通知を送ったのにも関わらず連絡がなかったからな。捜しに着たところだ」
「ご、ゴメン!! ここの気候、とても落ち着いててついついお昼寝をしちゃったよ」
アハハと頭を掻きながら立ち上がる彼女の声は、とても明るく響くものだ。
「確か、新しいメンバーが入るんだっけ? えーと……」
「ナンバー14、シオンだ。お前も面倒を見てやれ」
「そうそう! その子って、男の子? 女の子??」
「会えばわかるだろう。早くしろ」
「ハイハイ……」
そんな会話を交わしながら、二人は先程現れた黒い靄の中へと足を踏み入れ……そのまま姿を消していった。
――それ以来、俺は彼女を捜すようになったんだ。
一度で良い、会話をしたい。あの頬に触れたい……あの唇も触れて、そして――そこまできて、俺は頭を振った。会話すらしたことがないというのに、何故こうも求めるような感情に掻き立てられなければいけないのか……
原因なんて、すぐに理解できた。
(俺は、彼女が欲しいんだ。本能的に、全てを……俺のモノにしたくて仕方がない……ッ)
出逢ってすらいないというのに、こんな感情が湧きあがるなど……本当におかしな話だ。
「――なあオリオン、せめて名前とか知らねぇの? 流石に黒コートって情報だけじゃ探せないぞ?」
手を頭の後ろで組んでいるロッソに、ハッと我に返った俺は小さく息を吐いた。
「――名前」
「? 名前??」
「俺が探してる女の名だ、見かけたらすぐに教えろ。良いな」
「おう、お前には色々世話になってるからな。お安い御用だぜ!」
ニカッと笑うロッソと首を傾げるダグラスと別れ、俺は海底へと突き進んでいく……
名前……俺の脳裏に焼き付いて離れてくれない不思議な女。出逢えたら、すぐに海の底へと引きずり込み――閉じ込めてやる。
(欲しいと思ったものは何でも手に入らないと気がすまないからな……名前、必ず俺のモノにしてやろう)
ペロリと舌を出す俺は、心の奥底に芽生えた欲の感情を抱きながら……帰路へと着くのだった。
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