過去を乗り越える@

 
問題が収束し、何事もなく平凡で穏やかな日々が過ぎていく。

だが、気を抜いてはいけない。平凡な日常が非日常に塗り替えられることくらい、よくあるからだ。




過去を乗り越える




曹魏が治める城下町にある、有名な飲食店。常に予約で席が埋まっているこの店に働いていた女性たちがいた。

一人は看板娘として皆から慕われていた友人1、そして店の用心棒として黒い服を身に纏っていた名前。

この二人がいたお陰もあり、店は評判が良くなり多くの客であふれかえっていったのだ。だが、その店の要である二人は……この場にはいない。

曹魏として名を轟かせているこの時代、曹一族の持つ権力も弱体化していき、現在は裏で司馬一族が牛耳っている状態だ。その司馬一族の長男に友人1が嫁ぎ、次男の親友に名前が恋人として同じ屋根の下で生活しているのである。

新しい仲間も加え、司馬一族の元に集まった仲間達も彼女達を歓迎した。さて、そんな生活から早一年が経つ彼女達の生活を少しだけ覗いてみることにしよう。


「友人1殿、少しだけ顔色が悪い。大丈夫?」

「はい、至って問題ないですよ。元姫ちゃん」


今は休憩時間なのだろう、茶を片手に縁側で友人1と元姫が会話をしている。


「ここ数日、目の下の隈が消えていないから……ちょっと心配」

「そんな……しっかり休息は貰えてますし、休日は子元殿と遠乗りなどして気分転換してますし……」


指折りしながら青く広がる空を見つめる友人1。それでも尚、元姫にとって唯一打ち解けて会話が出来る同世代で同姓の友だからか、些細な変化に気付くし心配もするのだ。


「ソレは恐らく、毎晩のお楽しみが原因じゃないかしら?」

「「!!」」


突然背後から聞こえてきた別の声に、友人1と元姫はビクッと方を上下させる。


「お義母様……!」

「昨晩もそうだけど、毎晩毎晩声を押し殺してはいるようね。でも、場所によっては駄々漏れよ? まあ、それだけ子元が貴女を求めてる証拠ね。早いうちに孫の顔が見れそうで嬉しいわ」


ウフフ、と綺麗な笑みを浮かべて会話に入ってきた春華に友人1は顔を真っ赤にする。「嗚呼、成る程ね」と小さく声を漏らした元姫は、当分目の下の隈が消えないのだろうと思いながら茶を口に運ぶのだった。




***




場所を変えて、ここは鍛錬場。愛用の武器を手に、各々の相手と刃を交えている音と荒い息遣いが響いていく。


「夏侯覇殿、もう少し柄の部分を持って二の腕に力を入れると武器が動かしやすいと思います」

「おお! ホントだー!!」

「鍾会殿の攻撃技、キレのあるものばかりではありますが空中から刃を振り下ろす攻撃を入れると戦闘において有利になるかと」

「成る程な。そういう戦い方も取り入れてみるのも、悪くはないな」

「郭淮殿は……これを。私が作った咳止めの薬です」

「おお! いつもすみません、名前殿の作る薬はどれも身体に良いものばかりで……ごっふ、いつも頼ってしまいます」


彼女・名前は持ち前の洞察力と、今まで培ってきた知識を活かしながら武将達の力になっていた。

相変わらず黒いロングコートに口元しか見えないようにフードを深く被っているせいか、彼らに表情は見せずにいるようだ。


「師匠! 私にも何か指摘などあればお教えください!!」

「しょ、諸葛誕殿……私は別に貴方の師匠ではないのですが」


目をキラキラと輝かせながら話しかけてくる諸葛誕に、少しだけくったりした声色で名前がそう返事を返す。

どう見ても名前より諸葛誕の方が年上で、名前が彼を『師匠』と呼ぶ分には不自然な部分などない。だが、その立場が逆ともなれば誰もが不思議に思うのは当たり前なわけで。


「何を言うかと思えば! 貴女の指摘はどれも的確で、何度も助けられているのです! 私の分からない部分を的確で正確に教えて下さるのは名前殿だけです! この諸葛公休、誰がなんと言おうと名前殿が私の師匠には変わりありません! なので、態度も変える気はありませんので!」

「は、はあ……」


もう勝手に言っててくれ、と心の中で呟きながらガクッと肩の力を落とす。


「名前殿、やっぱり……外してくれないんだな」


ソレ、と指差す夏侯覇。ソレというのは、名前の顔を覆っているフードのことを指していた。


「それは……」

「悪いな、俺がお前らにコイツの顔を見せたくないんだ」


名前の言葉を遮るように、そっと後ろから抱きしめてくる温もりと聞きなれた声が聞こえてきた。


「ということは、賈充殿はご存知で? 名前殿の素顔」

「知っているから彼女を俺の女にした」

「おお、賈充殿が見初めるほどの美貌をお持ちだと言うことですね! 見れないのが残念だ……!!」


司馬師、司馬昭、賈充、友人1の前だけでしか外せないフード。未だに抵抗があるのだろう……幼い頃から瞳の色が違うだけで嫌われて軽蔑され続けてきた後遺症があるから。

目の前にいる彼らは違う、嫌うような輩ではない。そう賈充達にも言われているのだが、名前の中では抵抗があるのだ。

もし、このフードを取ってしまったら軽蔑してくるのではないのかと。軽蔑しないだなんて、そんなの軽率なのではないかと。彼らのことは信じているが、怖くて仕方がない。そんな思いが、名前を縛り付けているのだ。

そのことを知っている賈充は、その枷をどうにかして外してやりたくも思いながら、キッカケがなくて少し困り果てているのだがそのことに気付くものは誰もいない。


 



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