*キッカケ編* 吐く息が白くなる時期になってきた11月下旬。 ここ・氷帝学園二年の教室では、シャーペンを片手に固まる女子がいた。 「クリスマス祭? もうそんな時期か……」 「そう! 今年の劇は色々凄いらしいよ」 「へぇ……」 目を輝かせている友人・友人1に、あまり関心がないような反応をする彼女は苗字名前。 所属している部活はナシ。帰宅部。少しだけ家が裕福なだけの、どこにでもいる中学二年生である。 「今回も全校規模でやるらしくて、配役発表がそろそろ張り出されるみたい」 「全校規模って……相変わらず凄いね」 「まあ、秋の文化祭同様に一般公開するらしいからね」 「それに、私たちは劇出演とか裏方からは除外されるじゃない」 「まーね! 関係ないって言えば関係ないけど」 ここで、今回行われるクリスマス祭について説明しよう。 クリスマスの日に行われるイベントのことで、出店や出展等をして1日過ごしてもらうのだ。ミニ文化祭だと思ってくれれば良いだろう。 メインイベントの劇は全校規模で行い、大人の手を借りずに小道具からシナリオまで……全て生徒のみで作成するのが特徴だ。 出演者は、どういう基準で決められているかは謎らしい…… 劇の他にも出し物の志願ができ、歌の発表や演奏の披露も出来る場が設けられる。 ただし、出し物の志願をした者は劇に参加できない。 「一度に二つもできるか! ってハナシだよ」 「確かに」 クスクスを笑っていると、ザワザワと廊下が騒がしくなってきた。どうやら、配役の発表がされたようだ。 「もう発表されたのかな……」 「ねえねえ! 見に行かない?」 目を輝かせている友人に、小さく笑いながら立ち上がる。 「いいよ、行こうか」 「うん!」 劇に出るわけではないが、劇名と配役を見に行くのが名前たちにとって楽しみの一つになっている。 去年は白雪姫が題材になっていた劇で、オリジナルを取り入れてたということもあってか、地域の住民から高い評価を得ていた。 (今年はどんな劇をするんだろう) そんなことを思いながら、騒がしい廊下を歩いていった。 *** 「ねえ、これは……どういうことなんだろうね」 「さ……さあ」 廊下に張り出されている大きな紙を前に、名前たちは固まっていた。 それもそのはず、巨大な張り紙には以下の事が書かれているからだ。 Die Legende fur Madcben 出演者一覧 東の国の王子:跡部 景吾 ある国の姫 :苗字 名前 ある国の王 :忍足 侑士 ……etc. 他にも見慣れた名前が並んでいるのは良いが、何故彼女の名前が出ているのだろう。 「ねえ友人1、私さ……歌の演目に出演しようねって、話しながら一緒に志願書書いたよね?」 「書いた書いた。そんで提出した記憶もあるよ。現に私の名前、ここに載ってないもん」 「だよね……」 「なら、コレ絶対おかC〜」 「そうそう! ……って!!」 友人1と顔を合わせながら話しているはずが、何故か途中から登場した彼とも顔を合わせて会話している事に驚いて、名前は顔を動かした。 そこにいたのは…… 「ジ、ジロー先輩!」 「だってさ〜、去年に引き続き『クリスマス祭』の最初に歌ってほしいって先生たちにも言われてたんだよね?」 名前はコクリと頷く。ジローこと芥川慈郎は、彼女たちの一つ上の学年の生徒である。 「は、はい……私たちもそのつもりでいましたし」 「おー! やっぱり見に来てたかー!」 「あ! 岳人先輩!」 手をひらひらさせながらやってきたのは、ジロー同様三年の向日岳人。 彼も名前達の知り合いだ。 「なー、どうするよ? 配役決まるなんて思ってもみなかったぞ」 「それはこっちも同じですよ!」 「ま、俺らの出す『歌の披露』に支障が起きなけちゃ良くね?」 「なッ! 自分には関係ないからってそういうこと言うんですね!」 「バッ!! 違うって!!」 「まあまあ二人とも、落ちつきなって」 「そうそう!」 話の流れから理解で来た方もいるだろう。 今回、名前たちが出す歌の披露には岳人・ジローの二人も一緒にステージに上がって歌う事になっているのだ。 きっかけは、去年のクリスマス祭。名前と友人1の歌に衝撃を受けた二人が、自ら「一緒に来年歌いたい!」と言いだしたのが始まりだ。 その後、年が明けて春がやってきた頃から、四人は時間さえ合えば一緒に歌の練習をしていた。 次のクリスマス祭に、皆が驚くような歌を披露する為に…… 「俺らの事より、自分の事を考えろよ」 「え?」 「だって、名前ちゃんは劇のヒロインだよ? 準備とか、色々大変だC〜」 眉を寄せながらジローは話す。去年のクリスマス祭のことを思い出しながら話してくれているようだ。 ちなみに、ジローも岳人も去年は劇の裏方として参加していた。 「ま、大丈夫ですよ! せっかくヒロインになったので、悔いのないようにやりたいと思います!」 「そっかそっか! 大変だけど頑張れよ〜!」 「ま、相手があの俺様跡部様だしね。断ったらファンの子たちに何言われるか……」 「ア、アハハハ……それもそうだね」 空笑いをしながらもう一度配役が書かれた紙を見上げる。 大変だと思っている反面、こんなに嬉しいと思えるハプニングが起こった事に驚いていた。 (まさか、あの跡部先輩に近づけるなんて……思ってもみなかった) 遠くから見られればそれでよかった。テニスを笑いながら楽しんでいる声を聴ければそれでよかった。 いつの間にか、目で彼を追っていた。いつの間にか……好きになっていた。彼女は、雲の上の存在のような彼に恋心を抱いていたのだ。 小さく微笑んでいる名前に気付かれないように、二人の人影が彼女を見つめていた。 「なあ、ホンマに良かったんか? 彼女、演目あるんやろ?」 「ああ。良いんだ……これで」 ―アイツと話すキッカケが作れた― 廊下の奥へと歩きながら、彼はそう呟いた。 |