*練習編* 「我が姫をたぶらかす者は誰か? すぐに捕えよ!」 王役の彼の声が、体育館に響く。 「旅の王子よ、そなたは姫を好いていると言うが、その言葉に偽りはないか?」 「姫は、私の心の幸い。いかなる試練も喜びに変える事が出来ます」 「ならば、遥か遠く……この世の果ての外国(とつくに)に旅立つが良い。そして…… 二度と戻ってくんな」 「えぇ!?」 「ちょ、伊達眼鏡! アンタ何言ってんの!!」 配役も決まり、クリスマス祭まで一週間と迫ってきてた。 12月は授業時間全てを、クリスマス祭に当てての大がかりな作業に取りかかっている。 ここ・体育館では、最終確認ということで台本を片手にセリフの読み合いをしているようだ。 ちなみに『伊達眼鏡』と叫んだのは、今回の劇監督を任された三年の女子。 「おい忍足、テメェやる気あんのか? アーン?」 流石の跡部も、彼の言葉にイラッとしている様子。 「ちょ、そんなに怒らんといてーな!」 手を合わせながら謝る忍足に、隣に立つ名前はハァと溜め息をついた。 彼も彼なりに、真剣にはやっているのだ。一応…… 「まあまあ、ちょっとふざけただけですよね? 本番はちゃんとやりますよね?」 「勿論やで、可愛い名前ちゃんの演技を崩すようなことはせーへんって」 「だーから! そんなひっつくな! 変態伊達眼鏡!」 「ちょッ! 変態は余計やろ!!」 劇監督と忍足がギャーギャーと言い合うのも、練習を重ねていくうちに見慣れた風景と化していた。 「おい、歌の演目の方はどうだ?」 「順調ですよ。後は最終確認も兼ねて、曲に合わせて何回か歌ってみるだけですね」 「去年は二曲やってたみたいだが、今年も同じか?」 「はい! あ、一応アンコール曲を用意してますから三曲です」 そして、跡部と名前の会話も見慣れた光景となっていた。 話しかけているのが跡部だということもあり、ファンクラブの子たちは名前に対して忠告も出来ずにいるのは言うまでもない。 「名前〜〜!!」 ギャーギャーと騒がしかった体育館内が、一瞬にして静かになった。 「あ、友人1に先輩方!」 「そろそろ時間だC〜。交代だよ〜!」 ジローの言葉に、周りにいたメンバーはバタバタと片づけを始めた。 時計を見ると、夕方の五時を回っており、外はいつの間にか真っ暗になっている。 ちなみに、何故彼が『交代』と言ったのかというと、この時間からは名前たち四人がここを借りる約束をしてたからだ。 「じゃあ、音響と照明の担当の人は残ってください。最終確認兼歌の通しをしますから」 「あ、そのことなんだけど……」 台本を片手に、音響担当の生徒(二年)が少し言いにくそうに名前に声をかけた。 「どうしたの? 何か問題でも……」 「ううん、不備も問題もないよ。ただ、一度皆の前で歌ってほしいなって……」 「へ?」 目を点にする名前に、友人1たちも驚きながら彼女に駆け寄った。 「当日までの楽しみだC〜!」 「そうだそうだ! 俺らも皆の驚く顔が見たいぜ!」 そう皆に連呼するジローや岳人。その意見に名前も賛成しようとするが。 「良いんじゃない? 今回くらい」 「「えぇ!?」」 「ちょ、友人1!?」 相方が意見に賛成し、名前たち三人は驚いた。 「アンコール曲やらなけりゃ問題ないよ。それに当日は、一般公開するじゃん? 他校の生徒たちも来るらしいし、そういう人達の反応が私は一番楽しみなんだよね。それは私もよ〜く分かってるさ〜。今回はコスプレもするし、普段着で歌う分には良いんじゃない?」 「た……確かに」 真顔でポンポンと話す友人1に対し名前が声を漏らす横で、小さく口を開いたのは劇監督だった。 「コ、コスプレって……どういうこと?」 「そのままですよ。今回の曲は、氷帝テニス部をテーマにしてますから」 ねー。と同意を求めるように名前を笑顔で見る友人1。 彼女の言葉に、跡部や忍足は目を丸くさせているようだ。 「ジロー先輩も岳人先輩も、テニス部の人ですし。私達もテニス部のユニフォーム+αの衣装で出演予定です。既に志願も出して通ってます」 (よく監督も許可したな〜) (面白半分、てのもあるんだろうけどな……) 忍足と跡部は顔を見合わせて、小さく息を漏らす。 「だからさ、普段着なら別に良いんじゃないかなって思うんですけど……それでもダメですか……?」 首を少し傾け、両手を合わされて頼まれてしまっては……流石の先輩二人も返事は一つしかでなかった。 「まあ、予行練習と思えばEーんだよね?」 「! そうです! こんな大人数を前に練習で歌えるのって、あまりないですしね!」 「確かに! よっしゃ! やろうぜ!」 「はい! では、配置について下さい。音響さんと照明さんもスタンバイ!」 「「はい!!」」 名前の指示に従い、役者と裏方として集まったメンバーをステージ前に集まってもらう。 皆がステージ前にいる事を確認し、他のメンバーが配置について音響・照明のスタンバイができたことも確認する名前。 辺りを見渡し、準備ができた事を確認すると、一呼吸置いて口を開いた。 「それでは、マイクなしで歌うので全員聞こえるか分かりませんが聴いて下さい。『氷のエンペラー』と『氷点下の情熱』です」 彼女の声と共に曲が流れ、テンポよく名前の後ろから三人が現れダンスをしながら歌いだす。 岳人に至っては、歌の途中からアクロバットをかますなど、見ている氷帝メンバーを驚かせたのは言うまでもない。 この日の練習は、皆の記憶に鮮明に残る日となった…… |