ミイラと血まみれナースとジャック
「とりっく、おあ、とりっと?」
首を傾げながら、一生懸命になってハロウィンの呪文を唱える子供たち。
小さなモンスターたちの愛くるしい姿に、アイスバーグの頬が緩む。
「ほら、お菓子だ。落とすなよ」
「ありがとう、アイスバーグさん!!」
子供たちは受け取ったお菓子を大切そうにカボチャのバックにしまい込み、アイスバーグに手を振りながら笑顔で去っていく。
隣に立ってその様子を見つめるカリファは満足そうに眼鏡を上げた。
「今回のイベントも成功のようですね。子供たちはもちろん、大人も楽しんでいるようですし」
「そうだな。船大工に率先して仮装をさせれば、子供だけじゃなく大人も仮装に抵抗がなくなるからな」
ハロウィンの主役は子供だが、どうせならば市民全員が楽しめる方がいい。
そんなアイスバーグの思惑は、通りを練り歩く大小様々なオバケたちを見る限り成功したようだ。
「Trick or Treat!」
不意に背後から聞こえた元気な声。
振り返ると、そこにジャックランタンがいた。
他にもジャックランタンの仮装をしている者はいたが、本物のカボチャを被るという人間はいなかった。
だいたい中がくり抜いてあるとはいえ、頭に被るにはカボチャは重過ぎる。
こんなに小柄でありながら、その重さをものともしない人物というと………。
「ノエルか?」
「当たり〜!」
やはり、愛娘だったらしい。
ハロウィン当日まで仮装は秘密ということにはなっていたが、まさかここまで凝るとは思わなかった。
「頭は重くねェのか?」
「少しね。でも、ちびっ子たちが喜んでくれるからさ。………まあ、タイルストンところの末っ子は、マジ泣きしちゃったんだけど」
ある程度の年齢の子供ならば本格的なジャックランタンに喜ぶだろうが、幼児には本格的過ぎて怖いだろう。
幼児に泣かれて、ジャックランタンの頭のまま大慌てで慰めるノエルを想像すると笑えてくる。
「アイスバーグはミイラなんだな。でも、みんなそれで市長だって分かるの?」
目だけしか見えないアイスバーグの仮装を見つめて、あはっと笑うノエル。
今はカリファが隣にいるので市長だと分かるが、彼女の言う通り一人で歩いていれば誰も気付かないだろう。
「カリファはすごいね。本当に看護婦さんみたい!」
ミイラのアイスバーグに合わせたのか、カリファの姿はナースだ。
美脚を強調するミニスカートに、胸元も露わな深いカットはパウリーに見つかると大変なことになるに違いない。
確かに色っぽいナースとして人気を馳せそうだ。
手には子供サイズはある巨大な注射器を持ち、白衣も顔も含めた全身が血まみれでさえなければ。
「ありがとう、ノエル」
ノエルの素直な賛辞に、アイスバーグやノエルなど限られた相手にしか見せない、柔らかな笑みを浮かべるカリファ。
けれど、その笑顔はすぐに失われる。
厳しい顔つきでノエルを見つめ、メガネを押し上げた。
「でも、あなたのその格好は受け入れられないわ」
「え!?へ、変かな、これ?」
カリファの言葉に焦ってマントをはためかせて、自分の姿を確認するノエル。
アイスバーグにはノエルらしいとしか感じないが、カリファには何かが引っ掛かったのだろうか。
「いいえ、変ではないわ。あなたらしくて素敵よ。………でも、ダメなのよ」
「???」
重たげなカボチャの頭を傾げるノエルに、同じようにアイスバーグも不思議そうにカリファを見つめる。
訝しげな視線を送られたカリファは、はっとしたように我に返った。
「べっ、別に私が魔女っ子のノエルが見たいわけではないわ!」
「魔女っ子………?」
たじたじしながら本音を口にするカリファに、ノエルはさらに首をひねる。
そう言えば、ハロウィン前に珍しく上機嫌で何かを用意していたカリファを思い出す。
あれはノエルに着せる仮装を用意していたのか。
「というわけで、行きましょうノエル!」
「えっと、説明になってないよ?ちょ、カリファ?」
腕を掴まれ、ずるずるとカリファに引きずられていくノエル。
アイスバーグは次に会うノエルはカリファのプロデュースで可愛らしく魔女に変身していることだろう思いながら二人を見送る。
そして、はたと気づいた。
「…………カリファがいねェと、誰だか分んねェだろうな」
→パウリー11/10/30