優しい世界:カリファ
ひつじさんは心配性だ。
「おいひい」
ラズベリーパイを口いっぱいに頬張り、わたしは笑顔でひつじさんを見上げた。
紅茶を淹れていたひつじさんは、わたしの言葉に照れたように笑った。
「ありがとう。作った甲斐があったわ」
そう言いながら、きれいな花柄のティーカップをわたしの前に置く。
わたしはお礼を言って、紅茶を口に運んだ。
ちょっとまだ熱かったけど、紅茶はとてもおいしかった。
「ひつじさんはすごいね」
「すごい?」
「だって、ひつじさんの作るものは全部わたしの好きなものだよ。一回も嫌いなものが出たことないよ。わたしよりもわたしの好みを知ってるみたい」
この間も、わたしがカボチャを食べようとしたらひつじさんに止められた。
でも、わたしはカボチャを食べたことがなかったし、オレンジ色でおいしそうだったからどうしても食べたかった。
ひつじさんの反対を押し切って食べたわたしは、あまりのまずさに吐き出しそうになって無理やり飲み込んだっけ。
「そうね。きっとあなたの好みはあなたよりも知ってるわね」
優しく微笑むひつじさん。
彼女が言うと、本当にそんな気がするから不思議だ。
「じゃあ、わたしは他にどんなものが好き?」
「そうね………。紅茶、ラズベリーパイにブルーノが作るオムライス。それから、お星さま、彫刻――――」
「ちょうこく?」
ひつじさんの言葉にきょとんとして首を傾げる。
紅茶もラズベリーパイも、うしさんの作るオムライスもお星さまも好き。
だけど、彫刻ってなんだろう。
不思議に思ってひつじさんを見ると、ひつじさんは自分の言葉に驚いたように目を瞠っていた。
「あ……ごめんなさい。言い間違えただけよ。そうだわ、あなたは今日は何をしていたの?」
「今日?今日はおおかみさんに会って、それから長官さんに………」
「長官ですって?駄目よ!あんな存在自体がセクハラのところに行くのは!!」
「長官さんて、この島で一番偉い人なんだよねぇ?」
誰も彼にも敬われていない長官さんに同情しながら、わたしはサクサクのラズベリーパイを口に運ぶ。
初めてひつじさんに作ってもらった時から大好きなラズベリーパイ。
でも、不思議と初めて食べた気はしなかった。
ずっと前から知っていた味。
うしさんのチーズ入りの半熟オムライスもそう。
でもね。
それを食べていた時、わたしの周りにはもっとたくさんの人がいた気がする。
ひつじさんやきりんさんたちだけじゃなくて………たくさんの大切で愛しい人たちが。
ひつじさんがわたしの名前を呼ぶ。
顔を上げると、彼女はとても心配そうな顔でわたしを見つめていた。
「頭は痛くない?」
わたしはふるふると首を振る。
思い出そうとしなければ、頭が痛くなることはない。
頭が痛くなるとひつじさんがとても心配そうな………そして、泣きそうな顔でわたしを見つめるから。
わたしはもう無理に思い出そうとすることはやめた。
心配性の羊
「そう」
ひつじさんはホッとしたように、それから………少しだけ残念そうに微笑んだ。
→ルッチ12/01/30