短編 | ナノ
嫉妬1

ある夏の夜に、ウォーターセブン市長主催の夜会が行われることになった。
サン・ファルドやプッチ、セント・ポプラの権力者を招いての大掛かりなパーティーである。
主催者が他でもないアイスバーグなので、もちろんのことながら船大工たちも職長クラスは全員参加だ。
普段からスーツはもちろん礼儀作法すら知らない船大工たちは四苦八苦だが、尊敬するアイスバーグに恥をかかせないようにと皆が真剣に取り組んでいる。
そして、ガレーラカンパニーで唯一の女性職長であるノエルも例に漏れずに悩んでいた……。


※※※※※※


さて、どうしようか。
もちろんのことながらドレスなんて御大層なものはノエルのクローゼットにはない。
買いに行かなければいけないが、どんなものがいいのだろうか。
というか、どんなドレスならばみっともなくならずに着こなせるのか。
普段からもう少し、自分の格好に気を遣うべきだった……。

はぁと溜息をつく脳裏に浮かぶのは一人の男。
シルクハットを被って肩にハトを乗せた、基本的に無表情なルッチだ。

おそらく一般的には恋人と呼ばれる関係だと思うのだが、ルッチから好きだの愛しているだののお言葉を頂いたことは一度もない。
そのため、別にやましいことはないのに人に胸を張って言える間柄とは言い難く、周囲には黙っている(感づいている人はいそうだが)。
まあ、爛れた関係ではないとだけは言っておこう。

「どうせなら………」

ルッチが喜びそうなドレスを着たいな。
と続けようとして、あの男が自分の装いごときで一喜一憂するようなキャラではないことを思い出した。
今のような関係になる前は、それなりに優しかったのに今は……。
これまでされてきた所業の数々を思い出し、大きな溜息をついた。
一つ言えることは………今の方が間違いなく素だ。

って、あのドSのことはどうでもいい。ともかくドレスをなんとかしなければ。
ショップの店員さんのオススメでも買えば、似合うかどうかはさて置き、アイスバーグに恥をかかせることにはならないだろう。
幸い貯金はあることだし、前にカリファに連れられて行った店にでも行って……。

「ノエル、ちょっといいかしら?」

噂をすれば影だ。
女子更衣室(ノエルと数人の女子事務員専用)に入ってきたのは、今日も一分の隙もない美しさのカリファだった。

「夜会で着るドレスはもう決まったの?」

「ごめん、まだ。今から買いに行こうとしてたとこ」

夜会は今日だ。時間にして三時間後。
流石にまだ何も用意していないというのはカリファに怒られてしまうだろう。

「それは良かったわ」

けれど、予想に反してカリファは満足そうに頷いた。
不思議に思って首を傾げるノエルに、持っていた紙袋を渡す。
きょとんと目を丸くしてカリファを見つめるが、彼女は嬉しそうに微笑むだけだ。

紙袋を覗き込むと、中には黒のレースが入っていた。
いや、よく見るとレースではなくて洋服だ。

「どうしたの、これ?」

「今日の夜会のドレスよ」

「カリファが着るの?」

紙袋をがさがさと鳴らしてドレスを取り出す。
黒が主体のそれを広げ、ノエルは息を呑んだ。

下は絹のタイトスカートで上半身はビスチェタイプになっているドレスだ。
胸元が大きく開いているが、周囲のレースが露出を嫌みにさせない。
手触りといいデザインといい、恐らくかなり値の張る物だろう。

カリファには少し可愛らしい気もしたが、そんな可愛らしいカリファも見てみたい。
ドレスを身につけたカリファの姿を想像し、うっとりと相好を崩したノエルは不意に気付いた。

カリファが着るにしては、ドレスのサイズが随分と小さい。

「ノエル」

名前を呼ばれて顔を上げると、カリファの綺麗な笑顔。
その笑顔がいつもより、三割増しだということに気付く。

「ノエルよ」

笑顔を崩さないまま再びノエルの名前を呼ぶカリファ。
ちゃんと反応を示しているし、視線も向けているのにどうしたのだろうか。
きょとんと首を傾げていると、カリファの長くて形の良い細い指先がノエルを指差した。

「ノエルが着るのよ」

自分の名前を何度も呼ぶカリファに、それが先ほどの質問の答えだと漸く気付いた。



※※※※※※



目の前には目を限界まで見開いてノエルを見つめる船大工たち。
まさしく、穴が開くほどという視線だ。

「いい加減に何か言ってよ……」

耳まで真っ赤に染めたノエルは恥ずかしくなって声を絞り出すが、いつもの半分の声量にも満たなかった。

そりゃあ、自分でも色々と思うところはあったけど何もここまで驚くことはないじゃないか。
だから、着たくないと最後まで抵抗したのに。
まあ、結局は押し切られてしまった自分が悪いか……。

小さな溜息をつくノエルは、先ほどカリファに贈られたドレスを着ていた。
大胆に開いた胸元には輝く金剛石のネックレス。
丸出しの肩と背中は、ワインレッドのショールで隠している。
素敵なデザインだとは思ったが、まさか自分が着ることになるとは思わなかった。

カリファのようなスタイルならばまだしも、ノエルは胸も皆無だし背も小さい。
自分が着たって滑稽なのはよく分かっているが、そこまで無言にならなくてもいいじゃないか。
カリファやアイスバーグは褒めてくれたが、全く自信は持てなかった。
しかも、カリファに化粧を施されて顔はべたべたするし、青髪を結い上げられて頭がきつきつするし……。

すっかり拗ねながら唇を尖らせると、

「ノエル〜〜〜!!」

カク(と書いてノエル馬鹿と読む)が勢い良くノエルに抱き着いてきた。

「か、かわ〜っ!!っていうか、女神!?いや、天女じゃっ!!」

頬を擦り寄せながら、興奮した口調でまくし立てるカク。
いつもは天使や妖精なので、今日は少しは大人っぽく見えると解釈していいのだろうか。

「綺麗だぞォ、ノエルっ!!」

「知らんうちに大人になってるもんだな」

わははと笑うタイルストンに、しみじみとノエルの姿を眺めるルル。
ちょっとみんな贔屓目に見すぎじゃないだろうか。
何となく照れくさくなって頬を赤く染めていると、まだコメントを聞いていない男と目が合った。

「パウリー、どう?」

にししといたずらっ子の笑みを浮かべてパウリーににじり寄る。
彼はこういう格好が苦手なのは知っているが、まあノエルが着ていたところでいつもの台詞は聞けないだろう。
そう思いながらパウリーを見上げると、彼の顔は真っ赤だった。

「え、マジで!?」

「まだ何も言ってねェだろうが!!」

「言うの?ハレンチって言う?」

「言わねェよっ!!」

「ちぇー」

そこはノエルに対して耐性のあるパウリー。
流石に例の台詞までは聞けないようだ。
でも、赤くなるということは少なくともハレンチ=大人の女と見てくれたのだろう。
子供扱いされることが嫌ではないが、それでも大人としてみてもらえるのは嬉しかった。

一人でにやけていると、小さなざわめきが聞こえたので振り返る。
視線の先には、初めてシルクハットが服装とマッチしていると思えたルッチの姿。

ざわめきが起こるのも無理はない。
それだけ彼の姿は完璧だった。
一分の隙もなくスーツを着こなしたルッチは、会場内の女性たちの心を虜にするには充分だ。
いつも一緒にいるノエルですら、口を開けて見とれてしまった。

「依頼人は大丈夫だったのか」

『ああ、問題なかったッポー』

駆け込みの客の相手をしていて遅れて夜会に到着したルッチに、パウリーが声を掛ける。
そのままパウリーと仕事の話をしているルッチを眺めながら、ノエルは首を捻った。
普段はすぐ横にいるので気付かなかったが、一歩退いたところから見るとルッチはかなりレベルが高いということが分かる。
目つきが鋭いので少し近寄りがたい雰囲気があるが、そこがいいという女性も多いだろう。

だからこそ、彼がノエルを選んだことが疑問なのだ。
酒場で彼に声を掛ける女性も、現在、頬を染めながらルッチを見つめる女性も、彼の隣に並んでも見劣りしない美女ばかりだ。
ノエルとルッチが並んだところで、子供と保護者にしか見えない。
どうして、選り取り見取りの中で自分を選んだのかが理解できない。
別に自分を卑下しているわけではない。ただの客観的事実だ。

ルッチってあんまり趣味が良くないのかなぁと考え込んでいると、気付けば一人になっていた。
みんな、町の権力者達に囲まれて何事か話をしている。
ガレーラカンパニーの船大工といえばウォーターセブンの英雄だ。
こうしたパーティで近付きたいと思う人間はたくさんいるだろう。

「あの、お一人ですか?」

「はい?」

振り返ると、ノエルの背後に一人の青年が立っていた。
きちんとした身なりに、洗練された佇まい。いわゆるお坊ちゃまという奴だ。
ウォータセブンでは見かけたことがないので、恐らく他の町の権力者の息子といったところだろう。

「僕はウォルターと言います。あなたは?」

「あ、えと、ノエルです。初めまして」

ノエルという名前は、アイスバーグの養い子として周辺の町にはそれなりに知られている。
アイスバーグに恥をかかせないようにと、いつもよりも必要以上ににこやかに微笑みかけた。
その笑みを見て、青年の頬が紅潮する。
そして、戸惑った様子でノエルに飲み物の入ったグラスを差し出した。

ノエルは礼を言ってグラスを受け取りながら、内心で首を傾げる。
何やら緊張した様子だが、アイスバーグが後見に立っているという事で気後れしているのだろうか?
それとも、船大工という人種を前にして緊張しているのか?

よく分からないが、青年は穴が開くのではないかと思うほど真剣にノエルを見つめている。
何となく居心地が悪いが、ノエルからその場を離れるわけにもいかない。
愛想笑いを浮かべながら、青年の質問に返事をする。

たまに船大工や町の人間にも、こういう風にノエルのことを真剣に見つめてくる人がいる。
ノエルはその視線がどうにも苦手だった。
いつもはカクやルルが助けに入ってくれるのだが、彼らも自分のことで手一杯のようだ。


ほんの少しの期待を込めて、ちらりとルッチに視線を移す。

そこには美女に囲まれたルッチとパウリーの姿。
露出の高い女性に囲まれ、今にもハレンチ病が出そうなパウリー。
流石に夜会という席を考えて耐えているようだが、あの顔では後5分ぐらいしか持たなさそうだ。

対するルッチはいつも通りの無表情だが、女性たちに腹話術で何事か話しているようだ。
頬を染めてルッチを見上げる女性に、胃の辺りにちくりと痛みが走る。
何か嫌な気持ちが心を満たしそうになり、ノエルは慌てて視線を逸らした。



10/10/27

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