短編 | ナノ
防衛線1

ブルーノズ・バーで仕事終わりの一杯。
とはいっても、カクの監視の元でノエルが飲めるのはアルコールが軽いカクテルだけだ。
酒場に来ているのにどれだけ過保護なのかと首を傾げたくなるが、酒そのものよりも酒の席が好きというだけのノエルは暗黙のルールに従ってカシスミルクを頼んだ。
甘い口当たりのカシスミルクをカウンター席に座って飲みながら、ノエルはふぅと溜息を一つ吐いた。

「裸で抱きつけばいいのかな?」

爆弾発言である。
隣にいたカクはもちろん目を見開き、黙々と食器を拭いていたブルーノも手を滑らせて皿を床に落とした。

「いきなり何を言うとるんじゃ、ノエル!?」

真っ青な顔で詰め寄ってくるカクに、ノエルはようやく自分の考えが口に出てしまっていたことに気付く。
慌てて作り笑いを浮かべて誤魔化そうとしたが、カクは引かなかった。
『話しなさい』と目で訴えられて、仕方なく口を開いた。
兄のような存在の彼には何故か逆らいにくいのだ。

「パウリーがさ、また今日もいつもの如くハレンチ騒ぎを起こしたんだよ」

「ありゃ、病気じゃな」

「うん、病気なんだけど」

あんなことを人前でしているから、職人は変人が多いみたいなイメージが出来てしまうのだ。
腹話術をしたり、3km先まで届くような大声だったり、変な寝癖があったり。
カクも『山風』と呼ばれているが、あれも人間離れしている。
かくいうノエルも巷では華奢な外見なのにめっちゃ強いと畏敬の念を持たれている。
………本人は気付いていないが。

「で、今回は言われたオネーサンが怒っちゃってさ。あんたの隣にも足出したのがいるでしょ!って」

つまり、ノエルのことだ。
冬は普通のツナギを着ているが、夏は暑いから半袖短パン仕様にしたツナギを着ている。
船大工の仕事は炎天下の中での作業だから少しでも涼しいようにという工夫だ。

「そうしたら、パウリーなんて言ったと思う?」

「嫌な予感しかせんぞ」

「あは、その通り。『これは女じゃなくて子供だ!』だってさ」

「うわ……」

完全に引いた表情でノエルを見つめるカク。

それも仕方ない。
カクはノエルがパウリーに秘めた想いを寄せている事を知っている一人なのだから。
しかし、パウリーはノエルがどんなに露出をしていても慌てたことがない。
つまり、女扱いされていないのである。
好きな相手に女扱いされないなどと、最早ノエルに出来るのは笑うことだけだ。

「もう17歳なんだけどなー。正真正銘の女の子なんだけどなー。胸もAAカップからAカップになったんだけどなー。スポーツブラからレースの……むぐ」

「哀しくなるようなことまで暴露せんでいい」

そう言って哀愁を帯びた表情でノエルの口を塞ぐカク。
彼の優しさに溜息をつき、口を閉ざした。

「で、女として見てもらうために裸で抱きつく気か?」

「最早それぐらいの心意気を見せないと、どうにもならない気がして」

「逆に女捨てとるじゃろ」

「………言われてみれば」

「切羽詰っとるのう」

「相当な」

あはと乾いた笑いを零して、残っていたカシスミルクを飲み干す。

「ブルーノ、ココナッツ・テキーラ!」

片手を上げてブルーノにアルコール度数の強い酒を頼むと、すぐに持ってきてくれた。
止めないカクの優しさがありがたい。
ほぼ自棄になって運ばれてきたココナッツ・テキーラをぐびぐびと飲んだ。

女というよりは子供だとパウリーが言う理由も分かる。
何故なら、ノエルとパウリーはノエルが12歳(見た目は10歳)の頃からの付き合いだから。
しかも、一年間も少年だと勘違いされていたのだ。
そんな時からノエルのことを見ていれば、恋愛の対象として見るのは難しいだろう。
それでも………。
好きになってくれとは言わない。
せめて、女の子として見てほしいっていうのは贅沢なお願いではないと思う。

ぽんぽんと頭を撫でてくれるカクの手は優しい。
なんだかしんみりしてしまい、無言のまま二人で酒を飲んでると、酒場のドアが勢い良く開いた。


「っしゃー!今日はとことん飲むぜ!!」

上機嫌で入ってきた男を見て、ノエルとカクは目を丸くして顔を見合わせる。
そして、深々と溜息をついた。


入ってきたのは、渦中のパウリーである。
まさかこのタイミングで酒場に来るとは……奇跡か?
せめて、今日一日ぐらいは顔を合わせずに済ませたかった。

このご機嫌具合だと、ギャンブルで大当たりしたのだろう。
本当にダメ男である。
少しだけ、自分の恋心に疑問を持った。

「おっ、ここにいたのか、お前ら〜!!」

「うわ、酒臭っ!!」

すでにどこかの酒場で引っ掛けた後なのか、ノエルとカクに背後から抱きついてくるパウリーは酒臭い。
好きな人と密着するという、乙女的には素敵なシチュエーションだけど全く嬉しくない。
ノエルとカクを上機嫌でぎゅうぎゅうと抱き締めるパウリーはかなり酔いが回ってる。
重いし、苦しいし、何より酒臭い。

「ルッチ、どれだけ飲んでる?」

パウリーとは対照的に静かに酒場に入ってきたルッチにパウリーがどれだけ飲んだのか尋ねる。
静かに一人で飲むというのが嫌いなパウリーは大体誰かを誘う。
今日はルッチに白羽の矢が立ったらしい。

『泥酔一歩手前だ』

ルッチの答えに溜息をつく。
ギャンブルに勝って、どれだけはしゃいでるというのか。

「パウリー、帰るよ。あんた、明日は大きい仕事が入ってるだろ」

職長ともなれば二日酔い如きで仕事に支障をきたしたりはしない。
それはつまり、涙ぐましいほどのやせ我慢で二日酔いを耐え切るというだけである。
仕事終わりに毎回死んだようになっちゃうくせに、何で懲りないのだろう。

「まだぜんぜん飲み足りねェよ!!」

「カクごめんね、先に帰る。ルッチもまた明日な」

「聞いてんのか、ノエル!?」

「うるさいっ!!」

暴れるパウリーに拳を叩き落し、静かになったところをずるずると引きずっていく。
そして、自分自身に問い掛ける。

(ほんと、なんでこの人が好きかなぁ)


※※※※※※


「パウリー、着いたよ」

ようやくパウリーの家に着いた時には、ノエルはすっかり疲労していた。
足元の怪しいパウリーに肩を貸しながら歩いていたせいだ。
ルッチの言う通り、パウリーは相当酔っ払っていたらしく、店を出たとたんに足元が覚束なくなった。
別に重くはなかったが(1番ドックの船大工は100kg以上の木材を持てる)ぶつからない様にとか転ばないようにと気を遣っていたから精神的に疲れてしまった。

植木鉢の下から鍵を出して、勝手知ったる人の家を開ける。
一部屋しかない狭いアパートに入り、パウリーをベッドの上に転がして息を吐き出す。
自分より背が高い人間を支えるのは、やはり大変だ。

「うえ……みず………」

ベッドにうつ伏せに倒れたまま苦しげに唸るパウリーに呆れながらも、ノエルは冷蔵庫から水のビンを取り出してパウリーに渡した。

「零すなよ」

「悪ィ……」

気にしないでと首を横に振り、顔をしかめながら水を飲むパウリーの隣に座る。

「大丈夫?」

「ああ……。悪かったな、ノエル」

今度の悪かったは、ノエルがパウリーを家まで送ってきたことに対してだろう。
反省してるということは、少しは酔いも醒めてきたようだ。

「いつものことだよ」

笑いながら、パウリーの背中をぽんぽんと叩く。
酔っ払ったパウリーを家まで送るなんていつものことだ。
………実のところは、その逆の方が多いのだが。


「もう遅いし、そろそろ帰れよ」

「はいはい。明日はちゃんと仕事してくださいよ、職長さん」

「うっせー」

拗ねたようにベッドに寝転がるパウリーに小さな笑い声を漏らしてから、ベッドから立ち上がる。

いや。
立ち上がろうとした瞬間、激しい目眩に襲われて目の前が真っ暗になった。
そういえば、自分もテキーラとかなり強い酒を飲んでいたのだと思い出した時には、何か暖かいものに包まれていた。

「おい!大丈夫か!?」

焦ったパウリーの声がノエルの意識を覚醒させる。
気が付くと、ノエルはパウリーの胸に頭を乗せてベッドに転がっていた。
倒れそうになったノエルの腕をパウリーが掴んでベッドに引き寄せたらしい。

「ノエル!?」

返事がないノエルに焦ったのか、パウリーが強く名前を呼ぶ。
ようやく現在の状況を掴むことの出来たノエルは慌てて顔を上げた。

「ごめん!大丈夫……」

心配そうな顔したパウリーと目が合う。
ノエルよりも背の高いパウリーを見下ろすのは、初めてのことかもしれない。
まるでノエルがパウリーを押し倒してるみたいだ。
そう思った瞬間、頬に熱を感じる。

(な、なにを考えてんだ、あたしはっ!!)

ばくばくする心臓を宥めて平静を装う。

「いや、もう全然ダイジョウブ!酒が……そう、テキーラが回っちゃて……っ」

「はぁ?お前、スピリッツ系は苦手だろうが。……ったく。ガキがテキーラなんか飲むな」

そう言って、パウリーは呆れた顔で手を伸ばすと、ノエルの頭をぽんぽんと撫でた。
まるで、子供を宥めるように。

それは怒りだったのかもしれないし、酔いだったのかもしれない。
ただ何かに突き動かされるように、ノエルはパウリーに覆い被さったまま彼を見つめた。


「あたし、もう子供じゃないよ」


上からパウリーを見つめて、ノエルは静かな口調で告げる。
パウリーとこんなに密着しているというのに、不思議と心は静かだった。


「ううん、まだ子供なのかもしれないけど……。でも、女でもあるんだよ?」


パウリーから見れば、ノエルなどまだ子供同然なのかもしれない。
けれど、子供である前にノエルは女だ。
パウリーのことが好きな、一人の『女』なのだ。
好きになってほしいなどとは言わない。
だけど、それだけは分かって欲しかった。

→2

10/01/15

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