短編 | ナノ
防衛線2

ノエルを見上げるパウリーの瞳は静かだった。
驚いてるわけでもなく、呆れてるわけでもなく、無表情に近い顔でノエルを見上げる。

何か言って欲しい。
自分から言い出したことなのに、気まずくなったノエルはついに視線を逸らしてしまう。
目を伏せた瞬間、支えのためについていた腕を引かれてバランスを崩した。

「………え?」

いつの間にか体勢が逆転していた。
ノエルがパウリーを見上げ、パウリーがノエルを見下ろしている。
体勢が逆になっただけなのに、何故だか怖くなった。
じんわりと手のひらに汗をかく。

ぼそりとパウリーが何かを呟いた。
何を言ったのか分からなかったけど、まるで何かに苛立ってるかのような声音に思わず身を竦ませる。
生意気なこと言ったから怒っているのだろうか。


「パウリー、ごめ――」

沈黙が痛くて怖くて……謝ろうと口を開くと、パウリーの顔が落ちてきた。
えっ?と思う間もなく、首筋に熱い吐息。

(え、え……えっ?)

頭の中が空っぽになる。
何をされたのかよく分からなかったが、すごく恥ずかしいことのような気がした。
パウリーが再び顔を上げる。
怖いくらいの強い視線。

やはり怒ってる。
どうすればいいのだろう?
生意気なことを言ったから嫌われてしまった?
どうして、パウリーは何も言ってくれないのだろうか。
パウリーが何を考えてるのか分からなくて……怖い。

訳が分からなくなって、悲しいわけでもないのに目頭が熱くなる。

パウリーは怖い顔をしたまま、ノエルに顔を近づけてくる。
ひっ、て喉の奥で悲鳴を殺して目を閉じた。

身体に伸し掛かってくる重み。
それから、耳朶にかかる吐息。

「ぐがー……」

というよりは、寝息?

「へ……?」

目を開けると、パウリーはノエルの肩に頭を預けてぐうぐうと鼾をかいていた。
そっと揺すってみるが、起きる気配はなかった。
完全に熟睡している。


ノエルはパウリーが寝入っているのを確認し、ほぉっと安堵の息を吐いて身体の力を抜いた。
何に対しての安堵なのかはよく分からないが、それでもノエルはホッとしていた。

「………酔っ払ってたのかな?」

ぱちぱちと目を瞬きながら呟く。
こんな風に寝てしまうということは大分酔いも回っていたようだ。
さっきの変なパウリーはきっと酔っ払ってたからだろう。
勝手に自己完結したノエルは、とりあえず自分の上に覆い被さったままのパウリーをどかそうとする。

「重い……」

しかし、体勢的にまったく腕に力が入らなかった。
うんうん唸りながらパウリーを転がそうとするが、まったく動く様子がない。
そのうちに酒が入っているせいか、ノエルも眠くなってきてしまった。
覆い被さるパウリーが少し重いが、密着した身体は温かく余計に眠気を誘う。

(まあ………いいか)

ノエルは抗うことなく睡魔に誘われるままに瞼を閉じた。


※※※※※※


すやすやと安らかな寝息が聞こえてきて、パウリーはむくりと身を起こした。
見下ろすノエルは幸せそうな顔で眠っている。

「警戒心0か……。だから、ガキだって言ってんだよ」

深い溜息をつき、ノエルの額を小突く。
寝付きがいいノエルは小さく唸っただけで、起きる気配はなかった。
それがまた頭痛の元だ。

まさか他の男の前でもこんな無防備でいるのかと心配になる。

幼い頃から船大工の一員として働いてきたノエルには、男に対する危機感というものが欠片もない。
いや、パウリーたちが注意すれば気をつけるようにはするが、結局は実感が沸かないらしく常に脇が甘い。
ここまで露骨に警戒心を解くのはパウリーたち職長にだけだとは思うがそれでも心配だ。
男と女の違いを分かってないのは、実際のところノエルの方だ。

胸ポケットから葉巻を出して咥えると、ノエルが寝返りをうった。
さらりと髪が揺れ、首筋が露になる。
はっきりと残る紅い痕。

「挑発するなら責任持てよ」

ノエルの首筋に残っている紅い痕を撫で、葉巻の煙を吐き出した。


『まだ子供なのかもしれないけど……。でも、女でもあるんだよ?』


ノエルから、あんな台詞を聞くことになるとは思わなかった。
原因が自分の一言だということは分かっている。
17歳を過ぎてもガキ扱いされれば頭にもくるだろう。
12歳から船大工をやってるノエルは他の船大工から妹や娘のように可愛がられているせいか、見た目は大人になっても内面は子供のままだ。
父親や親戚のこと、12歳という年齢で船大工になった生い立ちから、言動や考え方は同じ年頃の少女に比べればずっと大人びている。
しかし、どこか純粋なまま育ってしまったノエルは、言葉の裏を読むことや人の汚さや醜さがよく分かっていない。
そんなノエルに生身の気持ちをぶつければどうなるか。
そんなことは分かっていた。

涙目になって怯えていたノエルを思い出し、パウリーは項垂れる。

ベッドの上でパウリーに跨がり『女だよ』なんて言われれば、理性も崩れる。
酒を飲んで理性飛ばした自分が悪い。
けれど、子供だと思って自制しているのに、あの体勢であんなことを言うノエルも悪い。
ノエルが『女』だということ。
そんなことは言われなくても知ってる。
けれど、ノエルをガキだと思うことがパウリーにとっての最良の選択だった。
ノエルを傷付けないための防衛線だった。

「もう少し、ガキの振りしてろ」

眠るノエルの髪をぐしゃりと乱す。

次は止まれる保障などないのだから。


※※※※※※


「おはおー……」

「ノエル、目が腫れとるぞ」

「知ってるー……」

みんなに朝の挨拶をしたノエルは、カクの指摘にごしごしと目を擦る。
二日酔いでも寝不足でも船大工の朝は早いのである。

結局パウリーのアパートで一夜を過ごしたノエルが目を覚ますと、ノエルより早起きしていたパウリーが朝食を作っているところだった。
朝食といってもトーストと目玉焼きを焼いているだけだったが。
まあ、あの家に食べ物があるだけマシな方だ。
用意してもらった朝食を食べながらパウリーに昨日のこと聞くと、ブルーノの酒場から記憶がなかったらしい。
どうやって家に帰ったかも覚えていないから、ノエルが隣で寝ていてびっくりしたと笑っていた。
もちろんノエルが言ったことも覚えていなくて………ホッとしたような残念なような微妙な気持ちだ。

「ん?」

「なにー?」

「ここ怪我でもして……」

そう言って、ノエルの首を怪訝そうに見つめたカクの動きが止まる。
怪我などした覚えのないノエルは意味が分からず、きょとんとしながら首筋に触れてみる。
手の先に変な感触などなく、別に何にもなっていないようだ。
フリーズしてるカクを不思議そうに見上げると、ようやくカクが動いた。
そして、地の底から這い出したような低い声で質問される。

「………ノエル。昨日、パウリーを送ってどうしたんじゃ?」

「あたしも酔っ払ってたから、そのまま泊まっちゃった」

カクの質問に正直に答えた。
昔から、パウリーやカクの家に泊まることはよくあった。
最近は大きくなったという訳の分からない理由で泊めてくれなくなってしまったが。
慎みを持ちなさいと言われたが、別に知らない人間の家に泊まるわけじゃないから大丈夫だと思うが。

「パウリィィィィ〜〜!!」

ノエルの答えを聞いたカクは、彼にしては珍しく怒鳴り声を上げながらパウリーに向かって突進していった。
名前を呼ばれたパウリーはカクの勢いにぎょっとして、それから、ノエルを見て顔を顰めた。
詰め寄ったカクがぎゃんぎゃんと怒鳴り、パウリーは彼を宥めつつ必死に首を振っている。

訳が分からないノエルが首を傾げていると、ぺたりと首に何かを貼られた。
いつの間に傍にいたのか隣にルッチが立っていて、ノエルを見下ろしてた。

『しばらく剥がすなッポー』

触れてみると、形状的に絆創膏のようだ。
どうして絆創膏を貼られたのかは分からないが、ルッチの言うことだから頷いておいた。
彼の言うことに間違いはない。

造船所にはカクの怒鳴り声が響き渡ってた。

10/01/15

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