「忍…」
「は?名前呼びなしっつったじゃん」
「はあ?ちょっとくらいいーじゃんケチ!!」
「はぁ…」
「うざ。まぁいいわ、ん…んん!?」
「だぁかぁらぁ、キスもなしって約束じゃん?」
「ぷはっ!だからって手で塞ぐ普通?ちょっとくらいいーじゃないのよケチ!!」
「はぁあー。だる」
「は?てかさぁ、ずっと思ってたんだけどそのイヤホン何なの!?ヤる時にイヤホンしてる奴初めてなんだけど!?」
「うるさ…聞こえないだろ」
「意味分かんない!何が聞こえないっての!!」
「はぁうるさ…。ただでさえ聞こえづらいってのに」
「だから何がよっ!?」
「おれさぁ、これ無いと勃たないんだよね。…うなじがほんのちょっと似てるかなって思ったけどやっぱ全然違ったわおれの目が悪かったわ、おれはゲームしてないのに」
「はぁあ!?もう全部意味分かんないんだけど!!名前呼びもダメでキスもダメ、挙げ句の果てに最中にイヤホン?いくら顔が良くてもありえない!最ッ低!!」
「るっせぇー。何でもいいつったのそっちだよ。そんなに嫌なら出てけよ。あ、ホテル代も全額置いてってね、誘ったのそっちだし」
「………っ!!ありえない!この、クズ野郎っ!!!」
「いってぇー。顔叩くとかバレたらどうしてくれんだあのヒステリックめ。…はぁーあ、昇くんに会いたい」
ゲームは一日三十時間。とかできたらいいのになあ。
ぼんやりそんなことを考えながら大学への道を歩いていると、ふわりといつもの…と、臭い匂いが混じって俺の鼻に届いた。隣を見るまでもなく、今日も今日とて髪をハーフアップにした見目だけは良い変人がいる。
あぁ、もう。…本当にうざい。
「…また違うにおいする」
「んー?しょーくんやきもちかな?」
「違う断じて違う」
「ねぇねぇ、チューしてい?」
「いいわけないだろあほか」
「おれはいつでもオッケーなのになぁ」
「…クズ」
「あは、昇くん厳しー」
「うるさいクズ」
「ねぇ」
「なに」
「じんって、名前で呼んで」
「………断る」
「えー」
くさ。
いつもはもっと良い…とまではいかなくてもマシな匂いなのに。何だか今日はやけに甘ったるくて鼻につく臭いがした。別に、こいつが普段何してようとどうでもいいんだけど、俺に迷惑をかけるのだけはやめてほしい。
こうして臭い匂いをばら撒いてくる時点でアウトだ。
名前なんて、呼んでくれる奴いっぱいいるんだろ。
いや、それにしてもめっちゃ見てくるな。いつものことだけど、いつも以上に視線を感じるような…。
そろそろマジで鬱陶しくなってきた。
「なにヘラヘラしてんだ、てかこっち見んな。てかもう坊主にしろ」
「出た。それっておれの顔がよく見えなくて寂しいから?短髪のが好み?でも長い方が好きじゃんね?」
「長かろうが短かろうが中身がお前な時点でアウトだよ」
「…くっ、ふふ」
「何でツボってんの?きも…」
自分で言うのも何だがめちゃめちゃ貶したつもりで放った言葉に、どうしてだかハーフアップの変人はそれはそれは嬉しそうに破顔したあと、ツボに入ったのか涙が出るくらい笑い出した。こわ。
本当、涙が出るくらいに。
顔は伏せられてたし、肩は震えてたし、暫くして上げた顔は笑い過ぎたのか頬まで濡れて。これじゃあまるで俺が意地悪したみたいじゃん。そんなに泣くくらい笑うなよ。周りの人達も何でか俺の方をじろじろ見てくるし。違いますって、俺何も…いや確かに意地悪なこと言ったけどさ。
「相変わらずお前のツボが分からん」
「そう?しょーくんだけだよ、こんなに…」
「こんなに?」
「おばかでかわいいのは」
「睫毛抜いてい?」
睫毛は抜かれたくなかったらしく、顔に伸ばした手は逆に恋人繋ぎに握り返された。くっそ、まだ笑ってやがる。せめて鼻水も出てたら良いのに。本当に、こいつの感情スイッチが分からない。というか何も分からない。
俺のことは勝手に見抜くくせに、俺には自分を見せたがらないのが本当に…。
すげームカつく。
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