五条悟は気にかけていた。
新入生として入ってきた禪院芥のことである。
伏黒甚爾の容姿を如実に引き継いだ彼は、さらりと語られたところによると試験管ベビーというやつらしい。呪力を持っていない他の『兄弟』は人間ではないので処分されたとかなんとか。甚爾自身も与り知らないところでできた子供と初めて会ったのは、三カ月ほど前のこと。
目元にきっちりと包帯を巻いた彼に、最初は恵が攫われたのかと思った。それほど彼と恵の容姿はよく似ていた。きっちりと巻かれた包帯は自分の真似をしている恵のようで少し微笑ましい……なんて思っていたのは僅かな間。
『目ェ見えねぇんだけどさァ』
さらりと告げられた一言に絶句する。ジョークジョークと本人は笑っているがこっちとしては交通事故に遭ったようなものだ。GTGは事故に遭わないけども。最強の人生に突如現れた暴走車、それが禪院芥だった。
「あっくん、今いい?」
「ん? なんですかい。つか変な呼び方っすねウケる」
何もウケない。禪院と呼ぶのは真希と区別がつかない上生理的に受け入れられず、かといってゴトウシュサマがゴミって言ったのが由来ですと説明を受けた後で芥と呼ぶ精神力は持ち合わせていないが故の苦肉の策だ。
思わず表情が無になる五条を置き去りに禪院芥はニコニコと話し出す。
「ここ最近ゴトウシュサマの機嫌がいいんすよ。これもシェアハピのおかげ! ハピハピ直毘人エブリデイ」
「ハピハピ直毘人……」
何言ってるかよくわかんにゃい。
芥に話の舵取りを任せていては話の樹海にナイナイされると気付いた五条は「あのね」と強引に本題に入る。
「ちょっとついてきてくれないかな」
「ケツ掘る?」
「掘らないよ??!!」
もうヤだこの子。
負けるな五条、頑張れ五条。内心で自分を鼓舞しながら五条は芥の手を引いた。見えなくても感じるらしいのだが、「ついておいで」と言いつつ目の見えない子供を放置するほど五条は人でなしではなかった。ちなみにこの一連の流れで五条のSAN値はいたく削れたので代償として目元の包帯がびしょびしょになった。
「硝子、いる?」
「なんだ悟。……おや」
医務室へ行くと家入硝子は喫煙の真っ最中だった。
ふーと硝子が煙草をくゆらせると医務室は白く煙る。部屋に入るなりスンスンと匂いを嗅いだ芥はこてんと首を傾げる。
「高専って学内に喫煙所があるんだ」
「いい学校だろ」
否定しない硝子は「それで」と五条に事情を問う。
「この子に術をかけてほしいんだよね」
「……いいよ、やったげる」
多くを説明しなくても子供の正体に気付いたらしい。
あっさりと了承した硝子が芥の目に反転術式をかける。
「……ん? 変な傷だな。深層部はきれいに治ってる。まるで見えない状態の目をわざと維持してるみたいな――」
「ッッ」
ガタン
大人しく椅子に座っていた芥が暴れだす。
「あっくん、大丈夫! 痛いことは何もしないから!」
「うるさいうるさいうるさいうるさいッ、離せッ!! 俺に余計なことをするな!!! クソが!!!! 死ね!!」
「大丈夫、大丈夫だから落ち着いてッ」
暴れ狂う芥を取り押さえつつ、なんとか目の修復を終える。大丈夫だと、何も怖いことなどしていないと分からせるように五条はゆっくりと芥のアイマスクを取る。
「〜〜〜〜〜〜ッ」
ひくり、芥の頬が引き攣る。
「ね、GTGに任せれば大丈夫だったでしょ!」
にっこり。安心させようと笑う五条を、芥の眼が捉える。
「………ああ、」
ぽつり、芥が呟く。
「アンタ、そんな顔してたんだな」
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