「副会長たちはどーしたんスか」
会長が変な宣言をしてから1カ月。転校生がこの学校にやってきた。
中途半端な時期の転入ってだけでも書類処理等が面倒だというのに、あろうことかこの学校のあらゆる美形と言う美形を落としてくれているらしい。甚だ迷惑な話だ。
噂によると、俺と会長以外の役員も早々に落とされたんだとか。そんなまさかと思っていたのだが。
広がる光景の異様さ。話しかけたくもないけど、がらんどうな生徒会室はあまりにも異常で、俺は聞かずには居られなかった。会長は、誰も座っていない他の役員の執務机を見て、簡潔に答えた。
「群れてる」
「は?」
「転入生に、群れてる」
返ってきた言葉はいつものことながら突飛過ぎた。アンタ、もうちょっと説明しようっていう気概はないのかよ。
でもまぁ要するに、噂は事実だということなのだろう。
「そーですか」
会長の横顔が妙に不安げに見えて、俺は関わり合いになりたくないという思いから、目を逸らした。そして、肌が触れないようにそっと距離を置く。面倒はごめんだった。
「まぁ、そんな訳だから」
ギシ、と俺の座っていたソファーのスプリングが軋む音がして、顔を上げると、そこには会長の整った顔があった。
「今日は二人きりだ」
……オイオイオイオイ。どうしてこういう流れになった。さっきまで副会長たちの話だったじゃないか。
「寝ぼけてんですか、バ会長」
「阿呆。寝ぼけてたらもっと凄いのかますわ」
もっと凄いのってアンタ何する気ですか。
そう聞きたかったけど、聞いたら主に俺のヴァージンが危うくなる気がして、俺は口を噤む。
「まぁ、寝ぼけてなくともやるから、遅いか早いかの話だが」
「スミマセン、何ノ話デショウ」
これは流石に突っ込まないと流されるままになる気がして、聞く。会長は、こっちの動揺など気にしていないのか、それとも全く気付いていないのか、フンと傲慢に鼻を鳴らして言う。
「馴染ませるかどうかの話だ。寝ぼけていたら、拡張などしないからな」
なんだろう。恐ろしい言葉が聞こえた気がする。
「何する気だよ」
睨みつけながら言う俺に、会長は事もなげにただ一言、
「セックス」
と言った。この万年発情期野郎が。
「やりませんよ。やるならお一人でどうぞ」
仮眠室を指差しながら言うと、会長は俺を急に抱き上げる。
「よし、やるぞ」
「だからやらないって――…、」
最後まで続く筈だったその言葉は、会長から流れ込んできた感情によって押しとどめられた。
――《羨望》、《寂しさ》、《悔しさ》…
なんだよ。どこも欲情なんかしてねぇじゃねぇか。
俺は、会長の頬に手を添えた。会長の動きが唐突に止まる。
「なんだ。その気になったか」
相変わらず口から出る言葉は万年発情期野郎そのものだけど。でも、触れる頬から流れる感情は確かにその言葉を否定している。
「アンタ、泣きたいなら泣けばいいじゃん」
アンタに触れてるとこっちが泣きたくなんだよ。クソ、胸糞悪りィ。
なんだか腹立たしくなって、会長の胸板をグーパンチした。鈍い音がした。
「…ッ、いってーな」
まるでその言葉が引き金になったかのように、会長の目から涙が零れた。
「……俺じゃ、ダメだったのか」
「ずっと見守ってきたけど、頼りなかったか」
「いつか話してくれたらって思ってた」
「転校生みたいに切り込んでみたらよかったのか」
『変な風に笑うなよ!』と、転校生は副会長に言ったらしい。あの人の作り笑いなんて端から皆気が付いていたこと。知らないのは副会長だけ。
皆待っていたのに、話さなかったのはあの人。
誰も彼自身を見ていないと。そう思っていたのは、
「誰も信用しなかった寂しいあの人だけだよ」
あの人の腕に触れてしまったことが、何度かある。
あの人から流れてきた感情は、確かに《寂しさ》だった。でも、彼はそんな自身に少し酔っているようだった。
(あぁ、寂しい自分…。誰も構ってくれない。誰も見てくれない…。あぁ、可哀相な自分…)
そうして、浸って。でも誰もそこに触れてくれなくて、浸ってる自身に満足できなくなってきて。
だから、『作り笑顔の自分』に構って、癒そうとしてくれる転校生に惚れた。ただ、それだけだ。
要するに、甘えてただけなのだ。
「俺が思うに、元々副会長は心配無用な奴でしたよ。今も、ね」
そう。なのに彼は被害者になって酔っていたのだ。俺は、そういう彼に触れるのが嫌いだった。
俺はそんなこと思っちゃいないのに、まるで俺がそう思っているかのような感覚は、ひどく不愉快で、腹立たしかったのだ。
《寂しさ》、《平穏》、《落ち着き》…
頬に触れる手から伝わるものが変化したのが分かって、俺は手を下ろした。手を離そうとした瞬間、《名残惜しさ》を拾ったのは、きっと気のせいだろう。
「会長、副会長は元々大丈夫だったんだよ」
俺は、知ってる。
徐々に変化していく感情。でもその中で、一度も弱々しさを感じるものなどなかった。
あの人の感情の根底にはいつも自己陶酔があったから。
「心配するなら、副会長じゃなくて、今後サボるであろう彼らの仕事をどう回すかに頭使いなよ」
ホント、バカだよね。そう言ってでこピンをすると、会長はやっぱり怒りはしなかった。
嬉しそうに笑う彼を見て、やはり会長はMなのだと俺は密かに思った。
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