あの夏の日を忘れない
16
「ア〜ロハ〜!」

 隣で窓を開け放った長谷川が叫ぶ。色々間違ってるけどなと思いつつ、バスの窓いっぱいに飛び込んでくる景色に浮かれるのも仕方ないと苦笑する。白い砂、空にエメラルドをを溶きいれたような海。異国感あふれるヤシの木に旅行気分が煽られる。

 修学旅行当日はあっという間にやってきた。班のメンバーは三浦、花井、委員長、平野といういつもの四人と俺の親衛隊の高槻歩という子が一人だ。
 高槻くんは一度パトロール中に遭遇したことがあったため親衛隊の中でもよく覚えていた。元はB組だったのだが、前期の成績が急激な伸びを見せたため後期になってA組に振り分けられたという特殊な経歴の持ち主だ。本人曰く「ちょっと頑張りました」とのことだが新年度を待たずしてA組に上がってきたあたり、かなりの努力をしたのだろう。

「やっぱりゆかりんと同じクラスになりたかったってことでしょ? 愛だね〜」

 高槻くんが俺の親衛隊員であることを知っている長谷川が口元を緩めて揶揄う。
 ちなみにB組である長谷川がなぜA組のバスに乗っているかというと、「ついうっかり」間違えてしまったとのことである。高槻くんは俺から離れた席でぽぽぽと頬を赤らめた。分かりやすい反応に思わず長谷川へ顔を顰める。

「おい、高槻くんで遊ぶなよ」

 おもちゃにされているようで心配になる。「ごめんね、素直な反応をしてくれるからさ」 フ、と気取ったポーズでおちゃらける長谷川。高槻くんはリアクションどころではないのかパタパタと顔を扇いで熱を冷ませていた。

 バスが止まる。どうやら最初の目的地に着いたらしい。バスから降りると、道沿いに鎮座するシーサーが出迎えてくれた。オレンジ色の瓦屋根の店やレンガ造りの建物が点在しており、店の正面の歩道にはヤシの木が植えてある。全員降りたのを確認し、田上が手早く説明する。

「いいか〜、今から2時間半の班行動の時間だ。昼食は各自班でとること。三時からはここから十五分程歩いたところにある文化会館で沖縄の伝統文化についての体験学習をする。三時前には文化会館の入り口前に集合すること。んじゃ、解散〜」

 気の抜けた声を合図にじわじわと生徒は散開する。
 しれっとA組のバスに乗り込んでいる時点でお察しではあったが、長谷川は自分のクラスに戻る気は更々ないようで、「昼食何食べたい?」と首を傾げている。三浦は長谷川の広げているマップを覗き込むと、長谷川と二人で眺めはじめる。何事かを確認した三浦に長谷川が頷く。三浦は辺りに視線を走らせ、ホッと息を吐いた。

 どうしたんだろう。何かを警戒するような。日置に怯える江坂の図を彷彿とさせる。俺は自分のマップを広げ、花井に見せる。

「花井は何食べたい? 俺ソーキそば興味ある」
「いいね。僕はここ行けたら後は何でも。ドラマの撮影スポットなんだ」

 花井が地図上で指差した場所を確認し、控えめな位置取りの高槻くんに声をかける。

「高槻くんはどこがいい? 食べたいものとかあるかな」

 高槻くんは天を仰ぎ、手で顔を覆う。

「ソーキそば、いいと思います」

 本当に?
 無理に言わせてないか不安になる。俺の気持ちを察したのか、しどろもどろの弁解が続く。

「顔を隠してるのは、ちょっと椎名様に対する思いをこじらせすぎたせいで今顔面がお見せできる状態ではないからで」

 何をどうこじらせすぎてしまったんだ。

「決してあの、ソーキそばが本当は嫌とかそんなのではないので――ソーキそば食べて健やかに生きてください……」
「あ、うん。分かった」

 色々と。
 どこ目線か分からない高槻くんの言葉を聞かなかったことにし、委員長に目を向けると何とも言えない表情で頷いていた。
 触れるのが怖かったため、そちらも見なかったことにしてソーキそばの店に向かう。

 店内に入ると板張りの床に、ハイビスカスの描かれた壁という沖縄情緒あふれた内装が出迎えてくれた。厨房部分はオープンキッチンとなっており、「めんそ〜れ」と紺地に白で書かれた暖簾がかけられている。
 席に着いて五分ほど経ったタイミングで、店の扉が開かれる。

「あれ、由もここにしたのか」

 手をひらりと振った兄は、得意げに後ろを見遣る。

「ほら、タコライスの店にしなくてよかっただろ」

 円は六人で、と声をかけ俺たちの近くの席に着く。円に続く形で店に入ったのは青に田辺、江坂に日置に真壁だ。
 器を持った店員さんを尻目に、俺の隣の長谷川が耳元でこそりと囁く。

「ゆ〜かりん。もしかしたら彼ぴっぴと修学旅行デート出来ちゃうかもよ?」

 相変わらず耳が早いと思いつつ、いただきますと手を合わす。提供されたばかりのソーキそばをすする。

 修学旅行デートかぁ……。
 膨らむ妄想に無言で蓋をし、青を見る。
 普段は制服で出歩いたりしないんだから、こんな時くらいちょっと抜け出して二人で遊んでもいいんじゃ――
 歯止めのきかない思考を遮るようにスペアリブを口に入れる。

 良くない。これはあくまで班行動なんだから(隣の長谷川はうちの班員ではないが)勝手な行動は慎んだ方がいいに決まってる。

 食べている間に隣のテーブルにもソーキそばが到着したらしい。手を合わせた円が苦笑しつつ提案する。

「そうだ、折角ここで一緒になったんだ。そっちの班さえ良ければ自由時間を一緒に過ごさないか?」
 
 まぁ、円がそう言うなら仕方ないよな?





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