あの夏の日を忘れない
15
「ご報告ありがとうございます。僕らも椎名様のお幸せを陰ながら応援させていただきますね」

 横内先輩は柔らかに微笑む。その後ろには小さく拍手をする親衛隊のメンバーたちが控えている。いつもと変わらぬ腰の低さに、俺は知らず息を吐いた。
 青の親衛隊を見た後だと、この変わりなさに安堵してしまう。最初は不慣れだったはずなのになと苦笑すると、表情の変化に気づいた先輩が首を傾げた。

「どうされましたか?」
「いや、最初は自分に親衛隊なんてと思ってた俺も随分慣れたものだと思いまして」

 ああと先輩は微笑むも、何かを思い出したのかその表情を曇らせる。

「嬉しいお言葉をいただいた後でこんな話をするもの恐縮なのですが、そろそろ次年度の親衛隊長を決めなければいけない時期でして」

 えっ、と理由を尋ねかけるも思い至る。そうだ、先輩は三年。もうじき学園の卒業が迫っている。

「そっか、もうそんな時期だったんですね」

 先輩は残念そうに頷いた。

「次の隊長はまだ選考段階ですが、弟の渡を据えようかと考えています」
「あれ、委員長は親衛隊には」
「入る予定です」

 食い気味の先輩に事情を察する。俺にとってはありがたい話だがいやはや。

「委員長が隊長をやってくれるなら知ってる仲だし、頼り甲斐があって安心できそうで……確かに俺は嬉しいですけど。無理強いはしないでくださいね?」
「んっふふふふ。はい、承知しました」

 先輩はちらりとカーテンの方を見て楽しげに笑う。隣の青は何を察したのか「ああ……」と声を漏らした。

「次期委員長が無事決まりそうで安心しました」
「いや決まってねぇだろ」
「決まったようですね」

 勝手に話を進める青に突っ込みを入れるも、当の先輩から肯定される。

「今のは良い一撃でした」
「うん……?」

 何も話が読めない。困惑する俺を楽しむように、先輩は笑う。

「それだけ椎名様は魅力的ってことですよ」

 ◇

 椎名様と夏目委員長を見送った後、カーテンを引く。

「それで? 親衛隊長の件はどうする?」
「はめられた……。端から椎名くんが来ることを分かってて今日の約束にしたんだ……」
「そうだけど」
「やだー! やり口が陰湿〜!」
 
 わっと顔を覆う弟の耳は真っ赤だ。口では往生際の悪いことを言っているが、とうに覚悟は決まっているのだろう。親衛対象自ら隊長に望まれれば、ファン冥利につきるというものだ。

「じゃあ、この紙にサインよろしく」
「情緒って知ってる?」

 ぶつぶつと文句を口にしつつ、弟は書類にサインをする。

「はい、じゃあ非公式親衛隊長申請書類はこれで提出しとくよ」
 
 ふと、近く迫っている行事を思い出す。

「そういえば渡たちは沖縄に行くんだっけ」
「そうだよ。今月末に」
「ふぅん」

 何食わぬ顔で相槌を打つと、弟ははっとした顔でこちらを見る。

「着いてこないでよ?」
「ふふふ」

 笑って受け流す。弟なら椎名様とうまくやるだろう。一先ずはその様子見がてら。適当な言い訳を考えつつ、沖縄旅行に想いを馳せた。





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