あの夏の日を忘れない
30
 その日は学園中がお祭り騒ぎだった。というのも円が学園に戻ってきたからだ。かく言う俺だが、どんな顔をして出迎えればよいのか分からず、こそこそと学内を逃げまどっている。
電話では以前のように会話を交わしたものの、顔を合わせてとなると随分と久しぶりだ。記憶のない円に八つ当たりじみたことをしたのも含めて、向かい合ってとなると少し気恥ずかしく、気まずいものがある。

「おい。いい加減あのクソに会ったらどうだ」
「……クソは、どうかと思うんだが」
「うっせダボ。クソはクソだ」

 ハン、と鼻を鳴らし嘲笑う二村。今日の護衛の当番らしい。こちらも例の事件以降距離を置いていたため久しぶりの会話だ。挙動不審なこちらに対し、二村の態度には恐ろしく変化がない。いっそ夢だったのかと思うほどだが、首に残る噛み跡が現実だと突きつけてくる。跡を指先で擦ると、じくりと痛む。

 恨みがましい目を二村に向けるもどこ吹く風。二村の態度に余裕が滲みはじめたのはいつからだったか。出会った当初は俺と円を誤認した挙句いきなり掴みかかってくるような奴だったのに。

「……なぁ」

 二村の口調がぎこちない。どうしたのかと視線を向けるも、ふいと逸らされる。二村の態度に構わず視線を向け続けると、観念したのかしぶしぶ口を開く。

「首は大丈夫かよ」
「……は」

 まさかそこに触れるとは。予想外の話題と今までとは違う不格好な物言いにきょとんとする。話が通じていないと思ったのか、二村は口ごもりながら「俺が……んだとこだよ」と言葉を足した。その態度がまるで拗ねた子供のようで。先ほどまでの落ち着き払った二村と別人のようなそれにじわじわと口元が緩む。

「ふっ、」

 思わず笑い声が漏れた。ああ、我慢しようと思ったのに。
 案の定二村は気を悪くしたらしく、ぎりりと目を吊り上げて怒り出す。ごめんごめんと謝るも、その声にすら笑い声が滲んでいるものだから二村の怒りはますます加速した。

「忘れたフリしとこうと思ったのにお前が何度も首を擦るからッ」
「だって痛ぇし」
「ッッッ、こンの馬鹿ッ」

 羞恥からか若干涙目の二村に先ほどまでの認識を改める。うん、二村は二村だ。どこか安心を覚えながらも、指先で頬をかく。

「つか、なんでお前が恥ずかしがるんだよ。俺の方がよっぽど恥ずかしいわ」
「アンアン鳴いてたしなァ」
「……は?」

 新しい声が会話に入る。極々俺と似た響きを持つ声に、俺と二村の体が硬直する。二村の確かめるような視線に俺じゃないと首を振る。見合わせた目をゆっくりと正面に向ける。

「よぉ、由クン」

 向けた先には、

「お兄様にもそのお話聞かせてくれねぇかな?」

 へらりと軽い笑みを口元に浮かべた円――この学園の、王様がいた。







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