パロディでGO!1



お題『猫耳』―1


 ここは、秋葉原の最奥にある小さく怪しげな喫茶店。
 同じ路地にはメイド喫茶という名の風俗店や、盗品扱い暗黙OKの電気屋が立ち並ぶ、秋葉原の裏の顔。所謂、ダークサイドと言える領域にある小さな店だ。もちろん例に漏れずここも違法ギリギリのマニアックな趣向に重きを置いた、特殊な喫茶店である。
 その名も『ニャンニャンオッサンパラダイス』。略して『ニャンパラ』。一番大事な所が略称で抜けているのはご愛嬌。
 え?今、ちょっと待って無理ある、って言いました?
 あ、言ってない。はい、じゃぁいいです。

 その名の通り、おっさんが猫耳付けて接客しているキワモノ好き向けのマニアック店。一部の裏関係者の間では熱狂的ファンも居る、一種の伝説名店である。オッサンは皆アルバイトとして雇われており、昼間に別の仕事をしている者ばかり。可愛い系、綺麗系などは論外。基本マジでオッサンを集めていて、人気はくたびれ系と、ガチムチ系。もちろん、ハゲ頭系、白髪系、ビール腹系、と各種取り揃えているため、おっさんマニアには堪らない。
 え?今、落ち着けお前、って言いました?
 あ、言ってない。はい、じゃぁいいです。

 今日もニャンパラは大繁盛。
 秘密の趣向を持った大物ばかりが顔を揃える客層なので、基本は会員制、秘密厳守。一つのテーブルにお一人様ご案内、指名制で猫ちゃん一匹がベタ付き。サービス内容は猫ちゃんによって様々である。
 少し薄暗い店内では、笑い声やら密やかな話し声やら、時折(オッサンの)甘い声なども聞こえてくる。
 そんな店内を、バックヤードに繋がるカーテンから覗いている一人の猫ちゃんが居た。あまりよく見渡せる状態ではないが、ソファーの上でくっついたり離れたりする影を見ながら、青い顔で若干震えつつ視線を泳がせている。

「なんで、こんなことに・・・」

 彼の名は南郷。
 つい先日、重なった借金で首が回らなくなっていた所を竜崎というヤクザに拾われ、何故か今、ここに居る。

「俺が望んだのは変化だった、はずなのに・・・いや変化はしたが、こういう変化じゃなくて、もっとこう・・・舞い降りた悪魔的な・・・」

 絶望と緊張のせいか、言っている事がよく分からない。
 今はまだ耳を付けていないため、普通のズボンにややピッタリサイズのTシャツを身につけただけの、まるで雨の日の夜に「みどり」みたいな名前の雀荘によく居そうな詰み寸前のオッサンの如き格好。
 ここでは指名が入ってからお客様に合わせた猫耳を付けて出る上に、格好は私服で通しているため、バックヤードでは皆一見すると普通のオッサンなのだ。
 そんな南郷の肩を後ろから叩いたのは、彼より先にここで働いているオッサン、安岡である。

「南郷さん、まだ緊張してんのかい」
「安岡さん」

 昼間は刑事だとか言っているが、チェック柄のややくたびれたスーツ姿を見る限り、どこまで本当かは分からない。信用はしきれないが、何かと世話を焼いてくれる彼を、南郷は他の先輩達よりは慕っていた。

「まぁ今日がデビューだからな、仕方ねぇか」
「あ、あの俺にはやっぱり」
「大丈夫だって、気楽にいきな」
「はぁ」

 こうやってトッポい彼は南郷を激励してくれるが、他の先輩は酷いものである。市川先輩は基本的に無言だし、矢木先輩は客を取られないようにか嘘ばかり教えてくる。鷲頭先輩に至っては地味で陰険な苛めをしてくる始末。
 今日までの数日は安岡に着いてもらってレクチャーを受けていたのだが、今日は南郷の一人立ち初日なのだ。
 そんな二人の元にやってきたのは、マネージャーの仰木である。

「おい、もうすぐ予約の客が来るんだが、誰空いてる」
「俺と南郷さんと、市川さんだな」
「そうか。ちょうど良いな。スタンバっとけ」
「おいおい、指名は大丈夫なのかよ」
「あぁ、いつもの客だからな。アンタと市川の指名は入るはずだ」
「なんだよまたアイツか」
「文句言うな。上客だろ」
「分かったよ」

 安岡は舌打ちをしながら「準備するか」と南郷を連れて控え室へと戻っていった。それを見送っていた仰木のインカムに、受付のボーイから報告が入る。どうやら例の予約客が来た様で、仰木は出迎えに入り口へと向かった。
 そこに居たのは常連の二人と、初顔らしい連れの男一人。

「いらっしゃいませ。石川様、平山様」
「あぁ、仰木さん」
「どうも。また来ちゃいました」

 サングラスに髭面の石川と名乗る男はこの店の古株で、特に無理難題も出さずに静かに酒を飲んでくれる、店からしたら有り難い客だ。

「指名はいつも通りでよろしいですか」
「えぇ、空いてるなら市川先生を」
「いつもありがとうございます」
「いやいや、あれだけ博識で物静かなニャンコちゃんはなかなか居ない。つい先生と呼ぶのが癖付いてしまいましたよ。盲目とは到底信じられないですな」
「いえいえ」

 いつも市川を指名しては、二人で静かに酒を酌み交わしながら何事か深く話しこんでいる。と言っても、石川の視線は語る市川の猫耳に熱く注がれているのだが。
 そしてもう一人の常連が、白い髪を立てて赤いサングラスをかけた白スーツの男、平山である。この若さで常連とは、将来が不安でならない。

「平山様も指名は・・・」
「安岡さん!安岡さん居ますか!」
「えぇ、おりますよ」
「安岡さんお願いします!安岡ニャンコお願いします!」

 落ち着け平山。
 仰木は微笑みながら静かに頷く。興奮気味の平山は既にハァハァ言ってるので出来るだけ近付かないようにしているようだ。
 そして初顔のもう一人。降ろした白髪に死んだ魚のような目をした、青いシャツの青年。まるで興味も無さそうに、逆に引いている様子もなく、ただ無表情に彼らの会話を聞いていた。
 仰木は訝しげに思ったが、表情には出さず石川にやんわりと問う。

「お連れ様は、こちら初めてですね」
「えぇ、私の甥っ子でね」
「あぁでは平山様とは、いとこですか」
「えぇ幸雄と似ているでしょう」
「えぇまぁ」

 青シャツの男が小さく舌打ちをしたのは聞かなかった事にしよう。

「いやこいつね、こういう場所には来た事が無いと言うものだから」

 そりゃそうだろうよ。

「本当は興味あるくせにね。歳の割りにどうにも物事に無関心で」
「伯父さん。俺はいいって言ったじゃない」
「まぁいいじゃないかアカギ」
「アカギ様、でございますか」
「・・・」

 無言。
 本当に大丈夫なのだろうか。こんなマニアックな趣向に着いてこれるのか彼は、と仰木は不安に揺らぐ。ここは秘密厳守の店だ。無駄に客を増やすわけにはいかない。
 はしゃぐ平山が横槍を入れてくる。

「アカギ、マジ楽しいから、お前もマジ嵌るって」
「黙れ凡夫」
「いやマジ可愛いから。安岡ニャンコマジ可愛いから。あ、やっべ、呼び捨てしたの知られたら殺されるわ俺」
「死ねば助かるのに」
「死にたくなーい!」
「はっはっ、仲が良いなぁ二人とも」

 良いのか、これは。
 などと野暮な事は口にしない出来る男、仰木。

「それでは、アカギ様のご指名はいかが致しましょう」
「そうだなぁ、おいアカギ、好みだけでも言ってみたらどうだ」
「・・・」
「こういった趣向の店でいきなり好みを伺うのも無粋でしょう。こちらのお奨めでよろしければ」
「ガチムチ。目の下の泣き袋大きめ。守ってやりたい泣き上戸系」

 ガッツリだぁー!
 アカギ様ガチで楽しみに来てるー!
 などという心の叫びを声にはしない出来る男、仰木。

「ちょ、ちょうどピッタリの猫ちゃんが居ますよ」
「お、良かったなアカギ」
「・・・」

 目的以外には微塵も反応を見せない謎の男、アカギ。
 だが上客の連れでは店側も無下には出来ない。とりあえず仰木はボーイを呼んで、それぞれをテーブルに案内するように伝えた。

「それじゃぁ、また後でなアカギ」
「安岡さ〜ん、今行きますからね〜」

 少し離れたテーブルに三者を別に案内すれば、仰木はまたバックヤードへ向かう。そこでは既に準備を整えたニャンコちゃんが三匹。
 白く垂れ気味な猫耳を付けた盲目のベテランニャンコ、市川。

「市川先生、ご指名です」
「その呼び方はやめてくれ」
「まぁ良いじゃないですか。石川さんですよ」
「またアイツか」
「それじゃぁ、お願いしますよ。8番です」
「あぁ」

 次に、茶色い荒く毛羽立った猫耳を付けたおまわりニャンコ、安岡。

「安岡さん、アンタも指名だ」
「またアイツだろ?ったく。しつこい奴だ」
「そう言うなって」
「すぐ調子乗るんだよ平山は」
「まぁまぁ。5番テーブルだ」
「分かったよ」

 そして最後は、本日デビュー戦の、黒く小さなピンと立った猫耳を付けた、ビク付きニャンコ、南郷。

「いや似合ってるよ南郷さん」
「あの、でも」
「黒いのにして良かったな。さすが安岡さんの見立てだ」
「俺、指名じゃないですよね」
「あぁ初顔の客だ。アカギ様。今後の指名貰うチャンスと思いな。2番テーブル」
「はぁ」

 それぞれに猫耳という名の戦闘服を身に付け、今、旅立つ!
 仰木はグッと親指を立てて見せた。キャラが違う、とかはパロディなので関係なし!
 そんなこんなで2番テーブルでは、まったくの無表情なのに背後に「ソワソワ」という文字を背負ったアカギが一人、座っていた。既に注文の入っていたボトルとグラス、氷の乗った盆を手に、南郷が歩み寄る。

「ご、ご来店ありがとうございます。あの、な、南郷です。よろしくお願いします」

 そのとき、アカギに電流走る。

「お、お客様?」

 そわそわ、が、ざわざわ、に変わった。

「アカギ様、あの、やっぱ俺じゃぁご不満ですか。チェンジも出来・・・」
「いい」
「え?」
「アンタでいい」
「はぁ」
「南郷さん、だっけ」
「はい。あ、えと、失礼します」

 テーブルに盆を置いてから、隣に腰を降ろした。
 高級ソファーがギシリと大きく傾ぐ。それにまた電流走るアカギ。最早こいつのツボがよく分からなくなってきた。
 無表情な客に南郷は勝手が分からず、とりあえず酒を作り始める。

「水割りで、いいですか」
「あぁ」
「・・・どうぞ。あの、俺も頂いて良いですか」
「あぁ」

 セオリーに乗っ取って、客の許可を得てから南郷も自分の酒を作った。弱めのそれを手にしてから、乾杯をする。店柄、盛り上がるような乾杯ではなく、カチンと小さくグラスを当てる程度。

「あ、あの、俺、お客様のお相手するの今日が初めてで、粗相をしたらすいません」

 またもやアカギに電流(以下略)

「不慣れなもので、その、今も緊張してしまって」
「自分を捨てちゃいなよ」
「はい?」
「アンタなら出来るさ」
「・・・はぁ」

 何を言ってるのかよく分からないが、無表情の割には自分を気遣ってくれているのかと南郷は少しだけ緊張が解れたような心持になった。

「あ、サービスのご案内を、させて頂きます」
「案内?」
「はい。服の上からのおさわり、膝抱っこ、首キス、は料金内です。半脱ぎ、直おさわり、跨り擦り、唇キス、指入れ、は別料金となってます」

 またもやアカギに電(以下略)

「・・・指じゃないものを、入れるのは」
「指入れに更に追加料金となります」
「へぇ」
「サービスタイムには猫耳触り放題となってます」
「そう」
「それと、ニャンコごとにスペシャルサービスがありまして、ご指名頂いた猫によって別のサービスが楽しめます。追加料金で」
「上手いなこの店」
「え?」
「いや。で?南郷さんのサービスは?」
「・・・」
「どうしたの」
「・・・お、おっぱい」
「は?」
「おっぱい、パフパフ、です」

 またもやアカギに(以下略)

「・・・」
「アカギ様?」
「まさか石川の伯父さんに感謝する日がくるなんてね」
「へ?」
「じゃ、追加料金で」
「は?」
「パフパフ」
「いきなり!」
「何」
「い、いえ!」

 まさかデビューでいきなりスペシャルメニューが入るとは。かなりのお値段が指定されているので、スペシャルは愛猫レベルにならないと注文されないものなのだが。

「俺ね、オッサンも猫耳も大して興味なかったんだけど」
「!」

 根本から店の否定したよこの人!
 と、不本意入店ながらも驚きを禁じえない南郷。

「アンタの猫耳は、悪くない」
「え」
「黒いの似合ってるし、鳴かせたい」
「は?」
「ニャーとか言わせるメニューないの」
「ん?」
「つかその身体で猫耳って、どんだけ俺のための存在なの」
「あ、アカギ様?」
「様いらない」
「でも」
「いいから」
「あ、アカギ」
「それでいい」

 有無を言わさぬアカギの物言いに、だが何故か逆らえずただ従ってしまう南郷。アカギはグラスをテーブルに置くと、ズイッと南郷に近寄った。

「じゃ、早速」
「あ、あの」
「脱いで」
「そ、それも別料金ですが」
「いいよ」
「・・・そ、それじゃぁ」

 南郷はシャツの裾を掴むと、ゆっくりと上げ始める。まだ慣れていない彼には羞恥以外の何者でもない。それがまたアカギを煽っているとは思いもしていないようだ。
 ただ見詰めているだけのアカギの集中力は、乳首が見えた瞬間、宇宙の極みを凌駕した事をここに明記しておく。


続く…


続くんかーい!
というか思ったより長くなってしまったという罠。
というか市川さん初登場コレ!?え!ごめんなさい!
あ、えと、は、拍手ありがとうございました!

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