once

「──子を、お作りなさいませ」

 今際の際に、彼女はそう囁いた。
 胸から腹にかけて大きく切り裂かれた傷は深く、必死に押さえる俺の手の間からも血は溢れて止め処なく流れ落ち、枯れた大地に吸い込まれて染みを作る。

「誰より強く、勇ましく、賢く偉大で…あなた様の持つ美徳全てを継いだ子を」

 掠れた声で紡がれる言葉を一言も聞き漏らすまいとしながら、彼女を抱く俺の腕は我知らず震えていた。

「子を産めぬ体だった私を、剣としてお側に置いてくださり、感謝しております。私は幸せだった…。けれど、王には子が必要です。この国を統べる次代の王、次なる砂漠王となるお子が」

 こふ、と噎せた拍子に口の端から血が漏れる。内腑にまで至る傷が血を流し、彼女の喉へと昇るのを、俺はなす術なく見つめた。

「どうか沢山の女性を愛してあげてください。あなた様の愛は、私一人で頂戴するには勿体無い程大きく、尊いものでした。そのお優しさを、皆に分けて差し上げて…」

 そうして彼女は、花開くように柔らかに微笑んだ。

「あなたがこの地を統べるその時を、この目で見られぬのが心残り。先に逝く無礼をお許しください。…けれど私は側におります。いつまでも、誰より近く、あなたの隣で、あなたの事を見守っているのです」

 そして、血に濡れた手を持ち上げると、俺の頬をそっと撫でた。

「…愛しています。我が王、どうか泣かないで…」

 頬に伝う雫に気が付いたのは、その時だった。大粒の涙がぱたぱたと彼女の顔に落ちる。頬に触れる手が、ゆっくりと力を失い、滑り落ちる。

「──…」

 名を呼ぶ俺の声は、砂塵を舞い上げるつむじ風の音に掻き消えた。





                  「手記」五章278頁より

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