Agapanthus




体育館の光に違和感を感じ、窓の方を見ると
すっかり日が暮れてしまっていた
急いで孝支先輩達に挨拶をし、第3体育館に向かってこけない程度に足を動かす
恥ずかしい事件もあってか、いつも以上に気合いが入ってしまった
皆頑張ってくれてありがたかったけど
(烏養(元)監督時代の辛かった時期を思い出しました(by皆さん))
「ごめんなさい!遅れま……した?」
開けっ放しにされていた入口から勢いよく入った私の目に飛び込んだもの…それは
「つ、ツッキー…?」
いつものメンバーではない月島がコートに立ってる
コートのそばには、体育館の床と仲良くしているリエーフくんが転がっていた
クロとの特訓が過酷なものだったと語っているかのような見事な屍姿だな
「ウェーイ」
「くっそ!!」
そして丁度木兎さんのスパイクをクロが止めたところだった
「うーんやっぱメガネ君さ"読み"はいいんだけど、こう…弱々しいんだよなブロックが」
流石木兎さん……しっかりと見てるなぁ……
そして京治くんもよく見てるわ…さりげなく会釈してくれてる……皆気づいてないのに彼だけだよ
入ってきた私に気づいてくれたのは
「腕とかポッキリ折れそうで心配なる。ガッ!っと止めないと…ガッ!っと!」
効果音で必死に表現してますけど、ツッキーにそれが通じるんだろうか…
「僕まだ若くて発展途上なんですよ。筋力も身長もまだまだこれからなんで」
「むっ!?」
あー…ツッキーがそれを言うと嫌味にしか……いや、あえて言ってるよね
さすが……全国級のエースにもツッキー節炸裂させてる
「悠長な事言ってるとあのチビちゃんに良いトコ善部持ってかれんじゃねーの?同じポジションだろー」

……あれ?
ツッキーが言い返してこない…?
「「…………?」」
クロも木兎さんも思い通りのリアクションを取らなかった月島に違和感を感じてるみたいだ
「つ、」
きしま…と言いかけたところで彼の口が動いた
「それは仕方ないんじゃないですかね〜日向と僕じゃ元の才能が違いますからね〜」
「?」

……ああ、なるほどね
やっぱり月島は壁を壊せないでいるんだ
だから一人だけ飛ばない
飛べないわけではないけど飛ばないんだ
才能が違うなんて言葉……何か壁を感じないとそんな風に思わないもの
「あっ!柚葵さん!」
「っ!」
私の後ろからの声にビックリした月島と目があった…
そこには感情のない笑顔
「あっ!またスパイク練習ですか!?俺ブロックやります!?やります!?」
「おい、リエーフ転がってんじゃねぇ!レシーブ!」
「ゲェッ夜久さん…!」
「ゲって何だ!!」
私の横を音駒自主練メンバーが通って体育館へと入っていく
「じゃあ、僕お役ご免ぽいんで失礼します」
「あっオイ」
今度は私の横を月島が通る
「月島は……何に怯えてるの」
「!」
思わず声をかけられずにはいられなかった
ピクッと立ち止まった彼を私は見逃さない
「何も知らないし知ろうとは思わないけど、私が言えるのはひとつだけ。月島蛍は月島蛍…他の誰でもない」
「柚葵さん、なんの事言ってるんですか?僕は僕だなんて当たり前じゃないですか〜」
「私は才能を持ってた。それ故に自分を見失った。月島と同じだよとは言えない真逆な境遇だったけど……今の月島は私と同じように自分を見失ってるようにしか思えない」
「…だとしても貴女には関係ないでしょ」
「そうだね、だけど」
私には関係なくても
「月島が自分を見失ったまま、本気を出さずに3年生を引退させることになったら…許さないからね」
月島には私が変な意地を見せたせいで、先輩達の助けができなかった
もっと早く、入部の時にでも経験者だと、及川徹のようにサーブできますよ…と言えていたなら……少しは勝てたかもしれないのに…
あの思いだけは、後悔だけは月島にもしてほしくない
終わってからじゃ遅い、終わる前に
「!?」
いつもよりも腹の底から低い音が口から出てきた気がする上に、目が笑ってないのが自分でもわかる
「ちゃんとご飯食べて寝るんだよツッキー」
「っ!失礼します」
久々にやらかした
しかも後輩相手に
でも、それだけ月島には期待してるんだ
それにしても、あんな顔のツッキー初めて見た…あんな顔もできるんだなぁ

「柚葵がガチだった…」
「なんか…地雷踏んだんじゃないスか黒尾さん…」
「ツッキー怒らした…大失敗じゃん挑発上手の黒尾君」
「いや…だって思わないだろ」
「何を」
「烏野のチビちゃんは足しかに得体が知れないし脅威だけど、技術も経験もヒヨコだろ?それにあの身長だし…それをあの身長も頭脳も持ち合わせてるメガネ君が、チビちゃんを対等どころか敵わない存在として見てるなんてさ」
「まあ、でも私の言葉に反応はしてたし」
「柚葵…」
「少なからずプライドはまだ残ってそうなんだけどね」
きっかけのスイッチを押すのは誰か…
「クロ、もしも月島が本気になればよろしくね」
「…任せとけ」


夜が明け1日が始まる
朝食を取る月島はいつもと変わらない
私も変わらずいつも通りマネージャーを行う
その時が来るまで私は見守るだけ
「柚葵ちゃん!」
「?」
日替わりで行うビブスの洗濯をしている時、生川高校のマネージャーである英里ちゃんが、チャームポイントのツインテールを激しく動かしながらこちらにやって来る
すごい勢いで走ってきてるけど何事!?
「どうしたの!?なにか緊急事態!?」
「あっ!ごめん、そういうことじゃないの!真子ちゃんが父兄の方からスイカ貰ったんだ!って言ってて、できればこっち手伝ってもらいたいなって思って!」
「あ、そういうこと…ちょっとまってね!もう少ししたら終わるから急いで厨房向かう!」
「よろしくね!」
英里ちゃんはそう言うとさっきと同じように元気よく帰っていった
…元気だなぁ

「おおお!大きいスイカだね!」
「でしょでしょ!」
「柚葵、こっち頼める?」
「はい!潔子さん!」
「谷地さ〜ん、そっちのお皿取ってもらえる?」
「はい!」
「甘〜い」
「あ!雪絵!つまみ食いはだめ!」
「かおりのケチ〜」
なんだろう、この空間が好きすぎる…
癒されるってこういうこと言うんだろうなぁ
「雪絵さん!私たちのは後で食べる用に冷蔵庫で冷やすので、今は皆に配る分頑張りましょう?」
「やった〜!流石柚葵ちゃん!気が利くね〜」
「柚葵ちゃん、もう雪絵の扱いがわかってて凄いね…」
「ッエ」
そんなつもりはなかったけど……多分周りに扱いにくい人がいたからかな…(なんか言われてる気がする…!by及川徹)
「皆さーん!森然高校の父兄の方からスイカの差し入れでーす!」
丁度試合が途切れたタイミングでスイカを見せると、流石は食べ盛りの高校男子達
おおーっと言う声と共に皆こちらに向かってくる
「柚葵」
「ん?どしたのクロ」
「あー……」
「スイカに塩かけたいの?」
「塩!?」
「え!スイカに塩かけたら甘くなるんだよ!?」
「いや、そうじゃなくてだな!」
「塩じゃないならなに?」
「…ちょっと昨日の事で」
「昨日……?」
「ツッキー、悪ぃことしたからちょっと報告にいきたくてな」
「誰に?」
「澤村」
「あー……」
なるほど?
「私を巻き込むつもりだな」
「分かってんなら話は早え」
「まあ、心配しなくても大丈夫だと思うけど」
「?」
だって大地さんは猛者が集まる烏合の衆のキャプテンを努めてるから
それに月島もそこまで子供じゃないし
ただ、スイカ一切だけ食べて終わってるのは育ち盛りにとってどうかとは思うけども

「あー…スマン」
「?なんだよ」
「クロ…いきなり謝るのは混乱させるよ、ちゃんと主語」
「柚葵…?」
「…昨日、お宅のメガネ君の機嫌損ねちゃったかもしんない」
「え??」
そこからは簡潔に昨日の話と
「へー!あの月島が成り行きとは言え自主練に付き合ったのか!で、何か言ったの?」
あ、ここでその言葉はすごい
大地さんクロの性格理解されてる
スイッチになったであろう言葉をクロは大地さんに説明していく
「お宅のチビちゃんに負けちゃうよーって挑発を…」
「!」
「?」
「確かに月島は日向に引け目を感じてるトコあるよな…」
「あっソレ関係あるかわかんないスけど、うちの姉ちゃんが…」
龍は何個目かわからないスイカを頬張りながらさえ姉から聞いた話を話し出した

「姉ちゃんが烏野に居た時代は烏野バレー部が1番強かった"小さな巨人"が居た頃なんスけど、そのバレー部に長身の"月島"って人が居たらしんス」
「!?」
「ーえっ」
「……小さな巨人と同じチームに月島の兄貴が!?」
「あっでも、わかんねーすよ??苗字が同じだけの別人かもしんねーし」
もし、もしそれが本当に月島の兄なのであれば
そこに月島が本気になれない理由があるんじゃないか…?
才能に阻まれる努力は無力なものだと……そう思ってしまった出来事
「おーいそろそろ始まるぞー」
「っ!」
それならば、私に解決することなどできない
解決するのはその"元"か知る人物
何にせよ私たちはそれを気にしてる時間はないんだ
「クロ、仁花ちゃんいじめるのやめてよね」
「!?何でわかった?!後ろに目でもあんのか!」
普通にニヤニヤしながら仁花ちゃんの所へ行ったから分かるわ

「柚葵ちゃん!タオル干そうと思ったんだけどドリンク切らしちゃって…!お願いしても良い?」
「うん!大丈夫だよ〜」
「ありがとう!ビブスも干してるから今干せるの体育館の2階だから、ちょっとは見えるんじゃないかな?」
「??なにを?」
「菅原さん…だっけ?」
「!!?」
「前回の帰るときに気づいちゃった!雪絵ちゃんもかおりちゃんも気づいてると思うよ!」
「なっ!な!?」
「大丈夫〜!女にしかわからない感じだから男達は分かってないよ!」
「そ、そう言う問題じゃなくて…!」
「がんば!」
「英里ちゃん!!」
チャームポイントを揺らしながら去っていく彼女に私は何も出来ず、ただただ伸ばした右腕がじりじりと日に焼かれている感覚を味わっただけだった
ナンテコッタ
まあ、知られたなら仕方ない…開き直る
女子マネ全員に知られたことだし何も怖いことないじゃないか!
皆協力的でありがたいと思っておこう…
それにしても
「2階からってよく見えるなぁ」
一人で見ることなんて偵察以外あまりないし、上から烏野の試合を見ることなんてなかったから新鮮だ
横から見てわかることも多いけど、上から見ることによって色んな事が分かって情報がたくさんある
今も大地さんと夕が激しくぶつかり合った
守る範囲が大きことはいいことだけど、大きすぎると衝突してしまう
そしてバラける陣形
「カバー!」
「任せろォ!旭さん頼んます!!」
「レフト!」
飛雄がファーストタッチ、トスは龍
そのボールはレフトにいる旭さんには少し短い
「旭さんと翔ちゃんの間…」
上を見る翔ちゃんの顔は貪欲に満ちてる
これを翔ちゃんが……と思っていると翔ちゃんが下がった
旭さんが無言の圧力をかけていた
"俺のボールだ"
そう覇気を満ちていた
「流石旭さん」
烏野のエースだと締めてみせた
案外上から皆を見るのも悪くないかもしれない

「お疲れサン柚葵。今日もよろしくな?」
「常にクロと一緒は疲れるんだけど」
「何で!」
己に聞いてくれ
「ヘイ眼鏡君!今日もスパイク練習付き合わない?」
「!」
おお、木兎さんめげずにツッキーを誘ってるなぁ
あ、翔ちゃんがびっくりしてる…かわいい
「すみません、遠慮しときます…」
「?あっそー?」
見事に木兎さんフラれてる
「黒尾ー」
「えー」
そしてこっちでもフラれてる
「そしたら私もパス」
「「なんで!?」」
くわっと高伸長の二人から攻められる私
いや、こっちこそなんで!?ってなるんですけど!?
「いっつもいじめてくるじゃん?私は身長そんなにないのにスパイク打たせようとするし!?そんなのブロックして楽しいかい!!?」
「楽しい」
「クロなんて背縮んでしまえ!」
「なぁ!サーブ!サーブ打ってくれよ!」
「1対3でサーブひたすら打たされる私の気持ち考えたことありますか!?烏野はもう少しペースゆっくりですけど木兎さんハイペースすぎるんです…!」
「いっぱい練習できるじゃん!」
も、もう嫌だ、この人たち…!

「おー…柚葵が困ってんべ」
「スガ、助けにいかなくていいのか?」
「んー何だかんだで柚葵も満更じゃなさそうだしな…」
「…なんだ?嫉妬か?」
「………」
「スガ…」
「スガさん…」
「はぁ…」
「(おっ)」
「柚葵〜」

「木兎さんのスタミナと私のスタミナは違うんですよ…!」
もうほんとに楽しんでるなこの人達…!
「柚葵〜」
そんな中聞こえた声
一気に思考がその声の主を意識する
「こ、孝支先輩…!」
「おー、ちょっと頼みがあるんだけど…」
「な、なんですか!」
木兎さんに向かっていた顔も身体も孝支先輩の方へ向ける
「もし大丈夫ならさ、自主練の終わりごろシンクロの出来具合みてほしいなぁーって思って…」
「いきます!」
「即答かよ」
「フラれたね〜黒尾くんも」
「言ってろ」
「よかった。そしたら黒尾達もごめんけど、最後柚葵返してもらうから」
「!へ、へーい」
なんだろ?孝支先輩の目が一瞬笑ってなかったような…?
「じゃあ、あとでな〜」

「菅原クン、案外黒い…」
「なんの話だ?」

「ヨッシャー!!」
「…ナイスキー」
今日も今日とてブロックの完成度が高い二人がお互いに止めあってる
こう見てると、ブロックってちゃんとポイントに繋がるんだなって改めて思う
ドシャットされてブロックってすごいって思いガチだけど、それまでの駆け引きがドシャットに繋がってるんだもんなぁ…
「まさに心理戦…」
「何が?」
「いや、こっちの話で…」
「おや?」
「おやおや?」
「おやおやおや?」
「え、ツッキー…?」
ふと扉に人影を感じ、話の途中でそちらを向いて言葉を失った
まさかのツッキーがなにやら静かな闘志をもって立っていた
「…聞きたいことがあるんですが……いいですか」
「「いーよー」」
そこでハモるクロと木兎さんてやっぱり仲良いよね
京治くんと同じタイミングでお互いを見たから同じ事を思ったんだろうな
「お二人のチームはそこそこの強豪ですよね」
「ムッまぁね!」
「全国へ出場できたとしても優勝は難しいですよね」
「不可能じゃねーだろ!!」
ツッキー…
「まぁまぁ聞きましょうよ。仮定の話でしょ」
京治くん大人だな!?
「僕は純粋に疑問なんですが、どうしてそんなに必死なんですか?バレーはたかが部活で、将来履歴書に[学生時代部活を頑張りました]って書けるくらいの価値じゃないんですか?」
「ー"ただの部活"って」

"皆物みたいに…!頑張ったって縛ったってどうせ将来役にたたなくなるのに!なんで皆そんなに必死なの!!"
ああ、嫌なこと思い出した
「なんか人の名前っぽいな…」
「!おお…タダ・ノブカツ君か…!」
「っぷ」
あの頃にこんな感じで言って貰えてたなら変わったんだろうか?
今となっては分からないけど
どちらにせよ"物"だった私にはあそこでプレーするのは辞めてた
それにしても
「シリアスクラッシャーか」
「いや待て、ちげーよ!たかが部活だよ!」
「!!ぐあぁ!?そうか〜っ人名になんね〜っ!」
「惜しかった!」
「…………ツッ込んだ方がいいですか?」
「いいよ、限りが無いから」
年下に心配される年上の図だなぁ
「あーっ!眼鏡君さ!」
「月島です…」
「月島君さ!バレーボール楽しい?」
「………?………いや……特には…」
「それはさ、へたくそだからじゃない?」
時々思うけど、木兎さんて直球で的確の事言ってくる気がする
「俺は3年で全国にも行ってるし、お前より上手い断然上手い!」
「言われなくてもわかってます」
「でもバレーが"楽しい"と思う様になったのは最近だ」
「?」
「"ストレート"打ちが試合で使い物になる様になってから。元々得意だったクロス打ちをブロックにガンガン止められて、クソ悔しくてストレート練習しまくった。んで、次の大会で同じブロック相手に全く触らせずストレート打ち抜いたった。その一本で[俺の時代キタ!]くらいの気分だったね!!」
そこで言葉を切った木兎さんは今までの笑顔を消すと、ツッキーと向き合った


「ー"その瞬間"が有るか、無いかだ」


誰かの息を飲む音が聞こえた気がした
「将来がどうだとか次の試合で勝てるかどうかとか一先ずどうでもいい。目の前の奴ブッ潰すことと、自分の力が120%発揮された時の快感が全て」
「…………」
「ーまぁ、それはあくまで俺の話だし、誰にだってそれが当て嵌まるワケじゃねぇだろうよ。お前のいう"たかが部活"ってのも俺は分かんねえけど、間違ってはないと思う。ーただもしも、その瞬間が来たなら…」


「それがお前がバレーにハマる瞬間だ」






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