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集想



【貴女を抱いても『愛』は手に入らない】

 初夏から初秋までの間の季節、つまり【夏】という季節は青空颯斗にとって一番苦手な季節だ。
 まず、自分の体内を調整する汗が嫌だ。どちらかと言えば汗はかかないように身体をコントロールしているのだが、かいてしまうときはある。そんなべたつく汗が颯斗は嫌いだった。
 だから、夏はなるべく運動をしないようにしてきた。

「……なるべく、運動はしたくないんですが……」

 生徒会室近くの資料室へ持っていけと先生に言われ、颯斗は階段を登っていく。滴る汗がとても鬱陶しい。しかし、汗を拭う両手が塞がっている。

「まったくよー、全部一人で背負い込もうとするなよなぁ」
 後ろから声をかけられ、振り向く前に颯斗が持っていた資料の山が軽くなった。
「……犬飼君?」
「よっ! 食堂に誘うと思ったのによー。先生に面倒押し付けられたって聞いて慌てて追いかけてきたわー。今度から押し付けられたら俺に言えよな。手伝ってやるからよ」
「別に手伝っていただかなくても構いません」
「……相変わらずな態度だなぁ」

 今はなるべく犬飼と話すことでエネルギーを使いたくない。一方的に会話を打ち切り、ただひたすら階段を登る。
 資料室に着き、持ってきた資料を置く。颯斗はようやく滴る汗を拭うことができ、ホッと息を着くことができた。

「んで、これからお前はどうするんだ? 飯、食いに行くだろう?」
「……先ほども言いましたが僕にあまり構わないでください。今から生徒会室でミーティングを行う予定なので、お昼はご一緒できません。これでいいですか?」
「……本当に構って欲しくなかったら予定なんか言わないだろう……」
「何か言いましたか?」
「特に別に何もー。んじゃ、飯は別のやつと食うわ。がんばれよー、副会長様?」

 ひらひらと手を振って犬飼は資料室を去っていった。
 犬飼を見送った後、颯斗は少し胸の痛みを覚える。それは罪悪感という痛み。

(……ミーティングがあるのは事実なのですが、言い方がきつかったでしょうか)

 今まで付き合ってきた【友人】は腹の中を見せない付き合いをしてきた。だから、少しキツイ言い方をすれば向こうから離れることもあったし、颯斗から離れることもあった。
 だが、犬飼は違う。どんな言葉を投げかけても構ってくる。その理由がわからない。

(きっと、いつか愛想をつかす……)

 だけど、それは寂しいことだな、とまた胸の痛みを感じながら颯斗は額から流れる汗を拭って、生徒会室へ向かう。
 ドアを開けると人の気配を感じた。

(……僕よりも早く誰か来ている?)

 一樹がこんなに早くくるわけがない。ならば、生徒会室にいるのは、

「……月子、さん?」
「あっ、颯斗君! 早かったね」

 名前を呼ばれてパッと振り返った月子の顔には満面の笑みが浮かんでいた。対する颯斗は自分の名前を呼ばれて戸惑う。

「まだ、慣れない? 名前で呼ばれるの」
「……いいえ、大丈夫です。もう、慣れましたよ?」

 違う、本当は慣れていない。家族にさえ呼ばれなかった【名前】を他人に呼ばれることに。
 だけど、とっさに嘘を吐く。それは、今まで颯斗が培ってきた処世術の一つ。そして、仮面の笑みを浮かべれば誰もが納得する。
 しかし、目の前にいる月子は不審の表情を浮かべている。

「本当に、大丈夫ですよ?」
「……それならいいけど」

 もう一度念を押すと彼女は引いた。その代わりにご飯を食べないかと誘ってきた。

「錫也がお弁当を作ってくれたんだけど、一人では食べきれなくって。颯斗君、お昼もう食べた?」
「いえ……授業が終わってそのまま近くの資料室に用があったので、まだ食べていません」
「そっかぁ、良かったぁ」

 月子はいそいそと持ってきた弁当箱を机の上に広げる。ちゃんと箸も二膳用意されている。

「一樹会長は待たなくてもいいんですか?」
「会長は友達とお昼を食べてから来るって。メールが着てたよ?」

 月子が颯斗の前に携帯の画面を差し出す。牡羊座定食が半額だから遅れるという内容が書かれていた。

「……ほんと、あの人は自由奔放な方ですね」
「フフッ、そうだね。でも、やるときにはやる人だよね」

 入学して二ヶ月が過ぎようとしている。それは、一樹と出会って二ヶ月という意味でもある。

(確かに、あの人は無茶苦茶なところもあるけど、やるときにはやる。特に人を引っ張る力がすごい)

 月子の言葉を受けて心の中で颯斗は一樹の評価をした。彼も犬飼と同様、颯斗が今まで出会ってきた中の人で異色である。

(だけど、もっと異色なのは……)

 目の前に広げられた弁当のおかずの一つ、卵焼きに手を伸ばし美味しそうに頬張る少女、夜久月子だ。
 颯斗にとって月子は理解不能な存在と言っても過言ではない。
 共学と言っても男子校同然な星月学園に【星の勉強がしたい】というだけでここにやってきた。

(本当に心の底から星の勉強がしたいんでしょうね)

 少し前に生徒会の三人だけで屋上庭園にて星見を行った時、彼女は楽しそうに星について語っていた。
 しかし、星の勉強は他の学校でも出来る。普通高校へ進学し、大学にて専門的な分野を学べるところへ行ってもいいはずなのに、彼女は星月学園を選んだ。

『高校生の時から本格的な天文学を学べるってすごく楽しそうって思ったからここに来たの』

 純粋に星について学びたいと思ったからこそ出る言葉だ。



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