春、君に誓し | ナノ

春、君に誓し



表題作のほかに短編4つが収録されています。



 春分の日のこと。ほとんどの生徒が帰省しているなか、月子は星月学園の廊下を走り回っていた。
「ちょっと、哉太どこに逃げたのよ!」
 去年の春もこのようなことがあったな、と思いながら彼女は幼なじみの哉太を探す。
 今年も哉太は特別補講を受けることになってしまった。出席日数が足りなかったためらしい。去年のような長い期間ではなく、数日受講すればすぐに春休みになるといわれているのだが、哉太はそれが不服らしい。本人曰く、今年はきちんと出席日数は足りているはずだという。そのため、補講をサボろうと試みた。結果、月子と錫也は彼を探しに学園を走り回っているのだが、
「ここにいるかな」
 月子は屋上庭園のドアを開ける。そして、そのまま屋上の端に歩み寄ると、いきなり視界が真っ暗になった。そのことに驚き、声をあげそうになったが、
「だーれだ」
 耳元で聴こえたのはさらに月子を驚かせる。その声の主は確か、この星月学園にはいないはずなのに、それでも確かにいま月子のそばにいるのだ。
「羊、君!」
「Une réponse correcte!(正解!)」
 ぱっと視界が明るくなる。それと同時に、月子は後ろを振り返ると、チャームポイントの紅いあほ毛がゆれていて。そこにはにっこりと笑顔を浮かべたもう一人の幼馴染、土萌羊が立っていた。
「久しぶり、月子」
「羊君、日本に来るって事前に言ってくれればよかったのに!どうして連絡くれなかったの?」
「ふふ、君や哉太に錫也を驚かせたかったんだ。だから、日本に来る日を黙っていたんだ。ごめんね」
「そうだったんだ……。もう、錫也と哉太に会った?」
「まだだよ。二人ともどこに行ったのかな?まだ学校にいるって聞いたからからさ。どうしてなの?」
 首をかしげる羊に、月子は苦笑してなぜ学校に残っているのかと言う理由を話す。月子が話し終えると、羊はやれやれと肩をすくめて、
「哉太は相変わらずだね。それに付き合う錫也と君もご苦労様。じゃあ、一緒に探しにいこうか」
「そうだね。屋上庭園にいないなら、裏庭かな。あそこは哉太のお気に入りの場所だから」
 月子と羊は互いの顔を見合わせて笑うと、屋上庭園を出て行った。
 そのまま階段を降りていく途中で、今度は階段を上ってくる錫也と二人は遭遇した。錫也は羊の姿を見ると目を丸くして、
「羊、帰っていたのか。言ってくれればおにぎりとかご馳走を用意していたのに」
「錫也たちを驚かせたかったんだ。だけど、いまそれどころじゃないみたいだね?僕も一緒に哉太を探すよ」
「ありがとう、羊。せっかく帰ってきたのにごめんな。とりあえず屋上庭園にはいないみたいだな」
「うん、だから哉太は裏庭にいるんじゃないかなって。錫也はもう裏庭を探した……?」
「いや、まだだ。きっとそこにいるだろうな。みんなで行こう」
 錫也の言葉に羊と月子は頷く。そして、三人は駆け足で裏庭へと向かった。

【春、君に誓し】





 少女が手を差し伸ばす。戸惑う僕に彼女は一生懸命案内してくれる。初めて彼女から誘ってくれたデートだ。幸せをかみ締めつつ、彼女の手をそっと握った

――夏の爽やかな風が、秋の涼しい風に変わる前に――

 颯斗の誕生日を当日ではなく、秋分の日にと月子は言った。その日に誕生日プレゼントも渡したい、と。
『行く先は秘密だけど、動きやすい服装で来てね』
 動きやすい、というのなら歩き回るところだろうか。学園周辺でそのような場所があるのだろうか、と探してみようと思ったがやめた。
(せっかくのデートだから、月子さんのエスコートを楽しみにしておきましょうか)
 そう思ってクローゼットを開ける。普段のデートはきっちり颯斗が計画を立てていることが多い。流れどおりに進むデートもよいが、何が起こるかわからない、未知のデートも楽しいだろうと思った。
(さて、何を着ていきましょう)
 夏の暑さは和らいできているが秋の季節は暑かったり寒かったりするため、着脱しやすい服装にしようと考え、颯斗はそれを手に取った。

 一方で月子はどの服を着ていこうか颯斗同様、迷っていた。動きやすい服装でと自分で言っておきながら、選んだ服は少し動きにくいものばかりだ。
(うーん、乗るものにもよるんだよねぇ)
 行く先は決めている。ただ、そこから先はほとんど何も決めていない。最後にすることだけ、決めている。しかし、それも颯斗が喜んでくれるかどうかわからないのだ。それでも、一度一緒に行きたいと思って決めた場所。だから、今回その場所を選んだ。
(よし、これにしようかな)
 散々着ていく洋服に迷って遅刻してしまったら颯斗に申し訳ない。この時期の気温に丁度いいかなと思う服を選んで、着替える。七部袖の白いシャツワンピースを星柄のベルトで締める。そして、黒のショートパンツをはいて、黒いニーハイにこげ茶の履きなれたパンプスを選んだ。
 小さなカバンの中身を確認する。必要なものと大切なもの。それらがしっかり入っていて一安心。そして月子は部屋の戸締りをして、部屋を出た。
 秋の澄んだ空が広がっている。今日はよい行楽日和になりそうだなと月子はわくわくした気持ちで待ち合わせ場所に向かった。
 待ち合わせ場所は学校前のバス停。月子は走ってその場所に向かったが、すでに颯斗が待っていた。
「まだたっぷり待ち合わせ時間はありますよ?そんなにあわてなくても大丈夫でしたのに」
 颯斗はあわてて走ってきた月子の装いに見とれつつも、額から流れる彼女の汗をぬぐう。
「颯斗君だって早いよ。バスの時間も余裕があるし。今日は私が誘ったから颯斗君を迎えたかったのに」
「それは残念でした。僕が几帳面な性格だというのを知っているでしょう?遅刻をしないよう心がけている証拠です」
 颯斗の言葉に言い返せない月子。必ず彼は余裕を持って行動をしている。月子との約束も生徒会の仕事も自分自身の勉強も、一歩先を見据えている。彼が一歩先を歩いてしまうから、月子は彼に合わせて歩くのが時々苦痛を感じる。それに颯斗が気づくと、彼は月子に合わせるよう歩いてくれる。その場合、今度は逆に心苦しくなる。
「知っているけど、なんかくやしい……」
「デートの前ですよ?そんな膨れっ面な顔してもいいんですか?」
 指摘されると月子はさらに頬を膨らませる。それがおかしくて颯斗は笑う。失礼だよ、と月子が言ってもごめんなさいと謝りつつも笑い続ける。しかし、その笑顔にいつの間にか月子もつられて笑い出した。


【秋、君に謝す】


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