仙蔵
私は君を好きではありませんでした。
私が君に近付いたのは忍術学園の情報を仕入れるためで、そのために私を好いてくれている君を利用しました。
残酷なことをした自覚はあります。
君はいつも傍にいてくれました。
君は本当はひとりでいるのが好きなのに、嫌な顔をせずに私の勉強に付き合ってくれました。
私が女であるとも知らずに、それでも私を慕ってくれた君を騙すのは、実に簡単でした。
愚かな男だと、蔑んだときもありました。
それでも、君の手の温もりを覚えています。
君と交わした口付けも覚えています。
だから、それらを私が覚えている代わりに、君にはその全てを忘れて欲しいのです。
君の中にある思い出はどれもが真実ではなくて、どれもが嘘なのだから、覚えているだけで君が苦しくなってしまいます。
君の恋人である私はもういません。
それは私ではないのです。
だから、早く忘れて下さい。どうか、一刻も早く。
私がいなくなった今この時間にも、私のせいで君が傷付くのはどうしても耐えられないのです。
私は君を好きではありませんでした。
でも、私は君を、嫌いでもありませんでした。
君といるときは、空気が静かでとても過ごしやすかったです。
晴れた夜に一緒にお月見をしているような、そんな居心地のよさがありました。
君が、私が怪我をするたびに心配してくれるのは、むず痒くもあり、とても嬉しかった。
それだけは、本当でした。
* * *
「馬鹿だな。怪我の具合を書けよ、怪我の具合を。もう大丈夫なのか…?」
読み終えた手紙をもう一度、頭から読み直して、丁寧に折り畳んだ。
風呂敷に包んで、押入れに仕舞い込む。
仙蔵。
呼ぶ声は、幻聴だとわかっている。
全ては嘘で、見せてくれた笑顔も優しさも愛しさも、全て演技だとわかっている。
こつん、と押入れの襖に額をぶつけた。
まんまと騙されたと自嘲が漏れたと同時に、ぶわりと涙が溢れ出た。
「ひどいなあ…」
「…大丈夫か?」
文次郎が声を掛けてきたが、振り返ることは出来なかった。
「なあ、ひどいと思わないか?」
「…そうだな」
「今でも、まだ会いたいと思うんだ」
ひどいだろう?
女だとしたら余計に絶ちきれるはずがないのに。
こんなに惚れさせる必要、ないはずなのに。
やりすぎだよ。
そう呟くと、文次郎は部屋を出て行ってやった。
「いつまでお前は私を傷付けるのだろう」
忘れられないと、わかっているくせに。
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