落忍 | ナノ


ああ、もう面倒くさい。

切り立った崖の中腹。
私は鉤縄を片手に、僅かな足場に立っていた。
崖の下には仙蔵が苦笑したまま腕を組んで私を見上げている。


「なあ。もう帰らないか」


そう持ち掛けたが、仙蔵は肩を竦めた。


「お前が鉤縄の試験で不可を取らなければ、こんなことにはならなかった。あいつからも見張れと言われているから、お前が上手く鉤縄を使えるようにならないと帰れない」


そうなのだ。
先日あった忍術学園の鉤縄試験で、少し行き過ぎた演技をして不可を貰ってしまった。気を抜きすぎた。失態である。素直に認めよう。
そのせいで明後日の追試で合格しなければ、まずいことになる。
まあ本番で不合格など出すはずはないのだが、六年生の級友としては心配の種なのだろう。

留三郎に練習に行くぞと駆り出され、ここに至る。
『どうした? 担がれて』
『仙蔵、助けてくれ! 留三郎が!』
『実はかくかくしかじかで』
『ああー…なら仕方ないんじゃないか?』
という流れで途中で仙蔵も巻き込み、練習をし始めた。
しかしすぐに一年は組のあの三人と伊作が薬草採りを手伝って欲しいというので留三郎が抜けた。
言い出しっぺの本人がだ。

まったく。
ため息が洩れる。

あと二、三回、失敗してみせたところで成功させるか。
と、考えた矢先だった。


「おーい、大丈夫かー?」


げ。
肩をぎくりとさせて、聞き覚えのあるその声の持ち主に目をやる。

先まではいなかった利吉さんが、仙蔵の隣に立っていた。


「きり丸から聞いたよ。鉤縄の練習だってね。ここから見ててあげるから、やってごらん。助言してあげる。落ちそうになったら私達で助けるから」
「はあ、どうも」


とりあえず会釈だけはしておく。


「…結構、ひどいですよ」
「身体が細いからねえ」


やる気のない謝辞で消えろと願っているとわかって欲しいものだが、利吉さんはどこ吹く風。ましてや二人のこそこそ話まで聞こえてくる。
あと一回失敗したら、もう成功させてやろう。

そう思うほどに、利吉さんには会いたくなかった。
あの人は色々と鼻が利きすぎる。早く終わらせるか。

よし、と鉤を回す。
ひゅんひゅんと風を切る音が耳のすぐ近くで響く。
その音に紛れて。

――何か聞こえた。


何だ?

叫び声のような…いや叫び声だ。

振り仰ぐと、留三郎と伊作、は組の三人が折り重なって崖から身投げした瞬間だった。
私から少し離れていたけれど、その姿ははっきりと見て取れた。


「…は!?」


思わず呆気に取られてしまう。
けれど、彼らのあとから大岩が転がってきたのを見て何となく理由がわかった。
不運か。

留三郎と目が合うと、彼は私に手を伸ばしてきた。


「アラシ!」


助けを求めているのだ。

下の崖まで、まだ距離がある。
留三郎はきり丸を、伊作は二人を抱いていて仕込んでいるであろう忍具を取り出せない。


あとは反射だった。


回転させていた鉤を崖に引っ掛けて、振り子の要領でぶら下がりながら崖肌を駆ける。
右手だけで縄を握り締めて、素早く五人のちょうど真下の位置に来るのと、留三郎が伊作を掴み、私の手を取ったのは同時だった。

互いにしっかりと手を握る。

重さに耐えられなかったのは、鉤を刺した地面だった。
風化した土砂のように地面ごと鉤が外れる。

縄を諦め、苦無を取り出した。

留三郎の手が五人分の体重を掛けて私の左腕一本にのし掛かる。
五人の身体は、私の左腕だけでぶら下がっていた。

苦無を崖肌に突き刺す。

音を立てて、私達はずり落ちていった。


止まれ
止まってくれ…!


十メートルほど落ちたところで、ようやく落下が止まった。
苦無が途中にあった大きな岩に突き刺さって、耐えてくれたのだ。


「大丈夫か?」


仙蔵と利吉さんの助けにより、五人が無事に降ろされたのを確認して、私も飛び降りる。
五人に怪我がないと認めて、ほっと息を吐いた。


「…アラシ、君」


利吉さんの言葉に、目を上げた。

利吉さんの目は疑惑に満ちていた。

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