その他 | ナノ

(1/2)


陵南戦のあと、ふらつく俺を支えようとする木暮を制して何とか皆に付いて行っている状態。
こっから駅まで歩いて電車に乗って、また最寄り駅から家まで歩くのかと思うと本当に憂鬱になる。失われた体力が憎々しい。卒業するまでに養えるだろうかと考えていると前の方が騒がしくなった。

どうやら桜木軍団が激励を言うために待っていてくれたようだった。花道をからかい、笑う声が聞こえる。
俺の膝は笑っていて、今にも座り込みたい気持ちでいっぱいだった。


「という訳で三井を送ってくれないか?」
「ああ、いいですよ」
「すまない」
「全然。送りますんで、ちゃんと」
「頼む」


そういう会話がなされて、皆はさっさと歩き去ってしまった。
俺の目の前には見覚えのある女が立っている。確か花道とも桜木軍団とも仲が良い変わり者の女で、よく部活を見に来ていた。

応援するでもなく貶すでもなく、花道の成長を楽しそうに微笑みながら見るあの大人びた顔は目立っていた。


「私、原付なんで後ろ乗ってください」
「…違法だろ」
「2種原なんで合法です」


そう言って、アラシは俺の肩から重かったスポーツバッグを奪い取って路肩に停めていた単車に跨がった。
バッグを襷掛けにしてからぐるりと前身に回し、抱える要領で運んでくれるらしい。エンジンを吹かして俺を振り返った。


「早く乗ってくださいよ」


何だか情けないような気もしたけれど、疲労と誘惑には勝てず、赤木の計らいに甘えることにした。




 * * * * *





アラシの運転は上手かった。
ブレーキひとつにも気が使われていて、ほとんど力を込めなくとも乗っていられた。鉄男とは全然違う。
けど盲点だったのは、カーブに差し掛かるたびに小さく左右に傾く心地よい揺れと、アラシの女らしい香りのせいで猛烈な睡魔が押し寄せることだ。瞼が落ちてきては苦労して持ち上げる。何度か滑落しそうになって、咄嗟にアラシの腰を掴んだ。

アラシは何てことはないといった風に反応さえしない。さも当たり前かのように運転を続けている。

俺としては男とは比べ物にならない細い腰と柔らかさに目眩さえ覚えているというのに。
相も変わらず、こくりこくり、と睡魔が襲ってくる。


「やべえ…寝そう」
「単車で寝るのは勘弁して下さいよ。振り落とされて怪我して試合に出られなくなったらどうすんですか」


アラシは少し慌てたように、アラシの腰に回していた俺の手を握った。もちろん俺が寝てしまって、落ちてしまわぬようにという鎖のつもりだったのだろうけど俺は不覚にも、どきりとした。


「まだ家までは30分くらいあるんですよねー。それまで起きてられます?」
「…びみょー」
「うーん。あ、ラブホありますよ。寝ていきますか?」
「…あー…うん…うん? は!?」
「だからラブホ」


単車はウインカーを出して、城をモチーフにした派手なラブホの前に停まった。エンジンはそのままで俺を振り返る。
(注、それまでずっとアラシは俺の手を握ったまま)


「3時間5千円みたいですよ。どうします?」
「どうするも何も…ねえだろ」
「起きてくれてれば何の問題もないんですが…仕方ない、安全策取りますか」


アラシは、よいせ、と前に向き直るとアクセルを絞った。直後、ぶいーん、と頼りない音と共に単車は駐車場へと吸い込まれた。



 * * * 



部屋はバリ風にまとめられていて、眠気を誘う音楽が流れ、独特な香が焚かれている。部屋の大部分を天蓋付きのクイーンサイズのベッドが占めていて、手洗い、洗面所、風呂場の他にはテレビとソファとガラステーブルしかない。

土足で入り込んで、アラシは怖じ気付くでもなくバッグをソファの上に乗せた。
上着を脱いで、靴と靴下を脱いで、ポケットに入っていたらしいスマートホンやら鍵やらをガラステーブルに放り投げる。身軽になったのをいいことにテレビ台の下にある冷蔵庫を開けた。

「お、飲み放題らしいですよ。飲みます?」
「飲まねえよ。なに考えてんだ、お前。ラブホで男と2人って何されても文句言えねえぞ」
「え、三井さん私と何かしたいんですか? 初めて話したのに?」
「男はそれでも出来るんだよ」


上着を脱ぎながら項垂れる。

そういえば会話さえも初めてだったらしい。
花道や他の部員との会話で頻繁にアラシの話題が出ていたから、つい話した気になっていたがどうやらそうではなかったようだ。
ということはアラシこそ初めて会話をする男をラブホに誘ったことになる。さすが桜木軍団と惜し気もなく関われる女だ。相当、肝が据わっているか変人だと、やけに納得出来た。

ベッドに横たわったときにはアラシは炭酸ジュースを煽っていた。

横になると押し隠していた疲労がどっと現れる。
沈むような感覚と共に体が重くなって、意識が遠退いて行く。もう指一本も動かせない。
あ、寝る。というときだった。


「え! 露天風呂付いてますよ、入っていいですか?」


場違いなアラシの声に意識が呼び戻される。
何とか布団にくるまって「もう好きにしろよ」と返事をして、今度こそ意識を手放した。

prev / next

[ list haco top]

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -