死神 | ナノ


其れがたる所以  


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目を覚ますとグリムジョーはどこにもいなかった。

少し席を外しているだけかと思ったのに1時間経っても半日経っても1日経っても、2日3日経ってもグリムジョーは戻ってこなかった。
探しには行かなかった。
もしグリムジョーが帰って来たときに私がいなかったら「ガキか」と怒られるだろうから寝室のベッドの上でひたすら待ち続けることにした。用意していたお菓子が全部なくなって、お腹がぐうぐう鳴ってもずっと待ってた。

棄てられた?

また私は棄てられたのだろうか。

私は出来損ないの破面。
虚閃も撃てない。霊圧も感じない弱い弱い破面。創造主である筈の藍染には「いらない」と言われて、生まれ落ちてすぐに棄てられ、どこにも行けないように鎖に繋がれていた過去がある。

誰もいない、あの孤独な日々を思い出して、ぶるりと肩が震えた。

けど前と違うのは、今はもう私の両手足には鎖がないことだ。グリムジョーが私を拾ってくれたあの日から、私は自由に動き回れる。

だからこそグリムジョーは私の全てであって、私の命と同じ。何ら代わらない。

とうとう私はグリムジョーを探すために宮を出た。


「グリムジョー!」


霊圧は感情に呼応する。

今の私の霊圧はどんなに弱々しく、どんなに揺れているだろう。

グリムジョーなら、あのグリムジョーならそんな私の霊圧の揺れを見逃さずにすぐに駆け付けてくれる筈なのに、今は目の前に乾ききったサラサラの砂漠が延々と続くだけだ。


どう探すというのか。


霊圧も感じられないのに。
この大きな大きな虚圏の中をどうやってグリムジョーを探すというのか。

風がびゅうびゅうと吹いて、砂埃を巻き上げる。


「グリムジョー!!」


叫びは虚しく掻き消された。

左手の薬指にグリムジョーから貰った指輪の感触があるのを確かめる。

夢じゃない。私は確かにグリムジョーに拾われた。夢じゃない。

言い聞かせなければ、全て幻だったのじゃないかと思ってしまう。

グリムジョーに拾われたのも、共に日々を過ごして来たのも全て私の見ていた願望という名の夢で、目を覚ましたらまた鎖に繋がれて、あの冷たい部屋にいるのじゃないかと恐怖してしまう。

そんな時、ふと背後から腕が伸びてきて私の体を抱き締めた人がいた。

ふわりとした、いつもより柔らかい抱き締め方。

私は安心して、頬を緩ませて腕の中でくるりとその人物に向き直った。


「グリム、ジョー…」


違う。
そこにいたのはグリムジョーじゃなかった。

私を抱き締めたのは。


「おはようさん」


死んだ筈の市丸ギンだった。

最後に見たときと何ら変わらない外見のままで、相変わらず眩しい銀髪が私の頬をくすぐる。
後退して距離を取ろうとするのに、貼り付けられた笑顔とは裏腹にがっしりと後頭部を掴まれて逃げられない。両手いっぱいに力を込めて胸板を押してもびくともしない。むしろその手さえ彼の片手ひとつで纏められてしまった。


「結婚したんやねえ」


指輪を見ながら言われた。


「ギンには関係な――」
「関係ないことないやろ? 初めに声掛けてあげたん、誰やったか忘れたん?」


鎖に繋がれていたあの日々、声を掛けてくれたのはグリムジョーと東仙と、でもそれより先にギンだった。
何が面白かったのか私の髪を飾ってみたり、化粧を施してみたり服を着せ変えてみたり、とにもかくにもギンの玩具にされていた。

孤独をその瞬間だけは忘れていたけれど、いつしか飽きたのかギンも来なくなった。
結局は、ただの暇潰しでしかなかったのだ。ギンにとって。

だから余計に信用ならない。

持ち上げておいて平気で投げ捨てるタイプの性格をしているのだ、この狐は。


「また可愛くしたろか? アラシは肌が綺麗やからねえ。何でもよう似合うし」
「離して。私、今それどころじゃ」
「死んだで」
「…え?」
「グリムジョー。さっき死んだで」


この笑顔は本当に真意がわからない。

狐顔のギンは眉ひとつ動かさずにそう言ってのけた。
一瞬、何を言われたのかわからなくて、本当に数秒経ってから意味がようやく脳に浸透した。


「うそ」
「嘘やない」
「嘘! 約束した。グリムジョーが死ぬときにグリムジョーの手で私を殺してくれるって約束した! ギンのことなんか信じな――」
「そないな約束、ほんまは守れると思うてへんのやろ? アラシはな、安心したいだけや。独りぼっちが嫌で嫌で堪らんくて、だからグリムジョーに依存してるだけとちゃうの? せやから、グリムジョーが死んだから僕が迎えに来たんやで? そうでもせんと、僕がわざわざ来る意味がないやん。独りは嫌やろ? 僕が毎日楽しませたる。毎日可愛く綺麗にしたる。楽しいコトぎょうさんしような」


耳元でギンの声がする。囁きに鼓膜が震えて、視界が歪む。

何をどう受け止めればいいのか。
何をどう信じればいいのかわからなくて、ただ頭には晴れの日の空に似たグリムジョーの髪と瞳の色が浮かぶだけで何の役にも立たない。
記憶の中の青空がどんどん目の前の月色に染まっていって何の言葉も思い浮かばなかったけれど、私は何とか拒絶した。

死。孤独。市丸ギン。情報が多すぎる。頭を振って拒絶を表す。


「放して。私はグリムジョー以外いらない」
「なして? 僕、アラシのこと好きやねんで?」


そうしてギンは私に唇を寄せてきた。
思考が正常に働いていないせいで気付くのに遅れて、唇がほんの少し触れ合ったとき、目の前からギンが消えた。

風が吹き抜けた気がした。


「あかんなあ。そないなもの振り回して。怪我するところやったやないの」


いつの間にか距離を取っていたギンは崩れない笑顔のまま、私の窮地を救ってくれた人を睨んだ。

ノイトラ。

あの大鎌を構えたノイトラは私とギンの間に割って入ってくれていた。
大きな背中で私を守ってくれている。
かと思うと膝をついた。


「大丈夫か」


私のために膝をついてくれたのだった。
ギンを睨み付けたまま、ノイトラは問うた。

私は返事が出来なかった。色んなことが頭に入ってきて、よくわからない。

するとノイトラは前を見据えたまま、その長い腕を私の前に伸ばした。


「久しぶりに肩に乗せてやろうか?」


冗談めかして笑みを含めて言ってくれたのはノイトラなりの優しさだったのだと思う。

温度のあるその言葉を聞いた瞬間、私はノイトラの腕に飛び込んでいた。

私をしっかり受け止めて、ひょいと持ち上げてくれる感覚があって、でも私はギンを見れずにノイトラの首に腕を回して必死に抱き付く。


「グリムジョーがグリムジョーが」
「わかってる」
「仲、良いねえ」
「おいテメエ、何で生きてんだ」
「冷たいなあ。僕が生きてたらあかんの? アラシなら喜んでくれるもんやと思うてたのに」
「ノイトラ、私怖い、怖いよ」


ノイトラは私を抱く腕の力を強めてくれた。
ギンの顔はもう見られなかった。
あの目顔を見ると鎖の重さが甦って来る。

一度でも、ギンなら私を助けてくれるかもしれないと期待を抱いた、あの私を思い出してしまう。

ギンは私の中で嫌な意味で大きく、重い存在だった。

そんな私とノイトラの様子を見て、ギンが溜め息をついた気配があった。


「ほんなら諦めるわ。今日のところは、な。アラシ、今度また迎えに行ったるで。ばいばーい」


ギンはそれだけを言い残して、どこかに行ってしまったみたいだった。
私の視界にはノイトラの黒髪がいっぱいに広がっている。かたかたと震える腕が情けない。しがみつかれて、もしかしたら痛みもあるかもしれないのにノイトラは文句のひとつも言わなかった。


「ノイトラ、私どうしよう何を信じれば――」
「大丈夫だ。グリムジョーならテスラが連れてきた」


ぱっと見ればすぐそこに帰刃をしたテスラがいて、大きな手に変わり果てたグリムジョーを乗せていた。
テスラの掌に飛び移ってグリムジョーに触れると血塗れで傷だらけだけれど僅かに息があった。

それだけで良かった。
グリムジョーを抱くと視界がぐにゃりと歪んだ。


「ありがとう。ノイトラありがとうテスラありがとう」


きっとまたどこかで誰かと戦ったのだと思う。グリムジョーは戦わずにはいられないから。そういう人だから。いつかこういうこともあるのかもしれないって思ってた。


「一緒に行ってやろうか」
「付いて行ってやってもいいんだぞ」


ノイトラとテスラの言葉にただ首を振る。
ぐったりとしたグリムジョーを抱きながら、また首を振る。


「大丈夫。ひとりで行ける。グリムジョーは多分私だけの方が起きたときに不機嫌にならないから」


そうか。という、2人の声を聞いてから私は立ち上がった。

行く場所はたったひとつだ。
私はもう一度、二人に「ありがとう」と言った。

頭を撫でてくれたノイトラの手がとても優しかった。

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