そこに踏み込むと、その場にいた全員が驚いて私達を振り返った。
そこはオレンジ頭の家。
オレンジ頭がいて一心がいて、朽木ルキア、阿散井恋次そして石田雨竜もいた。
その中で最後に目当ての人物を見付ける。
井上織姫。
見開いている大きな瞳を捉えると、私はその場に膝を付いて頭を下げた。
「グリムジョーを治してくださいお願いします」
懇願すれば井上は何も言わずに頷いてくれた。
グリムジョーの血に塗れた私は井上がグリムジョーを治してくれている間、ずっとそれを見守っていた。
藍染が欲しいと渇望していた能力なだけあって、グリムジョーの怪我はみるみるうちに塞がっていく。
じっと見ていると本当に時間が早戻しされているような錯覚さえ覚える。
そんな私に石田は話し掛けてくれたらしかった。
けれど集中し過ぎていた私はそれに気付かなくて、石田はそのまま温めたタオルで私の手や顔や髪を拭ってくれた。
優しく。丁寧に。
「爪が剥がれてる」
石田のその言葉にようやく反応出来た。
視線を落とすと左手の中指と人差し指の爪が剥がれて捲れあがっていた。
自分よりも大きいグリムジョーの体を持ち上げて、ほとんど引き摺って来たからだろうけれど、痛みは全くなかった。
石田はガラス細工でも扱うかのようにその爪以外を綺麗に拭いてくれて、グリムジョーの治癒を終えた井上に「指もやってあげて」と伝えてくれた。
手指が治ると、私はまたグリムジョーを抱き上げた。
まだ意識の戻らない、けれど安定したらしいグリムジョーは先よりも数段は温かかった。
終始、阿散井恋次と朽木ルキアが私とグリムジョーを警戒していたけれどオレンジ頭が何とか説得してくれた。
一心に至っては「持っていけ」と娘が作ったらしいクッキーを持たせてくれた。
私達は何と戦っていたのだろう。
破面はどうして彼ら死神達と戦っていたのだろう。きっと和解できた筈なのに。そうすれば虚圏も現世も皆で行き来してきっと良好な関係が築けていただろうに、それは夢のまた夢に終わってしまった。
意味があったのだろうか、あの争いに。私は疑問を持たざるを得なかった。
重いグリムジョーの体を両手で必死に掴みながら、一心がクッキーの入った風呂敷を首に巻き付けてくれる。
「ありがとう」
言うと、井上は笑顔で手を振ってくれた。
石田はというと相変わらず眼鏡を直す素振りをして顔が見えない。
私達が破面じゃなかったら、彼らが死神でなかったら。
友人になれたのだろうか。
虚圏に戻ってくると、途端に世界が静かになった気がした。
* * *
グリムジョーが目を覚ましたのはそれから2日後だった。
空色の瞳に私が写ると、私は久しぶりに心の底から安心してベッドの傍らに置いていた椅子の背凭れにふんぞり返った。
どっと溜め息が漏れる。
体を起こしたグリムジョーはぼりぼりと頭を掻いて欠伸をした。
掌をかざしてみたり、体を見回している。
「傷がねえな」
「嫁が担いで黒崎夫妻のところに行きました。感謝しろ是非に」
「ああ。あの女か」
「でも連れ戻してくれたのはノイトラとテスラだよ」
真相を明かせば盛大に舌打ちがなされた。
ええ、そういう反応だと思っていましたよ。本当に嫌うんだから。
少し沈黙が続くと、グリムジョーの手が私の頭にぽんと乗せられた。
「やつれてんじゃねえよ」
「誰のせいだと思ってんだ!」
「今回は手こずった」
「喧嘩しに行くなら行くって言ってくれると嫁の心は物凄く助かる」
「どうだかな」
グリムジョーが両腕を広げてくれたから、私は何も言わずにその腕の中にすっぽりと収まった。
抱き締めてくれる腕が体温が香りが、心地よい。
そういえば一睡もしていなかった。
グリムジョーに包まれると途端に安心しきって眠くなるのだから私も重症なほどに飼い慣らされているらしい。
「何で部屋がこんなに汚えんだ。菓子の食べカスと袋ばっかじゃねえか」
「ぎく」
「てめえで掃除しろよ」
「頑張ったのにこの仕打ち!」
私は笑いながら、手首に残るギンの爪痕を隠すように手を抱いて目を瞑った。
波乱の始まり
(いつだって傍にいたいと思ってた)
(2/2)
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