鼻唄を歌いながら廊下をスキップする。
私の右手には空のトートバッグがあって目的地は地下にある保管庫。
いわく保管庫には非常用として大量の食料と菓子類が置いてあるらしい。
私とグリムジョーの二人ではきっと食べきるのにかなりの年月が掛かるだろうし、賞味期限もあるだろうから惜しむことはない。
駄目にしてしまうくらいなら胃袋に収めてしまおうというのが私の考えである。
何より菓子を選んでいる時間が楽しいのだ。
好きなものは決まっているのだけれど、どれか新しいものに挑んでみようかという考えあぐねいてる時間が楽しくて仕方がない。
それを繰り返していたからか、グリムジョーが眠っている間に補充するのが日課になりつつある。
グリムジョーが使っている部屋はたくさんあるけれど、だいたいが寝室で過ごしている。
寝室を出て直進をして角を三つ四つ曲がって、またその先にある角を曲がれば保管庫に続く階段がある。
上機嫌に角を曲がったそのときだった。
「どぅわ!?」
この宮にはグリムジョーと私の他に誰もいないはず。
であるのに突然飛び出してきた人影に胸ぐらを掴まれ、壁に叩き付けられた。
後頭部と背に走る痛みに悶えながら人影を見る。
「…テスラ?」
テスラだった。
私の体を潰す勢いで壁に押し付けてくるその眼差しの何たる殺気の籠っていることか。
私はぶるりと体が震えるのを感じた。
「飲め」
テスラの低い声と共に差し出されたのは、紫色の液体の入った透明の小瓶だった。
明らかに体に良くなさそうな液体に狼狽えてしまう。
迷ってテスラと小瓶を見比べていると痺れを切らしたように、テスラはもう一度言った。
「早く飲め!」
「なにこれなに、毒? 飲んでも死なない? 痛くない?」
「安心しろ。早く!」
「わ、わかった。飲むよ」
私は慌てて小瓶を受け取り、蓋を開けて液体を煽った。
ブルーベリーの甘さが口内に広がる。
人工的な甘味料は一切含まれていないのか果物特有の酸味もあるけれど、体には何の違和感もない。
「飲んだ、飲んだよ」
「…何も感じないのか?」
「えっと、何を? 何が起きるの?」
少し経ったら血を吐くんじゃないかとか、死ぬんじゃないかとか色んな恐怖が頭を駆け巡る。
沈黙を不審と感じたテスラは私の顔を伺うように様々な角度から私を見上げた。
そのときだった。
左右から来た水色と黒色のふたつの影が、テスラをふっ飛ばした。
水色の影がバランスを崩して倒れ込みそうになる私を抱き止める。
それがグリムジョーだということに気付くまで、私には数秒要した。
「何された」
グリムジョーは私を片手に抱きながら、瞳は倒れているテスラに向けたまま問うた。
「何かジュース飲めって、これ」
未だ手中にある小瓶を見せると、ちらりと一瞥をくれるグリムジョー。
けどすぐに瞳はテスラに戻る。
黒色の影の正体はノイトラだった。
同じくテスラを殴ったようで、追い討ちをかけるようにテスラの首を鷲掴みにしている。
そしてそのまま、テスラを引き摺りながら私達に歩み寄ってきた。
「悪かった。大丈夫か?」
ノイトラの言葉に、うんうんと頷く。
本当に、体には何の異変もない。
グリムジョーの腕の力が強まった。
「決めろ。俺が殺すか、てめえが始末するか」
グリムジョーはテスラのことを言っているのだとすぐにわかった。
ノイトラは即答した。
「俺がやる」
「ちょ、ちょっと待って! 私、大丈夫だったし、ジュース飲んだだけだし、本当に大丈夫だから」
「だから何だ」
グリムジョーは聞く耳を持ってくれない。
ノイトラも同様だった。
「本当に大丈夫だから。もう破面も少ないんだし、これ以上いなくなるのは寂しいよ! ね?」
懇願すると、グリムジョーは私とノイトラの顔を見比べた。
無言でいることが許してくれた証だった。
私は息をついて、落ちていたトートバッグを拾う。
「よし、じゃあ帰ろ。
ノイトラ。」
私が握ったのはノイトラの手だった。
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