死神 | ナノ


其れがたる所以  


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俺は耳を疑った。

いつもならばグリムジョーの傍にいるはずのアラシがどうして俺の腕を掴んでいるのか理解出来ない。

ここはグリムジョーの宮で、こいつの帰るべき場所はグリムジョーの隣だ。

混乱したのは俺だけでなくグリムジョーも同様だった。
目を見開いてアラシを見つめている。



「ノイトラ、帰ろうよ」



それでも尚、アラシは俺の名を呼んだ。

訳がわからないでいると首を鷲掴みにしていたテスラの喉が鳴った。

全員の視線がテスラに移る。

笑っているのだった。

テスラは唯一現状を理解しているらしい。



「あはははは!」



テスラの高笑いにグリムジョーの頬が引きつった。



「てめえ…何をした」



「薬を盛っただけだ。これでアラシはノイトラ様のもの。お前など用済みだ」



そういう類の毒か。

舌打ちをしながらアラシを見ると、アラシも混乱しているらしい。



「どうしたの。何で2人とも怒ってるの。もういいでしょ、帰ろ。帰ろうよノイトラ」



「おい。お前は俺のだろうが」



グリムジョーがアラシの腕を掴もうとして、その行為に驚いたアラシがそれを拒絶する。

ただ1歩後ずさっただけなのにグリムジョーにはそれが絶望に感じたようだった。

愕然とした表情でアラシを見る。



「とにかくこいつから事情を聞いておく。今はアラシを落ち着かせるほうが先だ」



俺が言うとグリムジョーの目が悲しみにくれた。
グリムジョーが見せる初めての悲しみだった。

それよりもアラシを優先させなければならない。
小さな体を肩に乗せてその場を後にする。

姿が見えなくなるまでグリムジョーの視線が痛いほど背中に刺さった。





 * * * * *





アラシは俺の胡座の中で座りながら寝入ってしまった。

俺の大きな体がいい背もたれになると笑いながら胡座の中に座りこんだのがつい1時間前のこと。

それから他愛のない会話をしてアラシは睡魔に身を任せた。

起こさないように俺のベッドに運んでやり、寝室の扉を閉めてから背後にいるテスラを睨んだ。

テスラは目を逸らして俯いた。



「誰がこんなこと頼んだよ」



「…申し訳ありません」



「誰がこいつを傷つけるようなことしろっつったんだよ」



俺はテスラの胸ぐらを掴みあげた。

さすがの身長差に、テスラも爪先が床に届かないのか苦痛に顔を歪めながら足をばたつかせた。

無性に腹立たしかった。

アラシを傷つけたことも、この俺に情けを掛けたことも、腸が煮え繰り返るようだった。



「見て、いられなかったのです…!」



「なに…?」



「ノイトラ様が、アラシを見る目が…!」



そんなことで。俺はさらに爪を立てた。

真っ赤になるテスラの顔。一瞬で殺すには惜しい。

どこまでも苦しめて、泣きわめいて、絶望に打ちひしがれればいい。



「アラシは治りません! これはザエルアポロが作った代物。治すためには、グリムジョーが死ぬ瞬間を見せなければ治りません。治ればこれまでのことは忘れますが、そのときはグリムジョーはいません。

治っても、治らなくてもアラシは一生ノイトラ様のものです!

ずっと傍に置いておけるのですよ!」



手が震えた。

絶望の中に囁いてくるひとつの欲望。

渇望していたアラシという存在を目の前にちらつかされて、揺らいでいる自分が憎い。

アラシが傍にいる。

あの声も、笑顔も、髪の柔らかさも、肌の滑らかさも温度も、全てがいつでも手の届くところにある。

俺は涙が滲むのを感じながら、テスラを放してやった。

ああ、どうしよう。


負けてしまいそうになる。
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