死神 | ナノ


其れがたる所以  


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鼻歌を唄いながらザエルアポロの体を洗っていく。

なぜか虚圏の片隅で突っ立ったままのザエルアポロを見つけた。胸の辺りで挙手するザエルアポロが突っ立っているのは、なかなかシュールでびっくりした。彼とは交流もなかったし、少し迷ったけれど、反対されるであろうグリムジョー達には内緒で宮に連れ帰った。
それから数ヶ月。
毎日ザエルアポロの体を洗い、着替えをさせている。

破面として生まれたばかりの頃の私は、戦闘に不向きだったがゆえに鎖で繋がれていた。
それからグリムジョーに拾われて今に至るまで、ザエルアポロとは一度も会話をしたことがない。
でも何となく皆との会話を聞いていると、綺麗好きだったらしいことはわかっていたのでお風呂に入れてあげている。
助けてあげたいというマリア様みたいな高尚な気持ちではなく、語弊はあるけれど、単に気が向いただけの暇潰しだった。
こういう日課があると時間感覚も身に付くので、自分にとってもいいかと思っていたのだ。

ベッドに寝かせて、ピンク色の髪を乾かす。櫛でとかすと持ち前の輝きを取り戻すのだから、やりがいがある。爪を磨いて、こっそりザエルアポロの部屋から取ってきた指輪を嵌めた。うん、さすが似合う。イヤリングなんかもあれば綺麗なのになあと思わなくもない。今度また取ってこよう。

失礼な話、幼い子供のお人形さん的な感覚だったのかもしれない。ちょっと楽しむ程度のお遊びだ。
身なりを整えてあげたあとで、最後にブランケットを掛けてあげる。
さあ戻るか、と立ち上がったときだった。

がっ、と手を掴まれた。


「おうっ!?」


誰もいないと思っていたところに突然の接触だったので、驚きで変な声が出た。
反射的にびくついて、尻餅をついてしまう。
何をされるのかと身構えていたけれど、一向に静かなままで何も起こらない。
怪奇現象が不発に終わったみたいな中途半端さが残る。

おそるおそる顔をあげるとザエルアポロの手が私の手を掴んでいた。
さらに膝立ちして覗き見ると、ザエルアポロの目が開いている。

胸の上下運動が大きくて、息が荒いとわかった。


「……ザ…ザザ、ザエルアポロ…? お、おおお、起きたの…?」


ザエルアポロの瞼が大きく見開かれた。


「…こ、ここは…?」
「グリムジョーの宮だけど…あ、私はアラシで、前までは部屋の隅っこで鎖で繋がれてたんだけど覚えてるかな」
「ああ、あの出来損ないか」
「そうそう」


出来損ないなんぞ、もう言われ慣れているので気にもならない。
肯定すると、ザエルアポロはぐるぐると瞳を回して部屋を観察した。
そして大きく息を吐いて、同時に呟いた。


「何百万年も、一人だったんだ…」
「え? いや、数ヶ月だけだったけど」
「超人薬という効果で…まあ、いい。飲み物と、何か食べ物を持っていないか」
「あ、うん。あるよ。ちょっと待ってね」


ちょうど小腹が空いて、つまみ食いをしようと地下食料庫からビスケットと牛乳を持ってきていたのだった。
ストローを付けて差し出すと、牛乳はごくごく飲むのにビスケットは食べない。
顎の力が弱まって噛み砕けないようだ。
小さく割ってあげると、舌の上で溶かすように食べ進めている。


「お粥、作って来ようか。それかスープとか」
「どちらも頼む。いや、やっぱり僕も行こう。時間が惜しい」
「わかった。立てる?」
「肩を貸してくれ」
「はいよ」


ザエルアポロを抱き起こして、肩を貸してあげる。
痩せていても、やっぱり男の人は重くて、ノイトラを呼ぼうかと提案したのだけれど「醜い姿を晒したくない」と訳のわからない理由で却下された。
給仕室に着いて、椅子を用意して座らせる。


「すぐに作るから」
「ああ」


お米を水から煮たたせつつ、味噌汁とコンソメスープを作る。玉葱くらいならいいだろうと微塵切りにして、スープの具材にする。味噌汁は玉葱と豆腐でいいか。粥は玉子粥でいいのだろうか。きのこ類は消化に時間が掛かるって聞いたし、入れないでおこう。

気付けば、いつも通り鼻歌を唄っていた。
ふんふーんふふん。


「その歌…」
「んー? 歌ー?」


ザエルアポロの呟きに、作業の手を止めずに、何とはなしに背中越しに問い返した。


「その歌、ずっと聞こえていた。そうか、君が…アラシが歌ってたのか…。もしかして、ずっと…?」


言い終えると、がた、がたっと音を立てて椅子からザエルアポロが転げ落ちた。
慌てて火を止めて駆け寄ると、ザエルアポロが私の足にすがりついてくる。

正直に言うと戸惑った。

私の足を掴む手指を剥がそうとするのに、余計にザエルアポロを煽ってしまった。


「歌っていただろう、ずっと」
「え。う、うん。そうだね、結構、頻繁に歌ってたかも」
「聞こえていた…僕の体の中で超人薬が薄れていくたびに、歌が鮮明に聞こえ始めてきたんだ…もう何百年も前からだ…その間、ずっと傍にいてくれたのか…そうなんだな…?」
「…ん、ん? 違う違う。私がザエルアポロを連れ帰ったのは数ヶ月前だし、常に一緒にいてあげたわけじゃなくて――」
「ありがとう」


私の話なんぞ全く聞いていない。
ザエルアポロは細い腕で私の足に抱きついて、弱くなった力の全てを込めた。
その手が震えているのがわかって、何も言えなくなる。

超人薬がどんなものかは知らないけれど、あのプライドの高いザエルアポロがこんなにも混乱して、こんなにも怯えるくらいには残酷な薬だったのだろう。


「アラシの声だけが救いだった…ありがとう、本当にありがとう」
「そ、そっか…。あ、お粥とスープ出来たよ。食べる?」


けどザエルアポロは全然離れてくれなくて、私を引っ張り続けている。力に負けて、とうとう私もその場に座り込んでしまった。
どうすればいいのか迷いながらも、子供みたいに震えるザエルアポロの頭を撫で、背中を擦る。


「君の声だけが…」
「うん。もう大丈夫だよ」


ぽんぽんと背中を軽く叩く。
震えが収まるまで、こうしておいてやるかと諦めたとき、急に給仕室のドアが勢いよく開け放たれた。

グリムジョー、ノイトラ、テスラの三人が勢揃いしている。


「やっぱな。覚えのある気色ワリィ霊圧だと思った」
「ザエルアポロが何でここにいるんだ?」
「ノイトラ様、アラシが連れてきたのではないでしょうか」


テスラの言うとおりです、はい。


「ああああああの、黙っててごめん。実はザエルアポロは前に見付けて、連れ帰ってて、ずっと眠ったままだったんだけど、今さっき起きてね、ご飯をあげようと思ってここに来たら、なんか怖くなっちゃったみたいで、それでこんな状況に」
「とにかく離れろ」


グリムジョーがザエルアポロの首根っこを掴んで引き剥がそうとするも、ザエルアポロは私を離さない。


「いたたたた、痛い、痛いよ!」
「離れろ、この変態野郎!」
「嫌だ、離れるもんか!」


伸びたゴムが縮まる勢いで私のところに戻ってくるザエルアポロ。
グリムジョーのあからさまな、ノイトラの静かな怒りを肌で感じつつ、テスラに助けを求める目を向ければ視線を逸らされた。「自業自得」だと唇が動く。ええ、その通りですけども。


「ああああああの、ほら、今はちょっと具合が悪いから不安定なだけで、お腹いっぱい食べて眠って、元気になったらきっと大丈夫だよ。だ、だからそれまではこの宮で過ごさせてあげてもいい? …なんて、思って、るんです、けども」


話を進めるごとにグリムジョーの顔が歪んでいく。尻すぼみになっていく私の言葉とは裏腹にザエルアポロは引っ付いてくるし、何かもうよくわからん。


「…眠い」


ザエルアポロがうつろな目で言った。


「あ、じゃ、じゃあ寝室に行こうか。ザエルアポロの宮のほうがいい?」
「嫌だ、眠りたくない、絶対に嫌だ」


まどろみが超人薬の効果に似ているのだろうか。
現実と夢と、睡魔との境が曖昧になるのんびりとした感覚がもしかしたら似ているのかもしれない。
それとも眠れば、また超人薬の餌食になるとでも思っているのだろうか。
ザエルアポロは頑なに睡眠を拒絶して、頭をいやいやと振っている。

これでどうやって追い出せと。

そんな意味を込めた目でグリムジョーを見上げると、盛大に溜め息をつかれた。


「そいつが元の気持ち悪い奴に戻るまでだからな」
「うん、ごめん。ありがとう。じゃあ、ほらザエルアポロ、ご飯食べようよ」
「…アラシに食べさせて欲しい…。口移しで」
「はい!?」
「やっぱ駄目だ。ぶっ殺す!!」
「奇遇だな、賛成だ」
「ノイトラ様が賛成なら僕も賛成でーす」
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