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「困り事か?」


声を掛けられて振り向いた瞬間、マジで息が止まった。

そこには正義の二文字を背負うジャケットを羽織った、二本の葉巻を吸う男。

白猟のスモーカー。

一瞬、呆気に取られたけれどまだ賞金のついていない私は麦藁の一味と知られてはいないらしく、本当に一般市民に声を掛けたつもりらしい。スモーカーの背後には見事なまでに部下がずらりと並んでいる。

ここは商店街に向かう途中で、波止場からの長い階段を上りきった場所。もう少し先に歩けば活気付いた商店が建ち並ぶ街に出る。
様子からして、たった今この島に着いたところなのだろう。

私達麦藁は1週間前から滞在していて、6日掛かるログも溜まった。さあ出発というときに、最後の買い出しのために皆が船を出て行ったのを追い掛けてきて、これだ。

スモーカーの視線が私の足に下りる。

裸足。

そう、持っていた靴全てが壊れてしまった。いま履いていたビーチサンダルの鼻緒も切れてしまって仕方なく、早く靴屋に行こうとサンダルを手に持ったそのときに声を掛けられた。


「えーと、靴が壊れて。今から買いに行くとこです。街ならあっちですよ」


早く行ってくれと願って道を指し示すと、スモーカーは行き先を見てから私に視線を戻した。


「ここが何の島と呼ばれているのか知っているのか」
「硝子の島ですけど」


ここは硝子細工を売りにする島で、いたる店に凝ったステンドグラスやら小物やらが飾られている。太陽の光で輝くから輝きの島ともいうらしいとロビンが言っていた気がする。


「そこらに破片が落ちてる筈だ。来い」
「ぶわっ!? いい! 大丈夫、歩けるから!」


止める間もなくスモーカーの肩に担ぎ上げられた私は文字通り俵持ちにされ、部下の皆々様に顔をさらけ出すことになってしまった。
(マジかよ)

すぐ後ろにいた部下の一人に「棄てといてやれ」のスモーカーの一言で履けなくなったサンダルを奪われ、あれよあれよと間にサンダルはバケツリレーのごとく最後尾まで流れていき、とうとう見えなくなった。


「マジで本当に歩けるから勘弁してクダサイ」
「怪我でもしたらどうする」
「平気! おろして、胸が痛い!」


罪悪感だ。
自分はこの人達に捕まえられるべき海賊なのにそれを隠して優しさを貰っている罪悪感から胸が痛いと言ったのに、担がれて肩で圧迫されているからだと勘違いしたスモーカーは私を柔らかく煙に巻いてくれた。

いや圧迫感はなくなったけども。
私は嘘をついてるんだ、騙してるんだよあんたを。


「そういうことじゃないんだよなあ」


項垂れていると、あっという間に靴屋の前に着いてふわりと下ろされた。


「金は持ってんのか」
「ある」


差し出された数枚の紙幣をきっぱりと断って、早く店内に入りたいのに部下の「ちゃんと礼をしろ」という熱い視線に根負けする。


「ありがとう」


頭を下げ、気配に気付いて顔を上げたときには既にルフィとゾロとサンジの3強がスモーカーに襲撃しているところだった。
もちろん煙で受け止めていたけれど。


「大丈夫か?」


ゾロの背中に守られながら問われる。

項垂れて、額を手で覆った。軽く頭痛がするわ。


「こうなると思ったよ」


スモーカーに担がれていただなんて捕まったと捉えられても不思議じゃない。
エースのことがあるのだから、余計に三人が海軍に対して殺気立っているのがわかる。

三枚の屈強な壁に守られて、私は仕方なく隠し持っていたライフルを取り出し、サンジとゾロの肩越しに構えた。

スモーカーの目が見開かれる。


「ほんっとうにごめん」
「…お前、麦藁の一味だったのか」
「本当にごめん。感謝します。ありがとう」
「何だぁ? 何の話だ?」


ルフィが私とスモーカーを見比べる。


「ここは逃げたい。誰も攻撃せず」


私が言うと三人が私を振り返った。


「お願い。誰も傷付けないで逃げよう」
「レディの頼みとあれば仰せのままに致しましょう? 行くぞお前ら」
「っしゃあ!」


私はルフィに担ぎ上げられ、脱兎のごとく走り出した。
追ってこようとする海軍を阻むために、担がれたままの状態で屋根から吊るされていた靴屋の看板を打ち落とし、壁を作る。
地面が抉られ、突き刺さった看板に一瞬、彼らの足が止まった。

それだけでこの三人には十分な時間だった。


スモーカーの目と見合う。


ごめん


口だけでもう一度そう伝えた。
するとスモーカーは葉巻をくわえたまま唇を歪めて笑い、言葉を紡いだ。


いい腕だ


それは射撃についてか嘘についてか。
とにかくわからなかったけれど、彼の能力を使えば追って来られた筈なのに私達は無事に船まで逃げることに成功した。

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