桜咲く頃に




三月初旬、寒さが少し残る季節に卒業式が行われた。二年である俺たち野球部は、準備と来年の予行演習のために参加する。式が終われば野球部全員が集まって、今年卒業する応援団の方々に花束と色紙を手渡す。そして、整列して改めて感謝の言葉を伝えた。この後、後片付けと春体に向けての練習があるのであまり長いは出来ながったが、涙するほど喜んで貰えて良かったと思う。

「あ、阿部君…」

部室で着替えている途中、相変わらずきょどりながら声をかけてきた。

「なんだ?」
「え、と…その…」

一年の頃はこのきょどつきには慣れず、"うめぼし"を何度も食らわせていたが、二年にもなると慣れてしまった。まぁ、時々やることもあるけど…

「は、榛名さん、にお祝い…卒業…」

多分、武蔵野も卒業式だから榛名に挨拶しに行かなくていいの?って言いたいんだろうな。

「あー…そうだな。後でメールしとく。」
「メ、メールじゃ、駄目、だっ!会って、話…」
「会うつったって向こうも予定あんだろ?」
「け、けど、会って、お、お礼、言わない、と!」

なんで俺が榛名にお礼を言わなくちゃなんねーんだ?
つか、あの人と俺はシニアまでの関係で高校からは敵として過ごしてきたんだ。あれか?三橋の"まっすぐ"について聞いた事のお礼か?確かに、あの人がアドバイスしてくれたきっかけで、あれから三橋はさらにいい投手になった。

「榛名、さん、きっと待ってる。」
「何でわかんだよ。」
「榛名さんと、メ、メル友だ、から……」
「…………はぁぁぁ?お前、いつ榛名とメル友になったんだよ?つか、余計な事言ってねーだろうな!!」
「阿部君、の、事、しか言って、ない、よ……!」

俺の声にびびって部室の隅に縮こまる三橋にうめぼしをくらわす。

「お前ら何時迄も遊んでねーでさっさと着替えろ!練習始められねーだろ。」

「……うす。」
「はい…」


いつまでたっても来ない俺たちの様子を見に来た花井によって、この事については一旦中断された。






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「はい、今日はここまで。みんなお疲れ!」
「ありがとうございま『した』」

あれから三橋とはギクシャクしながら練習をした。練習が終わっても三橋は何か言いたそうにこっちを見ている。それを見兼ねた栄口が「何があったか知らないけど、今後の練習に影響が出るから折れてやれよ。」と苦笑。確かに投球に支障をきたされては本望ではないので、仕方なく折れることにした。

「分かったよ…」

そう言うと、三橋はぱぁぁと満面の笑みになる。

「は、榛名さん、駅近く、の、カフェ、まって、る!」
「…はっ?なんでわかんだよ。」
「さっき、メール……」
「おまっ、いつの間に……」

ポンと俺の肩を叩き、栄口が「なんだかよくわかんないけど、行ってこいよ。榛名さん、待ってるよ。」と、にっこり笑うので反論の言葉も出ず、皆より先に出て榛名の元へと向かう。


チャリを漕いで暫くすると駅近くに着いた。そう思えば、何処のカフェなのか聞くの忘れたと思い出して、チャリから降りて取り敢えず辺りを見巡る。何軒か通り過ぎた後、某コーヒー店のウィンドガラス越しに座って居る榛名を見つけた。向こうも俺に気付いたようで、入れよとジェスチャーする。

「よっ、夏以来だな。」
「そうですね。」
「取り敢えず、なんか頼めよ。おごってやっから。」
「元希さんの奢りとか気味悪いっすね。」
「お前、ほんとカワイクねーな!」
「あ、おれアイスラテがいっす。」
「わーったよ。」

愛想のいい店員に注文すると、さっき座ってた所に座って待ってろと言われ従うことにした。

「ほらよ」
「ありがとうございます。」

ラテが目の前にコンッと置かれ、それを両手で包み込むように持つ。

「聞きたいことあるんですけど、元希さん三橋といつメル友なったんすか?」

「ああ」と言って飲みかけのフラペチーノを飲む。

「此間の夏体ん時にトイレでまたあってよ、そんでなんかの縁だってことで交換した。」
「余計な事を吹き込んでないでしょーね。」
「んなことしてねーって、タカヤの話しかしてねー。」

三橋も榛名も揃って俺の話しかしてないって言ってるけど、もしかして二人で俺への不満をいいあってんのか?

「心配すんなって、俺も三橋もお前の愚痴を言ってるわけじゃねーよ。」
「じゃあ、それ以外に何があるってんですか?」
「気になるか?」
「全く」
「ふーん…教えてやろうか?」
「いいっす。あの、近いんすけど……」

ニヤニヤしながら肩を組んで至近距離の榛名の片手でよけながら、ラテを口に運ぶ。
この人相変わらずスキンシップ激しいよな。シニアの時もこの人の所為でいろんな被害に遭って来た。着替えの途中にパンツズリ降ろされたり、痣を容赦無く突ついてきたり、水道の水掛けられたり……練習中の怖い表情とは違い無邪気にやってくるので、何とも腹立だしかった。

「タカヤお前さ……」

「耳弱いよな?」と耳元で呟き、フッと息をかけられた。余りにも突然のことなので、飲んでいたラテが器官に入りむせる。仕掛けた本人は横でニタニタ笑って「大丈夫か?」と背中をぽんぽん摩る。

「……っアンタ、最低…だ………!」
「悪かったって、んな怒んなよ。」

ほんとこの人と居るとロクなことない。

「あ、そうだタカヤ。久しぶりに戸田北グラウンド行こうぜ!」
「いっすけど…」
「おしっ、そうと決まれば行くぞ。」
「えっ、ちょっと…」

行きなり立ち上がった榛名に鞄と右腕をとられ、左手に飲みかけのラテをしっかり握って、そのまま引きずられるかのように店を後にした。



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久しぶりに見る戸田北のグラウンドはひどく懐かし感じた。あの頃は榛名の球を取ろうと必死だった。こいつの球を取ればレギュラーに慣れる、欲に負けて捕手の役割をあんまり理解しなかった。それに気付いたのは今のチームのお陰だ。

「あん頃のタカヤはものすげぇちっさかったし、細っかったよなー」

懐かしげな表情で、フェンス越しからマウンドを見ている。

「…元希さんも今の俺くらいの身長だったじゃないっすか。」
「今のタカヤ見てっと俺も小さかったんだな〜って思うんだよな。心も身体も…」
「野球してた時の元希さんは人を寄せ付けない感じでしたしね。」
「お前はなっまいきだったよなぁ。ま、今もだけど。」


日が落ちて肌寒い風が木々を揺らす。散り損ねた枯葉と共に靡く髪を此方に向け、榛名と向き合う形になる。

「タカヤ、色々とあんがとな。」

シニアで見たことのない穏やかに笑う榛名がそこにいることに吃驚した。あの頃は睨んでるか、悪巧みしそうな顔ばかりだった。笑うこともあったけれど、こんな表情はなかった。

「あん頃のお前が真っ直ぐ俺の球を取ってくれたお陰で、あのまま腐らずに済んだ。タカヤには感謝してる。」

さっきコーヒーショップでふざけてた榛名はどこ行った?!と、思わず言いたくなるのを抑えダマって見つめる。

「だから有難う、タカヤ。」
「………」
不意に溢れてきた涙を堪えきれず、ポロポロ零す。それを見た榛名は眉を下げてオロオロする。

「…今日のあんたはふざけたり、真剣になったり、オロオロしたり大変っすね。」
「悪かったな。…………あの、さ…俺がプロなってもまた、こうやって会って…くれるか?」
「? いっすけど…」

そう言うといつもの顔に戻って頭をわしゃわしゃと撫でる。

「あ、元希さん。」
「んっ?」
「卒業おめでとうございます。そして、有難うございました。プロになっても頑張ってください。」
「おうっ!」





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次の日、榛名は所属する球団へと旅立った。



朝練前、三橋が駆け寄り昨日の事について尋ねてきた。

「あ、阿部君……は、榛名さんに…い、い、え…」
「ああ、有難うな三橋。」
「よ、かった!」

昨日、榛名に聞けなかったので三橋に再度聞いて見ることにした。

「ところでお前、榛名と俺についてどんなメールしてたんだよ?」
「……………い、たら、怒る。」
「怒んねーから言ってみな。」
「……阿、部君の、写真。」
「はっ?」

「榛名が三橋に阿部の写真送れー!って。な、三橋。」

イマイチ理解出来なかった俺に近くで聞いていた田島が解説する。
つか、俺の写真送れって何だ?っていうか、何勝手に送ってんだよ!!

「阿部ってさ、警戒心ちょーやべーから、毎回、着替えの写真送ってんだよな!」
と、にししっと笑って答える田島。ん、ちょっと待て。

「まさか、今も…」

「ん?送ったぜ。今日の阿部のセクシーショット」

「おーまーえーらぁー!!」

「阿部がおこったー!逃げるぞ、三橋。」


逃げようとする二人を直様捕まえ、"うめぼし"を食らわす。
そして、二度とそんなメールを送らないことを誓わせ、そう遠くない日に榛名にこの事を問い詰めるのだった。





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