6話



僕は今、普通に暮らしている。


当たり前のように、朝起きて学校に行き――今は丁度春休みでないけど――普通に授業を受け、いつものようにあの桜の木の場所に行ったりと普通に暮らしていられる。


それが今の僕には当たり前になっている。
しかし、それが当たり前ではないことを知った。


澪音を知って、今のこの生活が幸せだと気付いた。


澪音は記憶がなくて病院生活だ。それが今の澪音の当たり前。


そして、彼女を知って僕は何を思った?何をしたいと思った?


わからない。自分の気持ちがわからない。


けど……彼女の笑顔が見たいと思った。これだけは言える。ちゃんとした心からの笑顔を見たい。だからこそ――。



◇◆◇◆



「悠、ちょっといい?」

夕食が終わり、まったりしてようかと考えていたけど瑞希に止められた。その顔はいつものように無表情に近い。いつも思うけど可愛いのに無表情じゃもったいないと思う。前にそれを言ったら『うるさい。悠には関係ないでしょ』って言われたからそれ以降は何も言わないようにしているけど。

「なに?」
「話があるんだけど、あんたの部屋に連れてってくれない?」

なにか大事なようがあるのかと思ったけど、なかなか思いつかない。まぁなんでもいいか。

「わかった。行こうか」
















「宿題見せて」
「……………………へ?」

部屋に着いての開口一番がそれだった。
もっと大事な用があると思ったけど、予想と全然違った。心配して損した。なんかこの頃空回りしすぎじゃあないか、僕。

「ってか瑞希の学力なら余裕でしょ」

確か、去年の学年末考査は10番以内だった気がする。因みに僕はいつも20番前後と、『意外と頭良いんだね』って言うレベル。
それに比べ、瑞希は普通に頭がいい。それなのに、宿題を見せてほしいとは、何をやってるんだ。

「今からちゃんとやるのは面倒」
「……今まで何してきたのさ」
「読書」
「…………」

そうだった。彼女は頭がいいっていう以前に無類の読書好きなのだ。ライトノベルから古典文学まで、何から何まで読むのだ。

「……はぁ」
「何よそのため息は」
「別に何でもないよ。宿題なら勝手に見ていいよ」
「そ。ありがと」

そう言って、瑞希は懐から宿題を取り出し始める。さらに僕の机にあったやり終えた宿題を引っ張るとせっせと写し始めた。
その間僕はやることがないので、適当に本棚から本を一冊取り出す。僕も瑞希ほどではないけど読書は結構好きだ。よくあの桜の木の下で本を読むことは多々ある。

「悠、この頃出掛けてるわね」

こっちも見ずに、瑞希は話しかけてくる。その手はかなりの速さで宿題を写している。

「えっ、うん」
「またあの桜の木?」
「まぁそうだね」
「ふーん、インドアのあんたがね」

もっとインドアの瑞希に言われたくない。
そう思っても口には出さない。出したら――実際はしないと思うけど――殴られそうだから。

「何か変なこと思ってないか」
「い、いや別になんでもないよ」
「ホントかしら?」
「ホントだって!」


その後僕は読書、瑞希は宿題写しとお互い自分の世界に入っていく。
そこでふと思う。
瑞希とこのようにいることはたいして珍しくない。だからこそ、こうやって2人でいても何も特別な感情は持たない。

ならば澪音とはどうだろう。
こういった状況が今日、あった。桜の木の下で僕と澪音は一緒にいた。その時、僕は何を思った?



「ねぇ、瑞希」
「なに?」
「例えば、記憶がなくなった人に笑顔になってもらうにはどうしたらいいと思う?」
「……」

ここになって、瑞希は手を止める。シャーペンを唇に当て、考えること5秒。

「……そうね。とりあえず記憶を取り戻すことが、一番だと思うけど」
「……」
「でも記憶が失っていたって笑顔にはなれると思う」
「そう、なのかな」
「……ホントのところは私にもわかんないわ。
けど、人間てのは楽しけりゃ笑うし、悲しけりゃ泣くってことよ」

そう言って、瑞希は再び宿題に目を落とす。

確かに瑞希の言ってることは確かかも知れない。こんな僕だって、楽しかったり面白かったりすれば笑う。
じゃあ彼女は常に楽しいのだろうか。熱を出し倒れそうになっても楽しいのだろうか。そんなわけない。ならば彼女の笑顔は……。

「だけど、一つ注意しなきゃいけないのは、笑顔は感情を隠すための仮面かもしれないわ。それも、無表情以上のね」















「んじゃあ、そろそろ帰るわね。宿題も終わったし」
「あ、うん」

そう言って瑞希は立ち上がる。それに倣い、続けて悠も立ち上がる。悠が壁に掛かっている時計を見ると既に9時を回っていた。夕食が7時ぐらいに終わり、すぐに瑞希は宿題を写しはじめていたわけだから、2時間で宿題を終わらしたらしい。
因みに悠は普通にやって計5時間はかかった。

「送っていこうか?」
「大丈夫よ。隣だし」
「ん、それもそうか」

終わらした宿題を手に持ち、部屋を出ていく。一応、悠もそれについていく。

「じゃ、また学校で」
「うん、またね」



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