1話 4月2日。 僕はいつものように、散歩に向かうため外に出る。行き先はあの桜の木。今では出会った頃とは違い、満開とはいかなくても咲き誇っている。 僕があの桜の木に出会ったのは偶然だった。 約3ヶ月前。高校2年の冬、僕は今と同じように散歩に出かけていた。周りは年末なのか忙しく動き回っているが、自分一人だけがゆっくり動いているようだった。 その日は遠くまで歩こうと考えて、商店街まで繰りだしていた。 「あ……財布忘れた……」 ポケットに手を突っ込むが何もない。これじゃ商店街まできた意味がない。引き返そうかと考えるが、しかしどうせ買うものなんて無い。よって、このまま歩くことにした。 それにしても、この街は何も変わっていない。約十年前、僕が小学生だった頃も、年末はこう忙しく動いていた気がする。唯一変わったと言えば、少し人が減ったぐらいだろう。しかし、未だにこの街は活気に溢れていた。 その中で、僕だけが暗く沈んだようだった。特に目標も無く、進路先も決まっていない。毎日毎日、当たり前のように、何気なく特別なもなく、普通の人生を過ごしている。特別なものはいらない。普通に小学、中学を卒業し、普通に高校に進学し、普通に大学へ行き、普通に仕事をする。そんな普通の人生が僕にとっては一番なのだ。 そんな適当なことを考えていたら商店街の終わりがみえてきた。何故かこの商店街の終わりは神社なのだ。来月になればここも参拝客で賑やかになるが、今は年末。今時来るのは、散歩好きな人ぐらいだ。 「そういえば、財布忘れたんだっけ」 お参りでもしようかと考えたが、お金無しでお参りするのは忍びない。よって今はお参りはしないことにした。結局、来月に来るし。 太陽が沈みかけて、そろそろ家に帰る頃だろうと判断した僕は帰るために体を反転させて歩きだす。 「……?」 ふと足が止まる。参道から、横にそれる道を見つけたのだ。 その道は神社の裏の森へつながっていた。気になった僕は興味本位でその道を歩きだした。アニメやライトノベルだったらこの道は異世界へ通じる道とか、タイムスリップする道とかだろうけど、現実は普通の道だった。普通を愛する僕としてはそっちの方がありがたかった。 冬だから太陽は早く沈んでしまい、明かりのないまま森の中を歩く。 しばらくすると、何もない場所に出る。正確には中央に大きな木があった。近寄るとその木は桜の木だった。一本の大きな桜の木。 花も無く、葉も蕾も無いのに、周りにたっている木とは何かが違った。存在感とか雰囲気だろうか。よく分からないけど、僕はその桜の木に釘付けだった。他の木などは目に入っていない。僕の目に映っているのは桜の木だけだった。 その日はとても寒く、空は澄み切っていて星が綺麗に輝いていたことをよく覚えている。 桜の場所に着く。今ではもうお馴染みの場所だ。冬に出会って、今は春。既に花は開いていた。しかし、まだ満開までいってないようだ。 こうして、毎日のように桜を眺めているが、後一週間もすればまた退屈な学校生活が始まる。普通が好きな僕だけど、やっぱり学校は退屈だ。つまらないではなく退屈。別に勉強は嫌いではないし、部活にも入っている訳でもない。ただ、退屈なだけだ。毎日同じ時間にきて、毎日同じように授業を受け、毎日同じ時間に帰る。そんな代わり映えのしない日がずっと続くのだ。 しかし、ここにいる時はその退屈な事を忘れられる。 いつものように木に近づこうとした時に、木の下に誰かいる事に気付く。それは、僕と同じぐらいの年齢の少女。足が悪いのか、松葉杖をついていて、綺麗な黒髪を背中の半分ぐらいまで伸ばしている。顔は見えないけど、その後ろ姿から多分可愛いんだろうな、と予想する。 思わず足が進んでしまった僕は地面に落ちていた枝を踏んでしまう。 「!」 「……あ」 その音で振り返る少女。振り返った少女の顔は多少驚いているものの、やっぱりというより予想以上の可愛さだった。長い黒髪が後ろになびいて、少女は白いワンピースを着ていた。 「……あなたも」 その少女が口を開く。しっかりと僕を見つめているものの、その声はとってもか細かった。 「あなたもここによく来るの……?」 「まぁ、それなりに。『あなたも』って君も?」 「……多分」 多分?自分でわかるはずだよね。それなのに多分ってのはおかしい。何かこの娘にはあるのだろうか。 そんな疑問を抱えながらも、互いに無言というのは厳しいので何か話題を探す。 「あ、あの君の名前は?」 なんとか絞りだした話題だが、なかなかいいと思う。 「そういうのは自分から名乗るもんじゃない?」 「うっ。そうだったね。僕は折原 悠<オリハラ ユウ>」 「……わたしの名前は桜井 澪音<サクライ ミオン>」 僕はこれから先、その名前を忘れないことになる。それと同時にこの出会いを忘れないことになるだろう。 |