最終話・前編



約1ヶ月ぶりの学校へ向かう。今日から一学年あがり最高学年の三年生となる。

周りを見れば、色んな人が久々に友達と再会してテンションが高い。その中で僕一人テンションがかなり低い気がする。というか実際に低い。

「……はぁ」

思わずため息が漏れてしまう。その理由としてはやっぱり昨日が大きいだろう。

昨日、本当にあのまま澪音からは連絡は無かった。だからといって、直接病院へ行くつもりもなかった。何故か顔を合わせたくなかったのだ。

「……どうしようかな」

やっぱり、病院へ行くべきだろうか?しかし、澪音からは来なかった理由を聞いていない。だからこそ病院へは行きづらかった。

「……はぁ」

「なにため息ついてるのよ」

「あ、瑞希おはよう」

「おはよう――じゃなくて!なに一人でため息をついているのって聞いてるの」

「それは……」

少し言うのを躊躇う。しかし、その躊躇いなど無視して瑞希は話を進める。

「――なにかあったのかしら?」

「……まぁ、ちょっと」
「ふぅん。……例のあの娘と、かな」
「……本当に鋭いなぁ、瑞希は」
「何年、悠といると思ってるのよ。で、何があったの?」

ここで話さなければ、瑞希に昨日のことを知られる心配はなくなる。しかし、瑞希には知っておいて欲しい。

だから、瑞希に昨日の出来事を包み隠さずに話した。

「……ふーん。そんなことがあったのね」

それから瑞希は少し考える素振りを見せた後に呟く。

「でも、この事じゃ悠がその娘に会いたくない理由にはならないんじゃない?」

「……」

「無言だと流石の私でも分からないわよ」











「――怖いんだ」










「澪音が全て思い出したら、僕なんか必要ないんじゃないかって。昨日来なかったのは、全部思い出したからじゃないのかと思うと足が動かなくなるんだ」

「……」

「だから――」


言い掛けたところで、始業を告げる鐘が鳴り響く。それと同時に新しい担任が入ってくる。

「……話はまた後で」

「えぇ」





◇◆◇◆



担任の簡単な挨拶があり、すぐに始業式が始まるため、体育館へ移動した。僕達の通う高校の体育館は周りの高校と比べ、かなり大きい。たまに体育館内で活動する部活などの大会にも使われたりすることもあるほどだ。だからこそ、まだ一年生はいないが二、三年生が全員揃ってもまだまだ余裕がある。

始業式自体は面倒で校長先生の話等を流しながら、頭の中では澪音のことを考えていた。


――今からでも会うべきだろうか。


――それともこのまま、諦めるべきだろうか。


二つの想いが頭の中で交錯する。


自分の気持ちが分からない。本当に澪音のことが好きなら、会いに行くべきなのに臆病な心はそれを引き止める。

けど……このままじゃいけない。前に進まなきゃいけない。それを僕は澪音から学んだ。彼女は辛くても記憶を取り戻すことを決めたのだから。












「で、自分の気持ちはまとまった?」

「……僕は――」

言い掛けたところでポケットに入っている携帯電話が震える。慌てて取り出して見ると、電話だった。しかも、かけてきた相手は……澪音だった。

さらに慌てた僕は携帯電話を落としかけるがしっかりと握り、通話ボタンを押す。

「もしもし……?」

『っ!少年か!?』

しかし、電話から聞こえた声は本来の持ち主である、澪音の声ではなかった。この声の持ち主は――

「――看護師さん?どうして澪音の電話を……」

『そんなことは後回しだ!いいか、一回しか言わねぇからよく聞け!』

その時の看護師さんの声は珍しく焦っていた。だからこそ、何かあったと認識できる。



『――澪音が病院からいなくなった!しかも、外出届無しでだ!』

「……え?」

一瞬何言われているのか分からなかった。思考が看護師さんが言ったことに追い付かない。

しばらく、無言が続き頭がクリアになっていく。そして、やっと看護師さんの言ったことを理解する。

「どういうことですか?!」

先程の無言の時間で看護師さんも少し落ち着いたのか、さっきよりも口調が静かになってかえってくる。

『あたしにも分からない。ただ一つ言えるのは、澪音は何も持たずに消えた。ってことは、今日中に見つけないと少しばかり、あいつの身に危険がある可能性がある』

「じゃ、じゃあ早く探さないと……!」

『だから、少年に電話したんだ。少年のところにいると思ったんだが……様子を見る感じじゃいないみたいだな』

「……はい」

『そうか。じゃ何か分かったら、この電話にかけてくれ。あたしはもう少し病院の周りを探してみるから』

そう言って、看護師さんは電話を切った。




「どうかしたの?」

電話を切った後にいきなり、不安になってきた。不安が体を覆う。そうしたら、体が心なしか震えてくる。

「澪音が……!そのっ……病院から消えて……!」

「……うん、分かったから。一回落ち着きなさい」

「わかってるけど……!早く見つけないとっ!」

「いいから落ち着きなさい!」

瑞希に怒鳴られ、頭が一旦冷めてくる。

そうだ。こんなところで焦っても仕方ない。

「……頭冷えた?」

「うん、ありがと」

「じゃあ、簡単に説明してくれる?」

言われた通り、澪音がいなくなった旨を簡単に説明する。聞きおわった後、瑞希は少し考える素振りを見せる。

「それで……悠はどうするの?」

「……分からないよ。何をしていいか分からない」

「その看護師さんは今でも探してるんでしょう?」

「う、うん」

「責めるようだけど、悠は探さないないの?」

「……」

「好きな人がいなくなったのに、自分は傷つかないように高見の見学するの?」

「そ、それは……!」

何も言い返せなかった。全て自分が悪いようで……いや、本当に自分が悪いんだけど。

今何をしていいかのか分からない。いや、実際にはわかってる。しかし、行動に移せない。

傷つきたくなくて。

怖くて。

足が動かない。


「――っ!痛っ」

頭に痛みを感じて顔を上げる。痛みを与えた――と言ってもデコピンだけど――瑞希が呆れた顔をしていた。

「なに俯いているの?」

「だ、だって……!」

「そうやって俯いていても状況は変わらないわよ。それ位、悠でもわかってるでしょ。なら、やることもわかってるはずだわ」

瑞希の瞳に僕の姿が映る。その姿は情けない表情をしている。

「なにを怖がってるの?好きな人を誰かに任せる気なの?その娘はあんたにとってそれぐらいなの?」

言葉自体はこちらを突き放す様な言葉だが、その中に込めた思いはこちらを心配する気持ちがあるのがわかる。

だからこそ裏切れない。いつもそばに居てくれたから。

「行ってきなさい。こっちのことは私がやっておくから」

「――うん。行ってくる」

そして、僕は何も持たずに教室を飛び出した。





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